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作品 - 20160622_902_8900p

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Tensai Shijin 8900#

  天才詩人

Ciudad Universitaria -大学都市-

暗い夏の夜に、一両編成の電車が通る桜並木を、駐車場をはさんで眺める。赤いじゅうたんの廊下に赤や緑、白、ベージュ。いろんな色のドアが口を開けている、人が出払った木造のアパートの、つきあたりの部屋で、コンピューターの画面を操作している。音を立てない。誰とも話さない。扇風機だけが静かな風を送り、蛍光灯の光がすべる畳の上で、海のむこうからとどく手紙を受けとる両手をじっと見つめる。キーボードを叩き続け、画面には一覧や画像が表示され、その優先順位を次々に入れ替えながら、僕は顔をしかめ、伸びをし、天井を見上げ、再び窓の外を見る。遠くで踏切りの音が鳴り、やがて藪の裏手にある無人の駅を出発した電車が、モーター音をたてて川沿いに並ぶ家々を横切った。『文・学・極・道』。僕は真っ黒な画面に見入る「藝術としての詩を発表する場、文学極道です」「クソ垂れ流しのポエムは、厳しい罵倒を受けることとなります」「気張ってご参加ください」。僕はなおもキーボードを叩き続け、ロサンゼルスや、ミネアポリス、アルバーカーキーなど全米各地の都市の情報や研究施設に関する、開きっぱなしのページを、保存して閉じる。別のタブには、まだ『文学極道』という詩を投稿するサイトの、黒い闇を模したトップページが開いており、僕は一息つくと「詩投稿掲示板」のリンクをクリックした。「ポートランドでドラムを叩き」「梵語研究者」「なぜポートランドなんでしょうか」「一条さん、ありがとう」。タオルと着替えのTシャツ、紙にくるんだ石鹸をスーパーの袋につめ、時計を見て電車の時間を確かめると、自転車でゆるい坂道を、三条の方角へくだる。闇のなかにぽつんとある自動販売機の前で自転車をとめ、ピーチサイダーを買い、プルタブを開ける。細い路地に白い光をぽつぽつと投げる街灯に目をこらしながら、ほんの数年前この町で出会い、下宿や四条の飲み屋で毎週のように集まり、旅の話−話題はバンコクの安宿や、インドからパキスタンへの国境を越えるバスとかだった−をした友人のことを考える。留年した大学をたったひとりで卒業した春。人口が150万ほどあるはずのこの街には、僕が電話をかけて他愛のない話をしたり、誘いあって晩御飯を食べに行く相手は、どこにもいない。鉄道線路、用水路をオーバークロスする高架、路面電車、閉店した大型スーパー。よどみなく整地されたアスファルトをコマ送りするように、自転車をすべらせる。ラーメン屋の広告塔がある交差店で信号機が赤になる。このラーメン屋にはヤダぽんとよく来た。大抵は夜中の3時を回った頃、強い酒を飲み、ふらふらになったあとだった。大学の授業にはほとんど出席しなかった。だが友人の輪が自分の大学から、他の大学へ、そしてOLやサラリーマンらのあいだにとめどなく広がっていく。その感覚は休みごとにバイト代をはたいて格安の航空券で『オリエント』へと旅立つのと同じように僕をわくわくさせた。そのころ僕は、大学に入るいぜんの、孤独だった過去の自分に三行半をつきつけた。大学に入学した4月以降、過去の自分は近く鉄道駅の駅前でいつも僕を待っていたが、僕は決して声をかけなかった。過去の自分は、悲しそうな顔をして駅前や周辺の食堂をひとりでうろつき、ずっとこちらを見ていたが、数ヶ月すると姿が見えなくなった。その同じ駅前を、アマチュアバンドに興じる若者や、高架下の飲み屋から吐き出される男女を横目に、僕はただ一人、三条の銭湯へゆるい坂道を下る。

