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作品 - 20160707_577_8946p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ひふみよ。

  澤あづさ

。ひ
。蒲松齢『聊斎志異』第四巻所収『書癡』
。立間祥介訳邦題『書中の美女』から

眇。瞑らず、眇眇と。見かぎる横目で見えない片目の、まぶたを縦に見たてるように。偏見。泣き濡れたまつ毛がよこぎり、ほつれた傷をよこしまに縫い。綴じた口から、いきが漏れると夢を。やみ。ひらきだす瞳孔から、ひらいていた盲点たちへ、めぐる琴線を星座と呼ぶ。よる。傍訓が降り、読点にまみれて。文脈を打ち曲に解かれて

空まわる、よみ

渦を、穿つ一行

ミルキイウエイ、牽牛

のの字に、巻き込まれた

星は、織女だった
絶弦した韋編の
きれ目が、眇めた紗の
栞はこと座にあった

書癡の
まぶたの
下樋
ねを、はり
あげる、さか
まつ毛の経


(中華の栞は「顔如玉」と詠まれ、カムリは「顔如華」ブロダイウェズなる梟を詠んだ。書癡の誤読で編まれた妻と、三つの花から捏造された妻、いいか伏線を張るから見おろせ。その梟を詠んだ国は、英語に Wales と呼ばれている。その語源を古英語 Wealh ラテン語 Volcae ギリシャ語 Κελτοι までさかのぼって『よそ者』と読まれている、いいから見くだせ! そのよそ者がその国語に Cymru と、その語源をブリトン祖語 Combrogi (同郷) までさかのぼって『同胞』と。いまだ詠まれている、わかったか。どうでもいいと。どうせだれでもよかったんだおまえも




。ふ
。Lyfr Gwyn Rhydderch より『Math uab Mathonwy』
。中野節子編訳『マビノギオン 中世ウェールズ幻想物語集』所収
。「マビノーギの四つの物語」第四話「マソヌウイの息子マース」から

と思いましたがやはり気に入りません。いいえ中野節子はありがたい人です。「Llew Llaw Gyffes」を「フリュウ・フラウ・ギフェス」など表音した重訳家の井辻朱美とは────なにせ重訳は、引用の複雑な織物ですので────わけが違います。この書のためにウェールズへ留学までした人ですから、「Llew Llaw Gyffes」も「スェウ・スァウ・ゲフェス」と、気合いのほどが並なりません。わたしもうっかり興奮し、中野の底本をウェブで拾い、独自研究までしたので表音せずには気もすまない

「Dar a dyf y rwng deu lenn,
 Gorduwrych awyr a glenn.
 Ony dywedaf i eu,
 O ulodeu Lleu ban yw hynn.」
http://titus.uni-frankfurt.de/texte/etcs/celt/mcymr/pkm/pkm.htm?pkm004.htm

「一本の樫の木が、二つの湖のあいだで育つ。
 空と谷とに、その深い影を落として、
 わたしの言葉に、まちがいなくば、
 スェウの花から、こんな状態がおきたのだ。」
(上掲書 p129)

違う。Lleu は「スェウ」と違う「スェイ」です。さらには「樫」もオークですのでむしろ楢かと思いつつ、そうした和訳のお約束には強いて逆らうまいとしてもね。ウェブで拾った中野の底本によれば、かれは母のまえで鷦鷯の足を射抜き「ys llaw gyffes y medrwys y Lleu ef.」(この光は的を射た腕利きだ)と称えられたゆえに「Llew Llaw Gyffes」(腕利きの獅子)の名を得たのでした。実名敬避俗の慣例で言えば、「獅子」が字(あざな)で「光」が諱(いみな)、いいえ漢語圏じゃありません。古代ケルトの物語は、なべて口承でしたので、(書きとめられたのが中世なので、中野の訳書の副題が、)位牌に彫られた戒名などはどういう意味でもどうでもよかった。一説によれば言葉は、特に魔力を持つ詩は────それは上記の表音通り、韻文であり本来の「詩歌」であるので────字に書かれると力を失うのだそうで。墓場なんです「ふみ」というのは、「文」と「書」と「史」のいずれにおいても、ええまあここは日本語ですから

中野の底本でかれは終始
Llew(獅子)と呼ばれただ一場面
「かれが詩に歌われたとき」のみ
Lleu(光)と呼ばれている

この恋情やみがたい詩情は、わたしがみずからウェブで拾った中野の底本をCtrl+Fで徹底調査し発見したので、ウィキペディアの英語版にもウェールズ語版にも載っていません。なにせあそこは独自研究禁止の百科でそれどころか、「Llew(獅子)は誤記」と断言されていますウィキペディアの英語版に。英語圏のどいつもこいつも Lleu(光)に目をくらませやがって、中野の底本も鑑みない。日の本への恋路がひらいていない。もはや太陽に顔向けできまい光毒の花あの顔如華のように。題名の男なら呪われています。理由は書かれていませんが、マソヌウイの息子マースは、ひとりの乙女の膝に両足を載せておかないことには、生きていられない体なのでした。中野のありがたい訳注によれば

