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作品 - 20160613_496_8885p

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旅と日常の日めくり

  天才詩人




PUPUNTA AKO SA MAYNILA

マニラのダウンタウンにある安宿に投宿していた。毎日違う日本人の女の子 と食事に出かけ、いつもいいムードに持ち込んだが、月曜日になるとみんな出て行ってしまい、宿は空っぽになった。朝、日がだいぶ昇ったころ、シーツにくる まって目を覚ますと未来のタバコの箱のような、四角く透明な青色の虫が床を這っている。女の子の連絡先をひとりも聞き出せなかったことを悔やんでいると、 声のでかい20代後半のお兄ちゃんが、荷造りをしながら、フェイスブック教えて。と話しかけてきた。彼はマニラにしばらくアパートを借りて住むので、連絡 してくれとのこと。今日は特に予定もないので、パソコンを持ってリサール公園近くのショッピングモールに行ってメールを書いたりリサーチして一日過ごそうか。マイルドセブンの箱から一本抜きとり、火を点ける。日がさしているフローリングの床に煙草の燃えかすがひらひらと落ちていくのをぼんやり見る。

THANON CHIRA JUNCTION

ピマーイ。乾燥した稲作北限地方の田畑を長距離鉄道の線路がトラバースしながら、遠くに見える連山の方角へ消える。展望台で、ペットボトルのジュースを飲 み、赤や黄色のリュックサックを背負った年配の日本人観光客の団体が遺跡の石段を、一歩一歩のぼっていくのを俯瞰する、僕は、昼食の脂肪分やニコチンが下腹部で熱をもつのを感じながら、1月の、あの一級河川からほど近い住宅地で、びん詰の医薬品や包帯類が、それらリュックサックに詰め込まれるのを 見つめていた。免税品店で買った、マイルドセブンの青灰色のストライプが入った箱を、手のひらにとり、透明なセロファンを剥がす。鉄道線路のむこうには、砂利のプラットフォームの停留場が開発未定地のただ中にあり、そこから見える、屋上にアドバルーンがゆれる病院には、読むことの出来ない異国の文字が、急患搬入口のスロープに点滅する赤いランプのまわりを這い回る。セブンイレブンで買ったボトル入りのジュースを飲み、踏切をわたったところの、未舗装の車止めがある雑貨店でベージュ色のパッケージのイギリス煙草を、チョコレート菓子と一緒に購入して、面談室へと足を進めた。対応する医師は非の打ち所のない完璧な日本語で僕の話を聞いたあと、病室や診療室のあいだを、よどみない足どりで行き来する。採血を担当する白髪混じりの看護婦の白い帽子には、あのアドバルーンにあるのと同じロゴが刺繍してある。

ピマーイ。遺跡を出て、王宮を擁する古都の市街へむかう、フロントガラスに仏陀の後光をかたどった模様が入った小型バスに乗り、、商業エリアの後背地にある人気のない鉄道駅で降り、がらんどうの待合室を出て、王宮の参道を、いろいろ見物しながら歩き、そのつきあたりの、U字状の、近年の経済発展を具現するランプウェイの真下にある、安飯屋と安宿に、投宿した。バスルームには小さなガラスの 天窓がある。ベッドに寝そべり、夜になる。マイルドセブンのストライプの入った箱から一本抜きとり、点火する。蚊の飛び回る、ベージュの壁を見つめる。午 前3時、デンマークのロックバンドが奏でる甘いバラードが、ウォークマンのイヤホンからこぼれ出る。古い木造の部屋の、磨耗したフロアの継ぎ目に目を凝らしながら、僕はボール紙の表紙の、調査用のノートを開いた。どんなに気を紛らわしても、僕の思考はやはり、冬の日に、あの年配の観光客が背負ったリュック サックと、その中に詰められたタオルケットやその他の物品の出自へと、目を凝らしていく。(バスを降ろされたジャンクションの駅は、通るのは貨物列車ばかりで、旅客はひたすら呆然と待たされた)(仕方なく歩き始めた王宮への参道の道端で、炭火で串刺しの鶏を焼いてきた若い母親が、笑顔をこちらに向けなが ら、親切に道案内を申し出た) それら、一日の終わりまでに見聞きした事柄にに対する自分の所見をひととおりリストアップした後、ノートに書き込んだが、僕がどの目的地に向かって旅をしているのかはわからないままだった。

『アメリカ西海岸』

『地球の歩き方』―アメリカ西海岸のガイドブックは情報量が多すぎて、バックパックに入らなかった。空港から、西部劇のセットみたいなダウンタウンのメインストリートに着くまで一時間半かかった。バスを降りると、ま だ午後3時なのに、店はほとんどシャッターを閉め、黒人や褐色の肌のホームレスが路上のゴミ箱から使えそうなものを取り出している。リトルトーキョーの倉 庫街の、饐えた匂いのする路地の奥にある、階段に赤とベージュのカバーがかかったホテルの汚れたガラス戸を押して中に入る。乾いた西岸海洋性気候の太陽は、古びたビルの 表面にあたる西日を、かさかさに干からびさせた。築60年の古い白いペンキで塗られた内装のホテルは、トイレは共同だったが部屋には洗面台があり、その壊れた蛇口からは微かな水流が、白い陶器の表面を薄茶色に 染めながらこぼれつづけていた。そのホテルで僕は30代後半の旅行者と知り合い、メキシコのことをあれこれ聞いた。空はいつも晴れていたが、8月だというのに風が冷たく、バス停は遠く、この街を離れるのは至難の業に見えた。対人恐怖の暗い影を引きずっていた22歳の僕は、それでも意を決して近くのメキシコ人経営の旅行代理店の扉を押して入り、メキシコシティまでの片道切符を買った。フライトは深夜だった。鬱々とした気持ちが晴れないまま夜7時、荷物をまとめて来たのと同じ番号の市バスで空港へ向かった。重たい、『地球の歩き方』 アメリカ西海岸編は、ベッドのシーツの上に置いたままにした。

LA SIERRA

緑の山塊の隘路をたどる蟻のような人影が、日なたを這いずる血のにじんだ腕の記憶をしまっている。西日に照らされたた褐色レンガのビル群が、コーヒー栽培の富で潤った転売人や、配達夫を、坂を登ることの比類のなさをいだき、息を切らしてバラックへと歩く母親や子供たちを見おろす。足あとや息づかいの形跡にも、声をあげることは許されず、天空を えぐる天狗の頭にも似た岩に、睨みをきかされながら、眼下には、輸送機関の軌道がはしり、カーヴした縁石にそって、ゆるやかに起伏する街角に、角砂糖大の 家々が、とりとめもなく明滅し、しがみつく、丘。雨が降ったあとの三々五々の人影が、濡れそぼった地形図の上、雑貨店や工場のトラックが、うす暗い後背地 の山なみをのぼる。

文学極道

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