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作品 - 20140911_975_7653p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


詩忘遊戯

  ヌンチャク

己で己に敗けるのは、
男子として最も恥ずべき事である。
一度敗け、二度敗け、
やっぱり三度目も敗けたのである。
自分を信じる事も許す事も出来なくなったら、
もはや廃業するしかあるまい。
男は思った。
男はポエムを書いていた。
嫁と子供にも秘密であった。
ポエムなど、
いい年をした分別のある大人の男の書くものではない。
恥ずかしいものだ。
そうは思っても、書かずにはいられなかった。
沸き立つ血が、捌け口を求めていた。
時折ふと我に返り、
男は、無性に腹立たしくなるのだった。
ポエムなどを書いている自分自身に対してである。
そうして突然、
いてもたってもいられなくなり、
すべてを削除するのである。
これで三度目。
男はもう、自身の意思を信じない。
所詮おれの覚悟など、
この程度のものなのだ。
詩を失い、
ポッカリ胸に穴が開いたよう、
だとは思わなかった。
人間なんてものは皆、
初めから埋められない闇を抱えて、
生まれてきたんじゃなかったのか。
おれの闇には詩が似合う。
ただそれだけの事だ。
けれどもすべてを忘れよう。
昨日は家族で公園に行った。
GWの公園は多くの家族連れで賑わっている。
さあ、メシやメシや。
芝生の一角にミッフィーのレジャーシートを広げ、
男は大きなお握りを頬張る。
娘は早く遊びたくてウズウズしている。
パパ、ナワトビシヨー。
娘に引っ張られるままに、
男はごはん粒のついた指を舐め舐め、
人混みのグラウンドにメシアのごとく悠然と降り立つ。
缶ビールで赤らんだ顔の男は、
二重飛びが二十五回も飛べた自分にうっとりする。
どうだ、と思って振り向くと、
娘はもう遠くまで行っている。
わっちゃー。
男は慌てて追いかける。
危ないから、一人でどっか行ったらあかん!
子供思いの、良いパパなのである。
つまらないポエムさえ書かなければ。
おれがくだらないネットポエマーだからと言って、
娘が苛められたら嫌だな。
有象無象の烏合の衆の一人のくせに、
男は、いつか自分が詩で身を立てた時の、
無用で無意味な心配をしていたのだった。
(男にとって詩で身を立てるとは、
中也賞をもらうことでも文学史に名を刻むことでもない。
ロト6で一攫千金、
仕事を辞めポエムサイトで詩三昧、
無頼派気取りでPCM、
それが男の考える至福のポエムライフだった)
だがしかしそんな杞憂ともこれでおさらば、
父として、いつまでもネットに個人情報をさらけ出しておくわけにはいかん。
調子にのって子供の『携帯写真+詩』まで投稿しちゃった。
あぶないあぶない。
いざ、削除。いざ、退会。
本当に削除してもよろしいですか?
これで、いいのだ。
芸術よりも、子供のしあわせ。
許せ太宰、やはりポエムより桃缶だ。
ザ・小市民。
詩を捨てよ、街へ出よう。
藍沢、ポエムやめるってよ。
さらば、薔薇色のラヴァーソウル。

沈黙の日々は流れ、
雨は降り、風は雲を押し流し、色を変え、
見上げた空をまたひとつ、
虚ろな季節が通り過ぎた。
なんにもない、
なんにもない、
なんにもないからしあわせだ。
男はいつしかそんな歌のようなものを口ずさむのが癖になっていた。
ある夜、
団地の四畳半で電気も付けずに男は一人、
CDラジカセを前にぼんやりしていた。
嫁の自慢の嫁入り道具、電動コブラトップ。
oasisのDon't look back in angerを聴こうと思い、
ボタンを押したがカバーが開かない。
イラッとして力まかせに、
無理矢理こじ開けたらギミック部分がポッキリ折れてはずれてしまった。
カバーを握りしめて佇む男。
台所からは嫁が皿を洗う音が聞こえる。
どうする、おれ。
ポエムどころじゃねえ、
おれにはリアルがどうにもならんのだ。
なんにもない、
なんにもない、
なんにもないからしわよせだ。
ふと足下を見ると、
『燃えよドラゴン』のDVDが落ちている。
男はかつて、
ブルース・リーのポエムを書いた事があった。
反響はまったくと言っていいほどなかったが、
それでも男は満足していた。
世の中には、拳でしか語れない美があるのだ。
(ちなみに男はブルースの熱心なファンではない)
“ I said emotional content , not anger ! ”
ブルースは言った。
“ Don't think ! Feeeel !!!! ”
ブルースは言った。
かつて朔太郎が吠えた前橋の青い月に、
香港島でブルースがそっと人差し指を伸ばす。
それは怒りじゃ、ダメなんだ、と。
そうだ、おれはもうおれにすら敗けたのだ。
今さら恥ずかしがる事は何もない。
感じるままに、書けばいい。
ドス黒く澱み腐っていた血が、
獲物を見つけたウワバミのように静かに、
張り詰めた力を制御しながらゆっくりと流れ始めた。
ドクン。
心臓が、耳元で鳴る。
焼酎ロックをちびりと舐めて、
男は再び、立ち上がる決心をした。
と、その前に腕立て十回。
“ What's your style ? ”
“ My style ?
You can call it the art of fighting without fighting . ”
いそいそとスマホを取りだし、
胸を震わせ、アカウントを再取得する。
自虐とナルシスを鎖で繋ぐ、
我が名は、ヌンチャク。
何度でも削除して、
何度でも晒してやろう。
勢いまかせに振り回し、
自らの股間に当てて悶える姿を。
立ち上がれ、おれ、
ネットだろうとリアルだろうと、
人生なんて、何度でも、
いつからでも、やり直せる。
力強い足取りで、
台所へと続く襖を静かに開ける。
眩しい光がゆっくりとおれを包む。
(背後からのカメラアングル、スローモーション
BGMにDon't look back in anger のピアノイントロが流れ始める)



「‥‥あのー、すみません、ラジカセ壊れました‥‥」

文学極道

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