「足持ち人というのは、中世には普通に見られる召使いの一人であった。ウェールズの宮廷においては、男性である場合が多く、マッサージ師のような役目を兼ねて、食事をとる間の足載せ台の役割もはたしていたと思われる。ここに述べられたゴイウィンのような役目をする乙女の記述は、この物語が書きとめられた当時には、他に類を見ない。したがってこんなところからも、この話が、書きとめられるずっと以前から語られていた物語であることが推察される。」(上掲書 p422)

ゴイウィンは顔如華ではありません。引用やみがたく語りえない




『み
』から

JKリフレ『ゴイウィン』どう考えても儲かりそうにない。場末の整体屋で『指圧の心は母心、押せば命の泉湧く』ジェット浪越の余波に溺れ、拇指を三回ぶっ壊し終えたころ。あなたがたに会った。「妊娠。してるんですけど、」ベビードール。裾広がりのワンピースと、とても上手に隠れたおなかに。きっと二度と会わない。「むくみすごくて。肩もすごい凝るんです。あと背中の、」背中の。「背中の。羽が生えるとこ、」隣り合い、向き合わない、肩甲骨たちの内縁から。いつか羽がひらくんじゃないかと、わたしも乙女のころ考えたけれども「妊娠。してるんですけど、」あなたの肩井は傘ではなかった。あなたの血が打つ点字で読んだ。おなかを守るように、腰かけた猫背がなで肩を落とし、ふさぎこんでいた経気の井戸。冷えたバターをとろかすように、拇指を。四秒、まっすぐぬくもりを集めて。ぬかるむ『命の泉』母心はライヴのカウント、ワン。ツー。フォースリーツーワン

泣きだした妊婦の湧泉をご存じですか。「リフレも。できますか、」できますよ。アロマオイルはどうしましょうか、「ネロリ、」橙の花から蒸留されたネロリは、足の裏に塗るような値段ではない。ぺたんこバレエシューズのなかで、あなたの母趾はひどく外反していた。「って。オレンジブロッサムですよね。イギリスの結婚式の、」あなたがそう言いたいのなら、わたしに返す言葉はない。それが経済ってもんだろう。地に足つかないハイヒールに、はまれなかった土踏まず、あの日。オレンジとマンダリンをプチグレンに混ぜ、捏造した高嶺の花。そうプチグレンは橙の枝葉から蒸留され、場末で偽和されネロリとも呼ばれている。同じ木だから葉まで香る華、如玉。「おねえさん。細いのに。すごい力、」あなたのほうが細いんですけどね。「あたしも。ダイエットしてたんだけど、」贅肉だと、思いたかったんですね、あるいは贅物だと「結婚式、」そうなんですね。「するはずだったから、」そうなんですね。わたしはこのあいづちが嫌いだ「でも。」そうなんですね。返す言、葉が

蒸留されこぼれる香。如華。ぬかるむあなたの肩井から、われ鐘のように嗚咽に打たれて、湧泉まで寄ったなみ。だ。水を油ですべりながらあの日。あなたのむくみと摩擦して、わたしの手にだけ焚かれた熱で。漣のうねへ散り蒔いた、代代の petit grain(一粒種。(異物だね。))悪阻のように。昇華しますように。彩雲の織姫、他愛ない経済ふるい落とされる雨の経(たていと)がしきる場末に、よりをかけて緯(よこいと)を織り込み。波紋を広げる、羽衣は縮緬よりによって。凝縮しますように『指圧の心は母心(わが子ならだれでもいいはずだ母なら(女(子)き)がついているだろうか)きみ。空まわる地球のコアに、振りまわされて黄身返し。羽の生える内縁へ、外反した代代いろの娘、あのひ。いふうみい。よん秒の字たらず、八拍の字あまりで。彼方(あなた)の経気を引喩した、この指の名は拇指。はは
。は



)よ
。都都逸『おろすわさびと恋路の意見きけばきくほど涙出る』から

 ことなりて紅涙ふるふ筆おろし
  狂るる琴はや結びふみ
  揺るる線にや星座する
  指折りしをり爪あとを
  痛手に解き織れうたへ
ひイ
ふウ
みイ

、かみなりて焦がれまた焚き「漣漣と酔ひ独りまつ毛をむしるほど
             「恋恋と『彼方。手酌できけばきくほど
                 『われがね。和寂(わさび)ちぎる

。いろはにほへとちりぬる緒
。和か
。世たれそつねならむ







、補遺

、ひ。顔如玉について
、出典『書癡』あらすじ

、彭城の郎玉柱は、琴も酒も碁もおぼえず父祖の蔵書にしがみつく、朴念仁の書癡であった。真宗皇帝の勧学文の写しを、傷まぬよう紗で覆って座右とし、その朗誦を日課としていた。かれは勧学文の説く「書にはすべてがある」との比喩を、文字通りに信じていた。そのため、科挙に落ちようが縁談が破談しようが、思い悩まずにすんでいた

