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作品 - 20160430_312_8783p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


血盆経偽典白体和讃

  澤あづさ

メフィストフェレスが激怒する。おかしの家、雪渓もののあわれ。賽の河原で降誕祭の、レープクーヘンホイスヒェン「またも永遠、」つまり子宮だった。子どもだましの真珠母だった。卵管の口が天井に、欠けないふたつの満月を穿ち、光明として堕ろす黄体ホルモン。真珠麿の床へ落ちこぼれるマーガリン、マルガリーネ、マルガレーテがたま子と和訳され「ヘンゼルは。」ワルプルギスの夜だからね。

たま子は自浄を司る。キリストすら堕ちた道のだ。三途川から昇天し、月にはじかれ逝く雪を、すべて此岸へ掃きもどす。婦は掃くので婦であった。処女は幼女で月経前だ。魔女と聖母の分かれ目は、避妊の知識の有無しかなかった、37度のヘクセンホイス。雪はとろけて水子となり、水子の布団を月水へ剥ぎ。堕とす。乳と蜜そしてハードボイルド「ラインのリープフラウミルヒが恋しい。」みずからを焼くかまどから。

箒も竹冠を脱ぎ捨てて。花盛りのエニシダを束ねて(だって魔女はなんでわざわざ枯れ枝なんかにまたがるの、)フラワーシャワーのヴァージンロードへ。たま子が吐き棄てる。玉子は身ぐるみ剥がされている。きみはいらない白身だけ白砂糖としっかり混ぜて(鳥ノ子と白の袷を氷重と、エデンの極東が名づけたのだ、)アイシング。白無垢に。雪は化かされ水子となり。

花も実もなき鬼灯の
知りもせぬ罪に焦がるる
小娘、とも小僧ともつかぬ
餓鬼どもが、
「そう言えばおれはファウストの
 被昇天の際
 天使どもに欲情したのだった。」
さめざめジンジャーブレッドマンで
積む、得度の
煉瓦を、摘む
羽掃きと
懸衣翁

   糖衣の濡れ衣
    しか甘くない
     マルガレーテが謳う。
      冷やかなる奥津城に *1
      小さき妹 *1
      我骨を埋めつ。 *1
     グレートヒェン
    帚木の心を知らで *2
   ホイスヒェンの *2
  床にあやなく *2
  惑いぬるかな。*2
 真珠より、まるく
 まるく、漂白された
  殻
  『此こそわが骨の骨わが肉の肉なれ』 *3
    に
     はめ殺されて

     あめの窓をかためる
    羽二重にかたまる
   卵白の
  床に、煮くずれた
 仙骨翼から

はね飛んでいる肋骨遺残
           「またもご漂着だわレープクーヘンヒェンが。
           「ご氾濫だわ。リープフロイラインミルヒが。

「ごきげんよう das Maedchen「ようこそ中性名詞!「ひらいた股から胎をひらかれ「装った、イースターバニーガールの卵殻「豚に真珠、「をカイーナの氷でひとかわ剥いても脱げない定「冠「詞の法を免れないあたしたちは「どうしようもなく娘細胞!

(das Ewig-Weibliche,(es ist vollbracht. *4
「どうしようもなく母細胞!
(das Ewig-Leere,(es ist vorbei.(Da ist's vorbei! *4
「どうしようもなく魔女裁判!

『カインがアベルを殺したので、 *5
 神はアベルの代りに、ひとりの子を *5
 わたしに授けられました』。 *5

(いらなかったのねカインは、
(いらなかったのねアベルも「兄さん、
『なんてきれいな鳥なんだろ *6
 ぼくは!』 *6
「いらない、
『なんてきれいな鳥なのかしら
 あたしたちは!』「いらない。

              「干されることを拒めば箒も「永遠に花束のまま!「実るらしい煉獄「うらやましい、「火があればなんでも「焼きたい放題だね!「鳥もうさぎもクーヘンヒェンも「焼き入れ知恵りんごの煮びたし「たま子も!「目玉に、「焼かれたい放題だね!

 メフィストフェレスが激怒する。
(魔女の厨でならいざ知らず *7
「それは母たちなのですよ。 *8
(なんとしても耳にしたくない言葉だ。 *9
「あの永遠に空虚な遠いところ *10
 よりおれとしては「永遠の虚無」の方が結構だね。 *11
『すべて移ろい行くものは *12
 永遠なるものの比喩にすぎず。 *12
『永遠に女性なるもの、 *13
 我等を引きて往かしむ。 *13
「聞いた事のある詞ばかり聞いていたいのですか。) *14



  Zum Augenblicke duerft' ich sagen:
  Verweile doch, du bist so schoen!
    この玉響へわれぞ告げたき。
    揺りをれ、なれこそいつくしけれ。
 (J.W.Goethe, "Faust. Der Tragoedie zweiter Teil", 11581-11582 私訳)



□■ 出典 ■□

*1 ゲーテ/森林太郎(鴎外)訳『ファウスト 第一部』4416-4418行
 ※マルガレーテ(グレートヒェン)が牢獄で歌う歌。出典は*6に同じ。

*2 紫式部『源氏物語』帚木 第三章第四段より
「帚木の心を知らで園原の道にあやなく惑ひぬるかな」

*3 文語訳聖書『創世記』2章23節より
「アダム言ひけるは此こそわが骨の骨わが肉の肉なれ此は男より取たる者なれば之を女と名くべしと」

*4はゲーテ『Faust』原文から引用した。
*das Ewig-Weibliche:12110行、神秘の合唱。
 ※鴎外訳「永遠に女性なるもの」高橋訳「永遠にして女性的なるもの」
 ※ユングのアニマや太母の概念に影響を及ぼしたとされる。
*es ist vollbracht:11593行、メフィストフェレス。
 ※鴎外訳「用は済んだ」高橋訳「片がついた」
 ※ヨハネ福音書19章30節にあるキリストの末期の言葉であり、多く「事成れり」と訳される。
*das Ewig-Leere:11603行、メフィストフェレス。
 ※鴎外訳「永遠な虚無」高橋訳「永遠の虚無」
*es ist vorbei:11594行、合唱。
 ※鴎外訳・高橋訳とも「過ぎ去った」
*Da ist's vorbei!:11600行、メフィストフェレス。
 ※鴎外訳「今何やらが過ぎ去つた」高橋訳「過ぎ去った」

*5 口語訳聖書『創世記』4章25節より
「アダムはまたその妻を知った。彼女は男の子を産み、その名をセツと名づけて言った、『カインがアベルを殺したので、神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました』。」

*6 グリム兄弟『Von dem Machandelboom』(百槇の木の話)初版本より
 ※*1の出典。

*7-12は高橋義孝訳『ファウスト(二)』新潮文庫から引用した。
*7  6229行、ファウスト。
*8  6216行、メフィストーフェレス。
*9  6266行、ファウスト。
*10 6246行より、メフィストーフェレス。
*11 11603行、メフィストーフェレス。
*12 12104-12105行、神秘の合唱。

*13-14は森林太郎(鴎外)訳『ファウスト 第二部』から引用した。
*13 12110-12111行、合唱する神秘の群。
*14 6268行、メフィストフェレス。

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