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作品 - 20150620_794_8143p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


幽霊とコントラバスの親子

  ねむのき

昼寝していたら
ちっちゃい男の子の幽霊に取り憑かれた
金縛りにあって動けないでいると
右手をちょこんと握ってきて
(かわいーなあ)
って呑気にそんなことを思ったけど
でも金縛りが解けたあと
起きて洗面台の鏡でよく見てみたら
取り憑いてたのは気色悪い緑色をしたおっさんの霊だった


近所のお寺に行って
お坊さんにお祓いを頼んだら
「ごめんウチそういうのやってないから(ポリポリ)」
お坊さんはキュウリの漬け物をポリポリ食べながら 
ぞんざいな感じでそう言った
お坊さんの漬け物がすごく美味しそうだったから
「お祓いはいいんで、その漬け物ひとくち下さい」
って聞いてみたら
「それだけはちょっと無理(ポリポリ)」
ってきっぱり断られた

お坊さんはかわりに
知り合いのK教授を紹介してくれた
なんでも除霊物理工学という新しい分野の研究で
第一人者と言われているえらい先生らしい
研究室を訪ねると教授はにこやかに出迎えてくれた
理学部棟の4階の隅っこに置かれた研究室は散らかっていて
たくさんの実験装置がうぃんうぃんひしめいている
部屋の奥の方では学生が二人雑魚寝していた
なんだかさっきからすごいミシミシ物音がする 
これがラップ音ってやつだろうか
「あー二人憑いてるね
そこの椅子に座って待ってて」
教授はそう言って席を立った
道着に着替えて戻ってきた教授の腰の黒い帯には
金の刺繍糸で「悪霊退散」の四文字が縫いつけてある
教授は僕の背後に立つと 深呼吸しながら精神を集中させ 
おっさんの霊にむかって渾身の正拳突きをかました
すると緑色のおっさんが悲しい顔をしながらふわふわ消えていく様子が
目の前にあった書棚のガラス戸にうっすら映って見えた
なんかもっとこうハイテクななにかを期待していたから 僕はちょっとガッカリした
「もう大丈夫だから安心して
またなにかあったらいつでも連絡してね」
優しい笑顔でそう言うとK教授は道着姿のまま
パソコンでなにかのデータを分析しはじめた
ディスプレイにカラフルな三次元グラフが表示される
僕はぺこりと礼をして研究室を後にした


帰りに駅前のボーリング場に寄った
とても混雑していたせいで 
しばらくしてアメリカ人の親子連れの二人と相席(相レーン?)にさせられた
親子の二人は太っててお尻がデカかった
なんだかコントラバスとチェロが並んでるみたい
コントラバスのお母さんはマイボールを持参していた
彼女の投球フォームはキレキレで 
スイングからフィニッシュまでまったく動きに無駄がない
ラメがキラキラしているライムグリーンのボールが
ものすごい角度でカーブして 
吸い込まれるようにピンを薙ぎ倒していく
ほとんど全部ストライクだった
チェロの息子くんは7歳で(見た目はもう少し幼い感じ)
お母さんよりだいぶ日本語が流暢だ 
息子くんは僕に正しい投げ方をレクチャーしてくれた
「ピンを狙うんじゃなくて 
右から二番目のスパットにボール投げるんだよ」
レーンに描かれた三角の目印をスパットと言うらしい
二人ともすごいフレンドリーで 
(やっぱアメリカ人ってコミュ力すごいな)
って僕は思った


4ゲームも遊んでボーリング場を出た頃には
辺りはすっかり暗くなっていた
結局晩ご飯をいっしょすることになって サイゼに入った
僕は明太子パスタ
お母さんはステーキのデカいやつ
息子くんはお子様セット
それから小エビのサラダと ピザとかフォッカチオとかも色々頼む
食事が済んだあとも長い時間ドリンクバーで居座って 
僕はお母さんと世間話を続けていた
コントラバス親子(ボーリングに夢中で名前聞くタイミングを逃した)は母子家庭らしい
まだ慣れない日本でシングルマザーを続けていて いろいろ苦労してるみたいだった
彼女は英会話スクールで先生をしていて
毎日サラリーマンにビジネス英語を教えているらしい
どうりで教えるのが上手だと思いましたよ と言うと
「わたし子供達がとても大好きだから、本当は学校の先生になりたかったの」
と彼女は肩をすくめ 笑った
息子くんは隣でずっと妖怪ウォッチのゲームで遊んでいた


緑が丘駅で二人と別れる頃には22:30を回っていた
お母さんとLINEを交換した
「またボーリング勝負しようね」
そう言って息子くんが僕の右手をちょこんと引く
昼間の金縛りの時と奇妙なくらい同じ手の感触だった
お母さんと手を繋いでバイバイしながら僕を見送る息子くん
その寂しげなまんまる顔が なぜか幽霊のおっさんの最期の表情と重なって
なんだかいたたまれない気持ちになった僕は
東急線に揺られながら ずっとおっさんの冥福を祈っていた
コントラバス親子が幽霊だったということを知ったのは
それからだいぶ経った後のことだった

文学極道

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