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作品 - 20160720_289_8976p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


とも君のこと

  熊谷

とも君、とも君がこのLINEを読むかどうかはわからないけど、ちゃんとお別れを言っておきたくて、とりあえず送ってみることにします。
しばらく連絡がなくなって、きっとそれは誰のせいでもないことだと思うのだけれど、わたしはそれがとても辛く感じて不安でしかたありませんでした。
とも君のことはぜんぶぜんぶ許したかったし、今でも丸ごと許せるけれど、でもこれ以上、何にも信じることはできませんでした。それはわたしの心が狭いせいだし、疑心暗鬼にかられたせいだから、とも君のせいではありません。
きょうを分岐点として、とも君のとなりにもっと素敵な女の子がいることになるだろうし、きっと別れてよかったって思う日がすぐ来ます。
とも君のこと、大好きだったなあ。一回ぐらい、立ったままぎゅっとして欲しかった。笑
ばいばい、今までありがとう。ずっとずっと、さようなら。



とも君は、わたしより背の小さな恋人だった。ちゃんと背比べしたことがなかったから、どれくらい差があったかわからないけれど、手をつなぐときわたしのほうがグッと下に引っ張られていたから、その引っ張られた分だけ小さかったのだと思う。そのグッと下がるときの感触は今まで感じたことのない気持ちを呼び起こしたし、近い言葉だと愛おしいが似ているんだと思う。たぶんとも君はそのことを気にしていて、ぜったいに立ったままハグしてくれなくて、わたしが横になるのをちゃんと待っていた。横になったらすぐにゴロンとこちら側にやってきて、そしてぎゅっとしてくれて、それでそれで、この先の出来事は思い出すと辛いから、もうこれ以上は書けません、ごめんなさい。



とも君は素直な男の子だった。コーヒーが飲みたいってなったらコーヒー以外のことは考えられないし、熟成肉が食べたいってなったら熟成肉を今すぐ食べなきゃいけなかった。付き合う前の時期に、いきなり温泉に行きたいってなって、温泉旅行に誘ってきたときも正直びっくりしたし、その小さな体によくもそんなたくさんの欲望が詰まっているんだろうと感動さえした。そして、その欲望ひとつひとつに付き合ってあげることがわたしにとっての幸せだったし、どこまでも甘やかしてあげたかった。とも君が気持ちいい、と思うことはわたしがたとえ気持ちよくなくても何度だってしたかったし、いつだってわたしのなかにその素直な欲望を吐き出して欲しかった。だから今、あなたの欲望がなくなってしまって、わたしのなかは空っぽになりました。



とも君は純粋な男の子だった。歌を歌うのがとても好きで、カラオケに連れて行ってもらうとミスチルやコブクロを、この曲良い曲だよねって言いながら熱唱していた。クリープハイプやジェイムスブレイクを聴いているわたしと違って、流行りのJPOPを良い曲だと思って聴くところがとてもかわいく思えたし、難しいことを難しく考えないところも素敵だった。とも君はわたしが聴いているような曲はたぶん知らなかったけど、わたしが腹に抱えている薄暗いアレコレには気がついていたのかもしれないね。知られたくなかったから秘密にしていたけれど、今となってはもう少し、わたしのことを話してみても良かったのかな、なんて思う。そうしたら、こんな風に連絡がどんどん無くなることもなかったのかな。そしてそんなこと今さら言っても遅くて、空っぽだったはずのわたしの中が急にいっぱいになって、わーって泣きたくなる。



とも君がいない日々は、お気に入りの絵の具を使わないで絵を描くことに似ていて、何かいつもとちょっと違くて、調子が狂うというか、ずいぶんと寂しくなる。それでも、あした、あさって、しあさって、すぐそこに迫っているだろう遠い未来になれば、とも君の色は忘れてしまって、あっという間にまたわたしは鮮やかな虹色を知ってしまうんだろう。それがとても悲しいし、こんなに大好きだったのにどうして、という気持ちにもなる。だから、とも君に握られた手の感触を忘れてない今のうちに、この文章を残しておきたい。すぐに色んなことを忘れてしまうわたしに、こんな大好きで素敵な恋人がいたよっていう、証拠を残すために。

文学極道

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