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作品 - 20151219_800_8512p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


飛べなくなったひと

  ねむのき

(ふたりの、I、のために)

1

坂道を登ってゆくと
側溝の中に
男のひとがいるのを見つけた

男のひとはずっと
膝をかかえていて
「ああ、おとなになってしまった
と何度も呟いていた

とても天気のいい日だった
うるさい飛行機が
空に吸いこまれて
ちいさな白い点になってゆくのを
ふたりでしばらく眺めた

ぼくが
さよならも言わずに
自転車を漕ぎだすと
男のひとは、
あおむけの格好で
どこかの街へ流れていった


2

飛行機が花のように破裂して
無数の白いシャツが
風を受けて、
ゆっくりと墜落してゆくのが見える

それは
まるで踊っているようにも
あるいは
まるで生きているみたいにも思えた

あるいは、もしかしたら
ひとの形をしたシャツの
形をした人間なのだろうか?
まるで生きているみたい
それなのに結局死んでしまう
無数の人間の形なのだろうか

(生きているのに死んでしまう?
(それはなに?
(それはどうして?

ああ、それは
わたしや
君の形をした
物語なのだろう
いったい
わたしもきみも
ほんとうはどこか別のところからやってきて
そしていつのまにかどこかへ去ってゆく
わたしや君の形をした
誰も知らない誰かなのかもしれない

(それは誰?それは、
(さいごに誰が死んでしまう物語なの?

そうさ、
あるいは生きるということ
それはほんとうに
誰の書いた物語なのだろう
結局みんな死んでしまう
なんて、そんな出来損ないの物語を
精一杯生きなければならない
それに
生きていると
弱いからすぐ嘘をついてしまう
ああ、ほら見てごらん
空だけがいつも青くて、
残酷なくらい青くて、
死んでしまいそうなくらい青くて。
それなのに臆病なわたしの手は
もうずっと前から死んでいるように白い
死んでしまうのに生きなければいけない物語を
死んでいるように生きていると
こうして触るものもみんな、ひどく汚してしまう
わたしはわからなくなる
なぜわたしは、おとなになってしまった?
おとなになってしまって、こんなに
飛べなくなってしまったわたしは
誰なのか


3

坂道を登ってゆく
今日もいつもの側溝の中に
飛べなくなったひとがいるのを見つける

「ああ、飛べなくなってしまった
といって膝をかかえている、今日も
空をななめに切りとってゆく
飛行機のちいさな翼を
ふたりでずっとながめている

(どうして、
大人にならなければ、
いけないのだろう

ぼくはさよならを言う
飛べなくなったひとは、今日も
あおむけの格好で目を瞑って
水の上を流れていってしまう


4

(でもどこへ?
(どこへいってしまうの?
って聞いたら
あのひとはなんて答えてくれただろう
ぼくは考える
「さいごにわたしは、わたしを見つけにゆく
そう言ってくれたのだろうか、
それとも、やっぱりさいごには
飛べなくなったひとが死んでしまう
そんな物語だったのだろうか
ぼくにはなにも答えをくれないまま
飛べなくなったひとはもう帰ってこない
(はあ、答えなんて、くれなくてもいいよ
ぼくはさいごまで
あのひとのほんとうの名まえすら知らなかった
(でも、そのかわり、
この飛べなくなったひとの物語の続きは
ぼくが書くことにする


5

(破りとられたページの跡)


6

十月が死んだ
十一月も死んで
死にかけた十二月の空は今日も
死ぬほど青い
君にはじめて会ったのも
天気のいい日だった
そして君にさいごに会った日も
とても天気のいい日だった
わたしはもう空を飛べないけれど
さいごにわたしは
わたしの物語の「作者」を見つけにゆく
そしていつか必ず
もう一度、君に会いにゆく
その日はきっと、今日みたいな
とても天気のいい日になるといいなって
思っているよ

7

空にかかげた
君のちいさな両手のうえには
大きな大理石の本が置かれていた
それは、白いシャツの屍体が積み重なってできた
なにも書かれていない一冊の本だった

やがて
夥しい血と肉の塊が
うつくしい驟雨となって
あたりにやわらかく降り注いだ
新たな、契約の文法と、
新たな文字による、新たな言語で
新たな、長い長い物語を
大理石の本の
真白なページに刻みこもうとしていた

そして君は
様相の論理という、無限に枝分かれしたパイプに、
血の水脈を導いて
わたしや君の棲むこの小さな惑星の外側に
あたらしい可能世界をいくつも創造したのだった

わたしはこれから、その血管を辿り
幾つもの世界線を越えて
無数の君に会いに行こうと思う
君の書いた幼い詩の、赤い余白のなかで
わたしは、もうひとりの、新たなパラレルとしての君と出会い、
君はそこで、君の書いた幼い詩をもう一度復習するだろう
そうやって君の平行世界は
永遠に分岐する可能態としての運動を続ける
そしてわたしも、君も
何度も死んでは生まれる
生まれては死んでを繰り返してゆく
しかし、その必然の帰結として、
魂の不死という形式が
わたしたちの存在にもたらされたのだった

(それが、
ぼくの大好きな、飛べなくなったひとのために、
ぼくがさいごに出した、幼い答えだった

それが、君という、
君の時代の貴重な作家が、さいごに書いた、
わたしの物語だった



石田徹也、「飛べなくなった人」(1996年)
稲川方人、「君の時代の貴重な作家が死んだ朝に君が書いた幼い詩の復習」
(1997年)

文学極道

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