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作品 - 20150504_835_8056p

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火だるまパンツ事件。

  田中宏輔



 あれは五年前、ぼくがまだ大学院の二年生のときのことでした。実験室で、クロレート電解のサンプリングをして
いたときのことでした。共同実験者と二人で、三十時間の追跡実験をしておりました。途中一度でもサンプリングに
失敗すれば、また最初から実験し直さなければならないはめになるのでした。目の前におります共同実験者の目の下
の隈を見ますれば、けっして失敗などするわけにはまいりません。ところが、最後のサンプリングで、ピペットを使
って電解溶液を採取しはじめたときに、急に便意を催したのでした。ぼくは採取した溶液を希釈して、すぐにUVス
ペクトルにかけなければなりません。相棒は相棒で、採取した溶液を過マンガン酸カリウム水溶液で酸化還元滴定し
なければならなかったのです。ぼくのことを手助けすることなどできませんでした。スペクトルを測定している間、
ぼくの身体は強烈な便意にずっと震えておりました。そうして、やっと測定し終えたときには、すこうし、汁気のも
のが、肛門の襞に滲み出しておりました。セルをしまうと、ぼくはすぐにトイレのなかに駆け込みました。白衣を思
いっ切りまくり上げ、ズボンとパンツをいっしょくたにずり下げると、ブッ、ブッ、ブリッ、ブリッ、ブッスーン、
ブスッ、ブスッと、脱糞しました。ところが、脂汗を白衣の袖で拭きふき、ほっと溜め息ををついた後、ぼくは気が
ついたのです。ズボンといっしょにすり下ろしていたはずのパンツが、どうしたわけか、お尻に半分引っかかってい
たのです。案の定、パンツは、うんこまみれになっていました。そうして、しばらくの間、脱ぐに脱げずに困り果て
ていましたところ、突然、はたと思いついたのです。白衣のポケットのなかにある百円ライターを使って、パンツの
横を焼き切ってはずすことを。うまい考えだと思いました。ぼくは、さっそくそれを実行に移しました。まず、左横
の部分に火をつけて、うまく焼き切りました。そして、つぎに右横の部分を引っ張って左手で火をつけましたときに、
突然、ガッと扉が開いたのです。とんまなことに、ぼくは、鍵をかけずに大便していたのです。相棒の叫び声にびっ
くりしたぼくの手元が狂って、パンツが火だるまになりました。おそらく、有機溶媒か何かが滲み込んでいたのでし
ょう。パンツは勢いよく燃え上がりました。相棒は、そのときのことを、翌朝一番に、研究室のみんなに話しました。
それが、「火だるまパンツ事件。」の顛末です。一躍、噂の人となりました。あれから、ずいぶんと経ちますのに、
研究室では、いまだに話の種になっているのだそうです。
 そして、ぼくは、いままた、パンツをすり下ろし損ねたのです。困っています。どうしようか、迷っているのです。
ポケットのなかの百円ライターを使ったものかどうかを。

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