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作品 - 20151106_152_8407p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


海の詩編

  ねむのき

[エイ]


水平線の上を
一台の自転車が走ってゆく
ぼくはエイをひっくり返している

エイをひっくり返すと
毒針のあるしっぽを
怒ってふりまわすけど
エイたちは笑っている

太陽が
空に吊るされた
白い鏡のように
くるくると光っている
なんの意味もない
焼けつくような光を注いでいる

ぼくもがんばって
何匹も何匹も
なんの意味もなく
エイをひっくり返す

真昼の砂浜に
どこまでもならんでいる
エイたちのぶよぶよしたほほ笑みが
ゆっくりと干からびている



[貝]


近所の砂浜を散歩していると
あしもとから
「今日はとても水が柔らかいですよ」と
山下さんの呼ぶ声が聞こえた

手ごろな大きさの貝殻を拾って
体を小さく折りたたんで中に潜り込むと
山下さんはくちびるを隙間から長く伸ばして
「今日みたいな暑い日は水中に限りますね」と
砂を吐きながら言った

そうしてぼくと山下さんは
八月の海の底に並んで
柔らかい波が行き来するのを
日が沈むまで見上げていた  



[ドライブ]


海岸線
退屈なカーブにさしかかると
真っ白な羊たちの群れ
おおげさな余白のある景色を
右にまがってゆく
季節はずれの花と
給水塔の
とがった影のさきに
死んだ十月と
死にかけた十一月を見つける

今日は
海にへたくそな詩を捨てにいく日だから
会社をずる休みした
小さな車に乗って
まっすぐに北へ進むと
ぼくのうしろに南が広がってゆく
白いカーブを右へ
折れまがるとぼくのうしろにある
南は左側によじれて
東を含んでゆき
ぼくはどこへ向かっているのか
わからなくなる
十一月の午後
ありふれた青い空気のなかで
わけのわからない花が
まっすぐに咲いている

かぜを引いているけれど
タバコに火をつける
ぼくの書いたへたくそな詩は
いつの間にか
よくわからない記号の羅列になっていて
咳をすると
一匹の死んだ魚が
波のあいだに浮かんでいる
そんな
意味のない言葉と
退屈なことばかりが
十月だった気がする

半透明に光る
夕暮れの街角へ
静かな壁のように
降りてゆく、
群青
砂のまじった風が
遠くから吹いてくる
詩なんか
いくら書いたって
なにもいいことなんてない

どんなに
どんなにあかるいものも
(それがなんになる?
という単純なことばを
吹きかけると
とたんに色褪せてゆくこと

そのことを
知ってしまったあとに
なにが望めるというのだろう
なにが許されるというのだろう

冬の模型を
ひとさし指でたしかめながら
考えている



  [クラゲ拾い]



凪いだ海の沖合に
クラゲ拾いの舟が
揺れているのが見える

砂浜では
女のひとたちが
魚を紐に吊るしている

古いアパートのような
懐かしい匂いがして

ぼくはかつて海鳥だったときの
空の飛び方を
思い出してみようとする

電話がずっと鳴っているのに
どこにも見つからない

文学極道

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