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作品 - 20151215_672_8503p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


冬の詩人

  丘 光平

    I

わたしはしずかに立っていた
雨はやみ すこしずつ朝が広がっていった
わたしはこの場所をこよなく愛していた
ときおり 馴染みの鳥がやって来て 
毛繕いを見ることが楽しみだった そして
翼をゆるやかに広げ
飛び立ってゆくのを見ることが楽しみだった
白い羽が 水面でゆれているのが美しかった


わたしはゆっくりと冬の準備をした
緑はやがて黄味をおび そしてしずかに熟し
風にふれるたびに歌が流れ
なにか偉大な仕事をやり終えたひとが
安らかな眠りにつくように
ひとひらの葉が散り またひとひらの葉が散り
紅い水面でゆれているわたしのなかで
ゆたかな水脈が流れつづけていた

そして霧のように
降りはじめた雨のなかで
あなたはしずかに見つめていた こころのなかで
あなたは木になりたいと言った
そうしていま あなたの願いは芽生え
あなたを大地に立たせた
ゆたかな光を浴びながら 風の歌声を聞き
香り立つ花園のように あなたは
あなたを解き放った


わたしたちはしずかに立っていた
鳥たちが 散りしかれた落ち葉の水辺で眠っていた
ときおり その白い羽をふるわせながら
身を寄せあって眠っていた



    II

青空が広がっていた まるで
五月の薔薇の 甘い香りが流れてくるように  
いま 世界のどこかで 
純粋な目をした少年の
願いが叶ったのかもしれない そしていま 
世界のどこかで
やさしい目をした少女の
祈りが届いたのかもしれない 

青空が
どこまでも広がっていた まるで
五月の庭の
ゆたかな木漏れ日のように いま
雪がしずかに降りはじめた



    III

雪は降りつづけた 
雪は一面に降りつもった 
わたしたちはだまっていた
わたしたちは耳をすませた


 奥深い
白い森のなかで
わたしたちを見つけたものが
すこしふるえながら
わたしたちにそっとふれようとして


 そしていま
わたしたちは時をむかえ 
黎明の朝陽や
夜の月光のように 
つつまれた花びらをひらき
しずかに歌をうたう


おしみなく
雪は降りつづけるだろう
わたしたちにふれるすべての手に
降りつづけるだろう



    IV

ゆれる火が
わたしのなかで
すこしずつ大きくなり
ことばにならないわたしのことばを
あなたはしずかに読みはじめた


 わたしは あなたの声として生まれ
あなたが歌うとわたしは目覚めた
あなたがだまるとわたしは眠った


 ゆれる影が あなたのなかで
風のようにしずまり
あなたのしらないあなたの始まりに
わたしは耳をすませている



    V

 わたしたちには
ゆたかな冬があった ざわめきが
ひとつのしずけさへ歩み
限りない静寂のなかで
偉大なものが生まれてゆくように

広がりつづける
空はしっている
より広がりつづけるものを そして
満ちあふれる海はしっている 
より満ちあふれるものを


立ちどまることを
わたしたちが選ぶのは
わたしたちのなかで いまそのときをむかえる
わたしたちがあるからだ


 すべてのいたみを いたみから解き放ち
わたしたちは 
眠りから目覚めたばかりのこどものように
おおきく手をひろげた
よりおおきく手をひろげて
わたしたちをうけとめる
冬のしずかな庭で

文学極道

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