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作品 - 20160811_227_9026p

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ダサイウザム第一回詩賊賞受賞スピーチ全文

  ヌンチャク

「特別賞に引き続き、長らく、お待たせいたしました。いよいよ、栄えある詩賊賞の発表です。今回、初めて賞を創設するにあたり、今後の詩賊の方向性を決定付けることにもなるとあって、選考委員の方々はケンケンゴウゴウ、カンカンガクガク、議論に議論を重ねたと伺っております。……さあ、それでは参りましょう、第一回詩賊賞受賞、無礼派と自称する傍若無人な言動とそれに相反するユルい作風で賛否両論巻き起こしました、自称太宰治の劣化コピー、虚栄心と羞恥心のがっぷり四つせめぎ合い、近所迷惑この上なしフルスロットル空吹かし、マイコメディアン、皆様、盛大な拍手と嘲笑でお迎えください、詩なんか書くヤツみんなクズ、ダサイウザムさんです! どうぞ!」

 司会者に促され、ふらふらと壇上に上がった蓬髪の男は、スタンドマイクの手前で一瞬躓きかけた。先程までしこたま飲んでいたのだろう、顔面は耳たぶの先まで京劇に出てくる孫悟空のように派手に紅潮し、窪んだ目は据わり、それでいて妖しく鈍い輝きを放っていた。
 華やかな授賞式にはおよそ似つかわしくない男の異様な雰囲気に、直に拍手もまばらになり、会場は一種の緊迫感のようなものに包まれ静まりかえった。
 男はそんなことは意に介さないとでもいうように、ただでさえ緩んでいるネクタイの結び目を右手で乱暴に引き伸ばしさらに緩め、マダムのネックレスのようにだらりと首からぶら下げ、前髪をグシャグシャとかき上げながら大きく鼻を啜った後、どこを見るというのでもなく中空の一点を睨み付け、口を開いた。その風貌に似合わず意外にも、甲高い声であった。

「いやいや、どうも、只今ご紹介にあずかりました、ダサイウザムです。今からちょうど二年前の夏、太宰の小説『ダス・ゲマイネ』に登場する詩誌『海賊 Le Pirate』を模した詩誌『詩賊 Le Poerate』が盛大に船出の日を迎え、太宰を愛する私もこんな詩誌を待っていたのだとさすがに嬉しく居ても立ってもいられず、私も船員の一人としてこの大義ある航海に加えて頂きたく、今まで参加してきたわけで、あれからまあ二年経ち、この度は、なんか、賞を頂けるということで、ノコノコやってきたんですけれども、まあ一体、なんと言うんですかね、ずらりとお並びの選考委員の皆々様に、面と向かってこんなことを言うのもあれなんですがね、単刀直入に言うと、あんた方、偉そうにふんぞり返って座ってらっしゃいますが、一般人、いわゆる世間の人たちにどれだけの知名度があるんですかね? あんたたちの詩って、誰が読んでいるんですかね? 詩集はどれほど売れました? そもそもどこに売ってます? 誰も知らんだろう? 今を生きる現代人にはまったく見向きもされないのに現代詩とは、なんとも皮肉なもんじゃないですか。最早誰にも必要とされていないんですよ、我々は。詩賊と名の付いたこの新造船も、出港直後の大層な熱意はどこへやら、世界に詩を届けるどころか、今や大海原のど真ん中で羅針盤を失い漂流中ときたもんだ、見渡す限りの水平線には大陸はおろか、たまにぶつかる小島ですら行けども行けども人っこ一人いない無人島ばかり、挙げ句の果てには甲板の上で仲間割れの大喧嘩、船員は次々遁走、死亡説まで流れる始末、風雨に晒され破れたマストは茶色く汚れ、ああ、こんなはずではなかったとジリジリと身を焼く灼熱の太陽を恨めしく見上げると、アホウ、アホウと鴎まで馬鹿にしやがる、いやいや失礼、口が滑ったすみません、いずれもご立派な経歴肩書きの詩人の皆様方、私みたいなクズが出る幕じゃねぇや、いやほんと、詩賊賞だってさ、笑っちまうぜ、現代詩なんていう狭い狭い村社会、どこに世界があるんだよ、学歴優先コネ優先の仲間内のくだらねぇ審査員ゴッコに付き合わされて、感謝感激、これで私の作品も海の藻屑とはならず文字通り浮かばれるってわけだ。溺れる者はポエムにもすがる、私の詩が、溺れる者のせめて浮き輪代わりにでもなれば幸い、どうせ直ぐに沈むけどな。沈め! 畜生、……最近、反省したことがひとつある。私は無礼派を名乗っているが、全然、無礼じゃない。むしろ人が好すぎるくらいだ。私はこんな賞を貰うために詩なんか書いているのではないのだ。嫌われるだけ嫌われてやろうと思っているのである。無頼どころか、無礼にすらなれずに何が文学か。己の美学のために猫でも女でも全てを振り払い、蹴り飛ばし、なぎ倒していくのである。詩賊賞? クソ食らえだそんなものは! お義理の拍手喝采などいらねぇよ腑抜けども、おっと、貰った以上は私のものだ。賞は返上しないぜ編集長。私に賞を与えたことを、生涯悔やめ。詩賊賞の汚点として語り継げ。本当の本当に詩を侮辱して嗤っているのは私じゃない、おまえたちだ! 詩を解放しろ! 私に言わせりゃ詩なんか書くヤツみんなクズ、詩書きを批判するためにわたしがこんなに声を荒げているってのに、肝心なおまえたちがそんな死に体でどうする! 金にも名誉にもならん仕事に命まで懸けて悔しくないのか! 懇意になるな、権威になれ! まるで倒しがいがないじゃないか! 私をブチのめしてみせろ! それから司会者! 黙って聞いてりゃてめぇディスりすぎだろ……。」

 ダサイはそこまで言うと、スタンドマイクを握りしめたまま、舞台の真ん中で仰向けに卒倒した。急性アルコール中毒である。すぐさま救急車で病院に運ばれ事なきを得たのだったが、ダサイにはその時の記憶はまったく残っていなかった。ダサイが倒れた時、客席は騒然となり、何事が起きたのかと皆総立ちで騒ぐ様は、さながらスタンディングオベーションのように見えなくもなかったと言う。拍手がまるでなかったことを除けば。


「ひょっとして倒れて運ばれるまでを含めた全てが彼なりのパフォーマンスだったのではないか?」
「本当は司会者と裏でネタ合わせが出来ていたのではないか?」
「救急隊員の話によると、ダサイは救急車の中で突然何事もなかったかのようにムックリと起き上がりひとこと、『酔拳……』と呟いたらしい。」
「第二回以降の詩賊賞の授賞式がなくなったのはダサイが原因だそうだ。」
「詩賊の編集者の間では、ストップ・ザ・ダサイがスローガンになっている。」
 それから数年間詩賊界隈では、そんな背びれ尾ひれの付いた噂がまことしやかに流れていたが、詩賊は既に廃刊となり、当時を知る関係者も雲散霧消、真相は今もって薮の中である。
 数々の問題行動で詩賊を廃刊へと追いやった張本人、ダサイウザムは、憎まれっ子世に憚るのことわざ通り、なぜか今も生き永らえ、くだらない詩を書き続けていた。
 ダサイ本人はデカダンを装い無礼派を名乗っているが、周囲からは嘲りを込め新愚作派と呼ばれていることを、彼は知らない。

文学極道

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