、そのような玉柱の周辺で、天上の織女が逃げ出したとの噂が流れ出したある夜のこと。『漢書』八巻を読みふけっていた玉柱は、書に挟まれていた美女の切り絵を見つけた。紗でつくられた切り絵の裏には、細い字で淡く「織女」と書かれていた。それで玉柱は、これぞ勧学文の謳う「書中有女顔如玉」(書中には玉のような顔の女がいる)に違いないと惚け、以来、寝食も忘れて切り絵の美女を眺める日々を送った。するとある日、突如、美女の切り絵が起き上がり、(以下割愛)

、真宗皇帝の勧学文は、漢詩であり詩歌であって、すでに訓読が書き下されている。「これとまったく反対に、現代の書き手は、テクストと同時に誕生する。」「テクストとは、無数にある文化の中心からやって来た引用の織物である。」「あるテクストの統一性は、テクストの起源ではなく、テクストの宛て先にある。」(ロラン・バルト/花輪光訳『物語の構造分析』みすず書房 p84-89)


、ふ。顔如華について
、出典『マソヌウイの子マース』独自研究

、ブロダイウェズ(Blodeuwedd)の名は、中世ウェールズ語で blodeu(花々)gwedd(のような顔つき)を意味する。 かの女は、オーク(力の象徴)とエニシダ(美の象徴)とメドウスイート(慈愛の象徴)の花々から、魔力によって生み出された「この世のものならず美しく芳しい乙女」である。その語義と、それら花々の花季や象徴が異なる点を鑑みれば、その名を「花々のように多彩な表情」と読解することも可能であろう

、ブロダイウェズの夫スェウ(その名の本質は「光」)は、母アランロドの不貞の証拠として生まれたので、母から憎まれ三つの呪いを受けていた。「わたしが名づけない限り名を持てない」「わたしが着せない限り武装できない」「この世のいかなる種族からも妻を娶れない」というものである。先ふたつの呪いは、スェウの養父(実父との説もある、ちなみにアランロドの兄弟である)グウィディオンの詐欺で解決したが、最後の呪いには解決策がなかった。そこでグウィディオンと領主マースが、魔力を用いて三種の花から「この世のいかなる種族でもない女」を生み出し、スェウに与えた

、ブロダイウェズは、光のために捏造された華であった。その役割を放棄し、別の男と不義の恋に堕ち、夫の殺害を共謀して、創造主グィディオンから罰された。(創造主は、被造物の「花々のように多彩な表情」を読解しなかったのであろう。)華が光を裏切ったので、太陽に顔向けできないように、梟へ姿を変えられて「永遠にブロダイウェズと呼ばれるように」呪われた。現代UKの児童文学『ふくろう模様の皿』は、ブロダイウェズを「姿を鳥にされたのに、名が花のままだから、花に戻りたがっている」とみなしている。その同情の背景は、ここで説けるほど単純ではない。「わしがなにを知ってる?……わしは、自分が知っている以上のことを知ってる……なにを知ってるかがわからない……重みだ、それの重みだ!」(アラン・ガーナー/神宮輝夫訳『ふくろう模様の皿』評論社 p126)


、み。三種の偽和について
、ダイダイ精油の薀蓄

、世界初の香水として名高いネロリは、本来ダイダイ(ビターオレンジ)の花を蒸留した精油を指すが、現今では別の柑橘類の花を蒸留した精油もネロリを標榜している。この事情は、本来ダイダイの枝葉を蒸留した精油を指すプチグレンも同様。「ネロリ・ビガラード」「プチグレン・ビガラード」と標榜されたものは、本来のダイダイ精油である

、プチグレンはフランス語で「小さな粒」の意。ネロリが高価であるため、プチグレンを用いた偽和品がネロリとして出回ることもある。プチグレンとマンダリンとオレンジの調合でネロリを模造できることは、一般にもよく知られている。マンダリンとオレンジは、柑橘の果皮を圧搾した精油なので、ベルガモットのような光毒性をもつと誤解されがちであるが、誤解である。この三種の偽和は、本物であればネロリと同じく、光に対して安全である

、しかし、ダイダイの果皮を圧搾した精油には、強い光毒性がある。ダイダイの枝葉とダイダイの果皮でダイダイの花を偽和すれば、まさに太陽に顔向けできない。日の本の日は神であり、お客様は神様であり、指圧の心は読解にある。「読者はこの書物を乗り越えなければならない。そのときかれは、世界を正しく見るのだ。語りえぬものについては、沈黙しなければならない。」(ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン/坂井秀寿訳『論理哲学論考』法政大学出版局 p200)


、よ。三様の和歌について
、願わくはその余韻について

、この項の和歌は、発句+今様+七音+短歌(ここまでで長歌)/旋頭歌/都々逸で構成した

(ひ) 長歌を「発句+今様+七音+短歌」に分け
(ふ) 短歌の五七七を旋頭歌の上三句に見立てて、下三句をつけ
(み) 旋頭歌の下三句を冠甚句の五七七に見立てて、七五を足し都都逸を詠み
(余) 以上三様の和歌に、いろは唄のもじりを加筆した

、指折り数えて、指切った小指を手に余す。屈指、彼方(あなた)の語りえぬふみから。読者として書き手は、引用を織りなし誕生する。この琴線を、こと座の織姫から宛てられた

文学極道

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