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作品 - 20141208_107_7802p

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思慕の詩

  島中 充

  ***
1、水溜り
うたを 水切りするひとに            
私は 陸橋を通って 
傘を返しに行く

さびしく 
おぼれた驟雨
私は 平泳ぎで泳いでいる
花柄の傘 
こころは折りたたんだまま
水を切って 返す

雨もあがり 
急ぎ足にあゆむ
傍らの池の水があふれ 
アスファルトに鮒がはねる
みずごころとは 
水たまりで生きる
寂しいこころを
手のひらから 水に戻され 
あなたは 鮒になって 泳ぐ

詩のあふれるあなたに
私は 陸橋を通って 
会いに行く
幾万のひとたちに磨り減り 
階段にうすい水溜りができる
爪先立ったこころで 
私は 水溜りに 転ぶ

   ***
  2、菊
薬を与えられ
曝し首にひとつひとつ丁寧に並べられて
菊は咲く
結ぶ露にさえ重すぎて
添え木に縛られ 立ったまま咲いている

花の高さにあなたは背伸びをして
「真夜中にも美しく咲いているのね」
どうしてその言葉が私には悲しいのか
「苦い甘さなんだ」
わざと食用菊の話ばかりで 
私は答えた

花は花の用を失うまで花に作られ
言葉は言葉の意味を失うまで比喩にうたわれ
棺を埋める花々のなかで目覚め
詩を愛する日々に
辛いものばかりでうなだれる

そうして 私はあなたに捧げる 花をだいて
まるで墓所に行く淋しさだ
口にすれば嘘になる思慕をうつむけたまま
血のような言葉を しかたなく かくまっているのだ
比喩なんかいらないと

    ***
   3、耳
その人は初め 水のこころについてはなした
澄んだ水の中からうまれる
詩について
素早く動く魚影を追って
澄んだ水の中にだけ住む言葉を
手掴みにして詩をすくう 

その人は今日 死者の位置について語った
生まれる前の事を話しましょう
死の病に侵されて 最後の教室になります
生まれる前と死んでから 
その隙間にある詩への思慕と徒労
棒をふるように逝くでしょう

その人は今日 赤いシフォンをまとっていた
「真赤なドレスを君に 作ってあげたい君に」
昔の歌が高い空から聞こえる
赤い花の並木をおりていくと 赤い花の並木
私は耳の形にうずくまって 泣いた

文学極道

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