ブエナビスタ

廃線になった国鉄ターミナルの隣にある図書館で時間をつぶしていると、Nから電話がかかってきた。「今週末誕生日だったよね。どっかご飯でも食べに行こうよ」。30分後に待ち合わせをする約束をして、果物ジュースを売る屋台やショッピングモールが入り組む再開発中の路地を歩いて、地下鉄駅前の彼女のアパートの前まで来るとインターホンを押した。下水管の匂いがする、しみのついたコンクリートの壁の前に立ち、空を見上げる。晴れていて、雲ひとつない。デニムのスカートに白いブラウスで出てきたNは、いま着替えるから部屋で待ってて、と僕に言い、暗い階段を、再びのぼりはじめる。日本語学科のNとは気が合った。数ヶ月前にこの国に来てから、一緒にご飯を食べにいったり、首都圏のグリーンベルトにある、小さなカフェやレストランが密集する路地を目的もなく歩いたりした。だが、いろんな事情から、それ以上の関係に持ちこむのには二の足を踏んだ。古い金魚の水槽。玄関のドアに積み上げられた靴の入った紙箱。木製の本棚には日本語や語学関連の書籍があふれており、わずかばかりのスペイン語の本を圧倒している。日本語や文化に興味を持つ人たちはこの国の人口の数パーセントを占めるが、僕とはウマが合わない。なんというか、双方向性の片思いなのだ「高度にオートメーション化された社会で人々は部屋にひきこもり、『動物』的な欲望を満たすことに専念する、21世紀中盤には、世界はそんな日本みたいな国ばかりになるだろう」気鋭の若い批評家が書いているが、僕には、その数十年も前になされた、社会主義リアリズムの画家の、「日本人は悲観的な運命論者だ。社会を変える道をあらかじめ放棄しているから、藝術も、教育も、現実逃避の道具 に成りさがっている」という発言のほうがリアリティがあった。Nとアパートを出て、新交通システムのプラットホームのガラスのドアをくぐり、首都圏を貫く渋滞で名高い幹線道路を南に向かう。Nは、いま申請している日本政府の奨学金が通りそうだと嬉しそうに話す。この奨学金を得れば、北関東にある国立大学の大学院に入学することになるが、助成の規約により、数年間は日本を出ることができない。浜通りの原発事故の直後だった。プルトニウムやストロンチウムを含んだプルームが北関東一帯に降り注ぎ、放射線、疫学、火山学の専門家やアクティビストたちがそれぞれ全く違う意見を展開し名指しで糾弾しあい、東京在住の外国人たちが大挙して国外避難している真っ最中だった。電車が急ブレーキをかけて停止して、Nと僕はあわてて手すりにつかまる。Nがメガネの奥の目を細めながら笑って僕を見る。ちかごろ、メガネをかけているとどんな外国人もアジア人に見える瞬間がある。僕は、大通りのほうを指さし、この界隈のちょうど裏手の、セブンイレブンの横に、黒い鉄のドアに大きな日の丸の国旗がペイントされた家があることをNに話す。「大使館じゃないの」とNは冗談めかして言う。「強制収容所じゃないかな」と僕が答える。「北朝鮮じゃないんだから」Nはあどけなく笑う。Nのことが好きだ。信号が青になり、電車が動きはじめる。 ざらついた灰色の専用軌道が、南の郊外のはずれにある、砂漠化した岩盤のふもとまで一直線に続いている。視界が途切れる限界点にはファミリーレストランや量販店の広告塔が回転しているのが見える。

環状道路10号

アカプルコから戻った午後遅く、近所の量販店で白いウィルソンのパーカーを買った。地下鉄駅の乗り合いバスやタクシーのヘッドライトが、磨耗した幹線道路のレーンを蛍光灯のチューブのように発光させる。秋だな。と思った。秋は新しい世界が開ける季節だ。そんなことを帰りの乗り合いバスの硬い座席にうずくまりながら、ずっと考えていた。Aとは首都圏の南にあるバスターミナルで、ちょうど別れたあとだった。ずいぶん長い間女を抱いていなかった。相当の、長い長い時間だ。海岸沿いの、屋台骨のように張り出した木組みのテラスで、ビールの栓をはずした。藍色のワンピースから出る白い二の腕をつねると、Aは笑って僕の肩に手をまわし、キスをする真似をする。真っ黒な海を見ながら、相手を好きになること、とりあえず誰かといっしょにいること、性欲を満たすことのあいだに引かれた白い破線の上を、行ったり来たりしていた。アカプルコは聖週間の休日を楽しむ家族連れや若者でにぎわっていた。バーの入口に置かれた演台に立つ女の子が少しづつ服を脱いで、最後は水着になるというショーをやっている。他愛のない見せ物だが、観客の喝采だけは余念がない。先生が「おはよう」と挨拶すれば、みんな大きな声で「おはよう」と挨拶を返す。そんな小学生の真っ直ぐさを、この国の大人たちは失っていない。僕は、Aをモーテルに連れ込んでベッドに押し倒そうという性急な考えをいったん保留にして、バーの外に出る。水族館みたいな飾りつけの90年代風のディスコテカで、サルサを踊ったあと、真っ暗な、観光地の喧騒が遠くに聞こえる黒い砂の浜辺に寝転がり、白い二の腕をつねったりキスをする真似をされたりして過ごす。起き上がり、砂を払うと、夜明けだった。Aと手をつないで、鳥がさえずる椰子の木々の植え込みがある海岸通りを歩き、投宿している安ホテルに戻った。バスルームの洗面台は昨日から水の出が悪く、白い陶器の表面にはうっすらと砂がくっついていた。いま、そのアカプルコの砂がざらつくのを背中に感じながら、首都圏の、スモッグで空が曇る、幹線道路の歩道橋を、量販店に向かって歩いている。頭上にライトアップされたオレンジのロゴが見え、そのむこうには外国人がたくさん住む高級住宅地の灯が明滅する。ウィルソンのパーカーが入った紙袋の感触を手のひら確かめながら、エアコンの効いている店のゲートをくぐる。

文学極道

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