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作品 - 20141006_207_7690p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


アルビン・エイリーが死んじゃった。

  田中宏輔



ねえ Maurice 憶えているかい
ぼくらが いっしょに行った 二条城
あの夏の日 修学旅行に来ていた 中学生たちを
黒人の きみのこと ジロジロ 見てったね
何だか ぼくも 恥ずかしかったよ
あ その中学生たちの したことがだよ
ねえ Maurice きみは憶えているかい
あの小石の 砂利の 乾いた砂の 踏みざわりを
雲 ひとつなかった あの日の 青い空を
あの日は きみと過ごした 最後の日だったね
とはいっても きみといたのは わずか三日
たった それだけの あいだだったけれど
でも ほんと 楽しかったよ
きみのこと 夢中に なっちゃったよ
ぼくは I love you っていったね
けれど きみは love じゃなくって
like だって いった
いまなら ぼくも それは わかるさ
だけど あの日は わからなかった
五年前の あの日には わからなかった
あの日 あの夏 あの晩 ぼくらは
アルビン・エイリーの公演を 見に行ったね
ぼくは 「無言歌」がいい っていった
きみは 「プレシピス」がいい っていった
ああ あのアルビン・エイリーが死んじゃった
あの日 あの夏 あの晩 楽屋で
いっしょに会った アルビン・エイリーが
サンフランシスコの 劇場で 踊ってるきみに
声をかけてきた あのアルビン・エイリーが
あれは きみがいた 劇団と違って
黒人だけの 舞踏団だったね
いや なかに 日本人が 何人かいたね
でも きみが 一番 カッコよかったよ
楽屋にいる だれよりも きみは カッコよかった
そして きみは あの日の 翌朝
東京にたっちゃった

ぼくは いま きみの文字を 見つめてる
走り書きされた 文字を 見つめてる

カッコよく ビッ って破られた メモ用紙

               
6-29-84
Atsusuke
I want to thank you for all of your
help and a very good time. Please keep
in touch with me. Love always.
            Maurice Felder

けれど あの日以来 
ぼくは 何度も 手紙を書いたのに
きみは ただの一度も 返事をくれなかった
ぼくは きみに貫かれて 貫かれたまま
どうすることも できなくって
受身に なって しまって
いつも だれかに 抱かれてなければ
貫かれてなければ ならなかった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

五年前は まだ エイズなんて言葉
ゲイ・バーでも ポピュラーじゃなかった
スキン・キャンサーの新種が はやってるって
だれかがいってたけど ビニガー・セックス
ってので ふせげるって 話だった
そんな いい加減な 時代だった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

きみは サンフランシスコに 帰っちゃった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

きみは サンフランシスコに 帰っちゃった

ああ アルビン・エイリーが死んじゃった

いまなら ぼくは きみのメモを 捨てられる

いまなら ぼくは きみのメモを 捨てられる

さよなら Maurice  さよなら Maurice




    



        付記 
        
        この作品は、アルビン・エイリーがなくなった
        1989年の終わりに書いたものです。
        大学4年か、大学院生の1年のときに
        であった黒人の旅行者との実話をもとに
        書きました。
        大学の研究室には、「風邪で熱が出ているので
        休みます。」と言い、家には、「泊まりこみの
        実験で、三日間、研究室にとまることになった。」
        と嘘をつき、ゲイ・バーで知り合った Maurice と
        三日間、いっしょにいました。
        ECCの先生で、ゲイのカナダ人の友だちの家が
        広かったので、そこに二人とも泊まらせてもらって
        めちゃくちゃ楽しかった。
        その三日のうち、一日、ホームパーティーがあって
        イタリア人の白人女性が焦げたパイ生地を指差して
        まるであなたの肌みたいって Maurice に言って
        笑ったのだけれど、黒人の肌が黒いってことを
        ジョークにしてもいいんだって知らなかったから
        ぼくは彼女の言葉をドキドキして聞いてた。
        でも、言われた Maurice も笑ってたので
        ちょっと遅れて、ぼくも笑った。
        アルビン・エイリーの踊りを見に
        岡崎のシルクホールに行ったとき
        席が後ろだったのだけれど
        新撰組ってドラマに出てた俳優のひとが
        ぼくたちを見て、前のほうの席のチケットを
        くださって、ぼくたちは前のほうに移って
        舞踏を観てた。
        その俳優のひと、あとで知ったんだけど
        ゲイで有名なひとだった。
        ぼくたち、すぐにゲイのカップルって
        見破られたんだろうね。
        違うかなあ。
        まあ、Maurice、黒人だし
        めっちゃカッコよかったし
        ひときわ目立ったんだろうね。
 

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