ふた月ほど前からだろうか/毎晩眠りにつこうとすると/無言電話がかかってくるようになったのは
非通知でかかってくるそれを/無視するか着信拒否をすればそれで済む/ありがちな悪戯だったが/何故だか私は毎晩律儀に/無言電話を取り続けた
部屋の灯りを落としまぶたを閉じると/携帯がビリビリ震える/私は青白く光るディスプレイをぼんやり見つめ/無言のまま通話する/小さな携帯を耳に押しあて/暗闇の向こうに耳を澄ます/言葉どころか/息づかいすら聞こえないのに/確かに気配だけは感じるのだ
何故無言なのか/私は不思議だった/私への嫌がらせのつもりであれば/憎悪にしろ嘲笑にしろ/何か言いたい事があるのではないのか/言葉にならない声に/私は無性に興味を引かれ/しまいに無言電話を心待ちにするようになっていた
いつも知らないうちに眠ってしまう/そうして決まって夢を見た/私は小さな魚になっていて/青い海の中を一匹で泳いでいた/親もいない子もいない恋人も友人もいない/静まり返った海の中を/ゆらゆらとあてもなくさ迷っていると/突然辺りが闇に覆われ/雷鳴と共に嵐がやって来る/激流に飲まれながら/助けを求める為なのか/それとも危険を知らせる為なのか/とにかく私は大声を上げようとするのだが/どれだけ喉を開いても/まったく声が出ないのだ/そしてまた/仮に大声が出せたとしても/それを聞く者は誰もいないという事実に/私は嵐よりも酷く打ちのめされる
無言電話を聞き続けているうちに/私はある事に気が付いた/私が相手の声を聞きたいと欲しているように/相手もまた/私の声を聞きたがっているのではないかと/つまり何か言いたい事があって電話をかけてきているのではなく/私から何かを聞き出す為に/私の言葉を待っているのではないかと/私は何を話すべきなのだろう/生まれてきた朝の空の色/小さな頃の兄弟喧嘩/初めて触れた女の子の髪の匂い/人を傷付けてしまった夜/言いたい事はたくさんあった/けれどもそれを言い表す言葉はどこにもなく/私はいつまでも無言のままで/今夜も一人着信を待つ
貝殻のように携帯を握り締めると/かすかに/波の音が聞こえた
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作品 - 20150119_705_7860p
- [佳] 無言電話 - ヌンチャク (2015-01)
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無言電話
ヌンチャク