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作品 - 20140903_902_7639p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


日曜日のメモ

  明日花ちゃん

とある近隣住民の火星人は
金星人が“ゆうぐれ”という
とっても素敵な名前のするプレゼントがやって来ることを
今か今かと楽しみにしています。

あ、ちなみに、この詩を紹介しているぼくは金星から火星に繋がるポストです。ぼくというポストは手紙や金星の土や、クレーターに落ちた靴、あるいは人間、どんなものでも、どんな場所でも大丈夫に。安心安全、とっておきの優しさで皆さんのもとにお贈りします。

ある時ご相談にやってきた金星人が言いました。

「ゆうぐれ、を火星人に届けたいの。」

「ゆうぐれかい?」

「そうなの。」

「きみ、ゆうぐれをみたことはある?」

「ないわ。」

「なぜゆうぐれ、なんだい?」

「ゆうぐれを知らないから。」

「知らないのに届けるのかい?」

「知らないから、先に知って欲しいの。」

実はぼくというポストはなかなかの経験豊富でポスト勤務はかれこれ8年になります。それ以前には配達員として地球に、ある程度の魚や、ちょっと厄介な水たまりを宅配して地球人から「地球に過ごすためのオカネ」を貰っていました。ですが途中ぼくはオカネというおっかねえ生き物にほとほと嫌気がさしていたのです。オカネがせんえんからきゅうひゃくにじゅうえんになりいつのまにかにじゅうえんになり、分厚い雲が五月盛りの河原に深々と一礼している様子を伺い、「なにくそ」と手持ちの身体をダボつかせて歩いていた時、キラキラとした優美な雰囲気を放つじゅうえんだまに道端で出会ってしまうと、こいつが妙に意地らしくぼくの額の上で回転し、ぼくは彼女の平等院鳳凰堂を舐め回すように見てしまうのです。ゆえにぼくはそんな自分がとても恥ずかしくて地球人との仕事を辞めにしました。地球人に一通りそれらを話し終えると「君は病院に行ったほうがいい。」と半ば哀れみの眼を振り翳します。ぼくにはちっともいらない涙でしたが、ちょっとだけちりちりとした空気になりました。地球に足元を引っ張られる感覚よりも空が接近しているように見えます。ぼくは地球が全く見えなくなりました。空が近づいているのか、地球が誰かの手によって押し上がり引っ付こうとしているのか、全く検討もつかないまま、地球権を放棄し、現在に至ります。
 
ぼくは金星から火星に繋がるポストです。このポストは手紙や色々な仕掛けで出来た欲望や、あるいは人間、どんなものでも迅速かつ丁寧に対応します。必ず切手はデコピンで貼ってくださいね。切手のほうは「君のこと好きだよ」の言い方で種類の変更が可能です。金星人運営のコンビニ、または銀河管理会社にて販売しております。

そんな訳でぼくは金星に“ゆうぐれ”がなく、地球に“ゆうぐれ”があることに気がついていました。ですがこの自尊心の高そうな、金粉を振り撒く金星人に対して教える心持ちにどうしてもなれませんでした。今が“ゆうぐれ”時ならば、海に沈み佇んだままの青空を見殺しにして、ぼくは“ゆうぐれ”を明け渡してしまうだろう。地球に不法侵入して取ってきてしまおうかな。地球人が“ゆうぐれ”を失って困ることはまずあり得ない。ぼくは暫くの間、金星人の瞳をじっくりと舐め回し、8年ぶりに地球のパスポートを取得しました。

ぼくは8年ぶりのスーツに袖を通し、ポケットの中にしまってあったBB弾を二つ、心がちょうど端に差し掛かったところをセロハンテープでしっかり留め、鏡台にて、地球人の姿形を観察しました。ぼくから向かって右側の棚に飾ってある紫色の棒は、水もやらず、萎びてしまい眼も当てられない有様でしたが、ゆうぐれを盗むためには必要ではないか。と考えました。(ぼくの相棒だか、肉棒だかは知らないが、この生き物に助けてもらったことは幾度となくある。)あとは金星ドリンク一本とあの金星人の連絡先。金星人には地球人でいう姿形がありませんから、とりあえず連絡先を交換したのです。
金星と火星のポストであるぼくには金星人以上の存在さえありませんから、連絡先を交換することは都合良く、存在感覚を鈍らせないように、という文句で度々電話を掛けました。ぼくは自分の肌が地球色に染まらないように気を付けながら、あるときは丁寧に、またあるときは多少怒りっぽく、金星人に事情を伝えました。

「また、地球人になってしまいそうだ。」

「抵抗しているの?」

「違うよ。」

「あなたが誰なのか、わからないの?」

「そうかもしれない。」

「私も、同じよ。
 同じだけれど、あなた以上に分からなくなったの。
 たぶんね。」

金星人でも火星人でもポストでもないそこの君、そう。君だよ。
存在がないことについて不思議に思うのはおかしいだって?
少し離れて見てくれないか。ぼくはいらだっているんだ。


「ぼーっとしていて、それから"なんでもない"と言ったことはありますか?」


ぼくらの存在はそれとよく似ています。地球人にとって"なんでもない"ことは悪い意味かもしれないが、僕らにとって"なんでもない"ことはとても良いこと。だって"なんでも、ない"んだから。ぼくらは、なんでもない世界で生きている。なんでもないことをしている。だからなんだってないってことをよく知っている。ぼくの中にいるうじゃうじゃとしたほころびも小さくまとめて売りつけて、誰かが燃やせばいいと思っている。ぼくはこの詩を読んでいる一人のなんでもないポストだけれども、この詩はほんらい、金星人がゆうぐれを贈るために書いた手紙を綺麗に開いてじっくりと読み、数時間後に書いたメモ書きだ。実際ぼくは、失敗したんだ。ゆうぐれを盗って来れなかった。なぜかって、ゆうぐれをみりゃ分かる。なんでもないからだよ。

ぼくが「無理だった。」と金星人に報告した時、金星にもう戻ることはないだろうと思った。

ぼくが「無理だった」と、どこからも出ない声で叫んだとき

ゆうひが出ていた。久しぶりに戻った地球で、8月31日のゆうぐれどき
しゃがんでずっとゆうぐれを眺める地球人がとつぜん、
となりの瞳を正面にして。

それからずっと、まっすぐが、ぼくをつきさした。








もしもし。そちら金星人ですか?

塞いだ声に連絡する。誰にも見えないように。

文学極道

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