#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20141227_289_7822p

  • [佳]   - 織田和彦  (2014-12)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  織田和彦






ひどく気分が折れ曲がっていた
一日中
言葉という言葉が俺の中を通り抜けていくが
残るものは一語もない
体中がふわふわして
生きている感じがしない
とても不快だ
「掴め!」
と頭の中で鋭く刺すような声がするが
何をどう掴めばよいかわからない
とうとう俺も迷子になってしまったのか?
フロイトやユングが無意識と呼んだ
あの深い森の中へ
俺も絡め取られてしまったのか?

何が起きたのか?
病棟で魚たちが手厚い看護を受けている
見れば俺も魚の体をしている
鰓と鱗でパサパサしている
水が欲しくて看護士を呼んだが
口はパクパクし
泡が出るばかり
となりのアンコウに話しかけてみる

「気分はどうだい?」

アンコウはバカにされたと思ったのか
憤慨してこういった

「見ての通りだよ!」

見ての通りか・・
となりで見ていてもあまり状態はよくなさそうだ
しかし人の心配もしていられない
この場合
魚か・・
俺はベットの上が苦しくなり
思い切り背を反らせた
そしてジャンプ
頭が天井に届きそうだった
あるいは思い切りぶつけたのかもしれない

俺はまな板の上にいて
にんにくの臭いを思いきり嗅いだ
どうやらここは中華料理店の厨房らしい
すると隣にある包丁は俺を捌くためのものか?
待て・・
その前に
横っちょにある玉葱がグルグル剥かれるかもしれない
魚と野菜
種族は違うが俺は玉葱に同情を寄せていた
玉葱と魚がまな板の上に乗っかってるなんて
人間にしたら素晴らしい眺めだろう
ましてやここは優秀な料理人が揃った有名な中華料理店だ
よく整理整頓されたこの厨房を見ればわかる

俺は息が上手くできていることに気がついた
病棟にいたときは酷く喉が渇いたが
今は違う
少し首筋の辺りから背中にかけて寒く
厚手のコートが欲しい
できればカシミヤのパリッとしたやつだ
そう思うと同時に俺は体をまな板の上を滑らせるようにして
思いきり捻った
玉葱に肋骨を思いきり打ったような気がする

ここはどこだ?
どこからか声がした
君はいま言語学者のノートの中にいる
つまり君はとうとう言葉になったのだよ
おめでとう

バカ云え
俺はさっきまで魚で
中華料理店の厨房で捌かれそうになってたんだ

そう
君は「魚」という言葉になったのだよ
気分はどうだ?
今日から君の意味は
この辞書が全部保証してくれる
安心しろ
この辞書の持ち主も非常に頼りになる言語学者だ
彼らのような人間によって君たちの生命は
100年先まで守られる
OK?
わかったらそのノートの中で大人しくしてるんだ

俺は隣にある
机の上の言語学者が使用しているらしい
擦り切れた辞書を横目で見た
さっきまな板の上でぶつけた
肋骨がジンジン痛む
俺はそっと手を伸ばし
「玉葱」という字を探した

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.