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作品 - 20150206_969_7894p

  • [優]  臨海線 - 島中 充  (2015-02)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


臨海線

  島中 充

私は仕事の都合で毎夜、深夜に、実家から眠っている小学三年生の娘を連
れ、堺から岸和田の自宅に臨海線を通って車で帰る。羽衣に差し掛かると右手
にステンレスパイプが林立し、高い煙突から炎あげ、水銀灯に照らされプラチ
ナに輝く夜景、コンビナートが眼前に浮かび上がってくる。堺泉北臨海工業地帯
は空に浮かぶ要塞のように見えた。隣接して浜寺公園があり、コンビナートと公
園の間を臨海線は走っている。臨海線には信号が少なく、昼間はコンビナートへ
行く大型車両で混み合うが、真夜中になると急激に通行量が減り、暴走族が現れ
た。
その日も私の車両の前を二人乗りのオートバイはエンジンを吹かせながら蛇行
しゆっくり進んでいた。私はブレーキを踏み、追い越さないように注意しながら
進んだ。嫌な奴に出会ったものだ。不意にオートバイは向きをかえた。こちらの
方へ逆走してきた。私の車のすぐ前まで迫って、止まった。私も仕方なく車を
急停車した。私のおびえた顔を見たかったのか、後ろに乗っている茶髪が握って
いる棒を、背伸びをしながら高く振り上げて見せた。私はサイドポケットを開き、
奴らから見えないように、いざと言う時のために隠してある手かぎを左手にきつ
く握った。奴らは何もなかったようにまた向きをかえ蛇行しながら、ブゥー、ブ
ゥー、と吹かして、その先にあるS字カーブの方へ進んでいった。振り返ると後
部座席で眠っているはずの娘はおびえ、大きく目を見開いていた。一部始終を見
ていたに違いない。

二十五年前、一九七八年、私は真夜中、水銀灯に照らされる浜寺公園にいた。工
場長に頼まれて、同僚の龍男に危険なことをしないようにと言いに来ていた。公
園に着くと彼は黒い革ジャンの女を連れ、背中をこちらに向けていた。私は近寄
り女の背中を後ろから軽く叩いた。びっくりして、赤いルージュの口から「ああ
ーううー」と彼女は声を発した。私の勤める縫製工場はたくさんの聾唖者を雇っ
ていた。「彼女たちは何も聞こえないから一生懸命働く、気にする物はないから、
よく働くよ。」と工場長は笑いながら言った。私はその冗談に不快なものを感じて
いた。龍男のほうに振り向くと、言われる事がすでに分かっていたのか、何も言
わない前から「もうたくさんだ。」と手を振りながら説教を拒んで答えた。彼の口
癖だ。そしてカワサキ五〇〇の黒いボディーをペタペタ叩きながら、「こいつでな
ら死んでも本望さ。あのS字カーブはセコンドで八十まで引っ張るのさ、それが
限界よ」臨海のカーブをレーサーのようにドリフト走行する、「緊張は美だ、これ
しかない。」と言いながら女の細い腰を引き寄せた。所詮遊びの危険な行為、愚か
だとわかっていても、私はカマイタチような嫉妬を彼に感じていた。
 一九七八年当時、現在のように暴走行為をさせないための路面に凸凹は作られ
ていなかった。浜寺水路を渡る片側四車線のできたばかりの広い平らな路面は、
S字カーブが逆バンクになっていて、外側車線から内側車線が下り坂になってい
て、アウトからインにつんのめってカーブが始まり、インからアウトに公園の松
林に突っ込むように終わっていた。
 その日の競争相手はカペラロータリーだった。街道レーサーの走り屋だ。ロー
タリーエンジンの回転をあげればまたたくまに時速二百を超える車だ。側道から
追いかける白バイのように龍男はスタートしカペラを追った。恋人も二五〇cc
でその後を追った。龍男はイエローのカペラの車体のおしりに付き、S字カーブ
の外側車線入って行った。サードからセカンドにシフトダウンし、アクセルを踏
み込んで加速し、体を左に傾けた。恐れるな、怖がったらやばいぞ。マシーンを
傾け、左足だけを開いてバランスを取った。膝頭が地面すれすれに、マシーンの
ステップはアスファルトにこすれ暗闇に火花が飛んでいた。みごとなコーナリン
グだった。キュキューッとタイヤをきしませながらカペラはコーナーを回り、最
後の立ち上がりいっきに加速しオートバイを引き離しにかかった。「あのカーブは
よう、セコンドで八十まで引っ張るのさ、それが限界よ。」分かっているはずなの
に追いつこうとして龍男はサードにほりこもうとクラッチを踏んだ。その瞬間オ
ートバイはスピンして横転し、ねずみ花火のように火花を散らしながらくるくる
回った。龍男を巻き込みながら松林のガードレールに激突した。頭から突っ込み、
首は捻じれていた。遅れて後について走っていた彼女はオートバイを投げ出した
まま彼に駆け寄った。彼に覆いかぶさるようにしがみつき、言葉にならない声で
恋人の名前を、声の限り呼んだ。
「ああーううー、ああーううー」

私の車はS字カーブにさしかかった。オートマのドライブからセコンドに私はシ
フトダウンし、外側車線から内側車線へブツブツという凸凹の揺れを感じながら、
アクセルを踏み込み加速させていった。娘を乗せたまま、オートバイの後を追っ
ていた。私の中に小さなしこりができていて、ひき殺してやりたいという殺意が
フツフツと湧き上がってくるのを感じていた。

文学極道

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