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作品 - 20150810_975_8248p

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雨 二篇

  山人



私たちは降りしきる雨の中、草むらに腰を下ろし、川の流れを見ていた。
彼はしゃべり、私もそれに応えるようにしゃべっていた。
ただそれは、衣服の内を流れる雨水や汗の流れる感触を誤魔化すためだけに会話していたのかもしれない。
それほど雨はひどい降りであった。
二匹か三匹のアブが私の周りを飛び回っている。まとわりつくアブである。それにしてもこの雨の中やたら飛び回り、秋へと向かう季節の急流の中でわずかな望みを託し、吸血しに来たのであろう。
 雨はとにかく酷い降りで落ちてきていた。
与えられたものに対して、その反動、あるいは、返し、と言うものがあるもので、先月から続いた日照りの反動は当然のごとく行われるのであろうか。
 かくて日照は、あらゆる水気を乾かして、空へとたくし上げ、多くの結露を蓄えてきたのであろう。
 私たちの雨具は、形状は「それ」であるが、すでに水気をさえぎる機能は失われ、むしろ水を吸収することに没頭している。つまり私たちは雨に飽和され、特にあらためて生体であると主張するまでもなく、二体の置物が雨に濡れそぼっているに過ぎなかった。さらに、アブについても言えるのだが、アブがまとわりついているのではなく、アブをまとわりつかせている、侍らせているとでも言おうか、私たちはとにかくそんな風体だった。
 受け入れ難い、現実の断片、それにもたれるように重力に逆らうこともなく、受け入れる。
アブの動きは止められない。アブを理解することで物事は動き始める。




うねるように雨は立体的に風とともにうち荒れている
緑と緑の間を荒んだ風が雨をともない蹂躙している
私は疲労した戦士のように澱んだ眼をして山道をあるいている
ただの一人もいないこの孤独な空間を打ちひしがれることもない
風が舐めるように広葉を揺らしていく
がしがしと太ることのみに命の灯を燃やし続ける草たち
廃れた林道には命をへばりつかせた脈動がある
人の臭さは無く、におい立つ草いきれだけが漂う
雨はすでに私の魂の中にまで入り込みあらゆる肉体が雨そのものになっている
私はひとりの雨となって山道を歩き
狭い沢に分け入りこむ
すでに私は雨と同類となり道を歩んでいる
水同士がむすびつき小動物のように山道に流れ
私の行く方向に皆流れ始めている
他愛もない休日
私はふと
雨の向こうを探していた。

文学極道

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