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作品 - 20140804_516_7585p

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みのむし

  島中 充

妻はゆっくり狂い始めた。階下から甲高い声で私を呼ぶのだ。
「アナタァー。」 また始まる、始まってしまった。

開け放たれた窓から、花冷えの寒気がなだれ込み、投げ出された掃
除機の横で、床の上にスフィンクスのように、両手、両膝を着いて、目
を据え、開かれた昆虫図鑑を妻は睨んでいた。
「アタシ、蓑虫じゃないわ。蓑虫なんていや、大嫌い。」
蓑虫の雌は一生を蓑の中で暮らす.雄のように蛾に成ることもなく、
蓑の中で交尾し、産卵し、死んでいく。
「あなたの世話をし、子供を育て、台所に閉じこもって、死んでいくの
はいや。よそにおんながいるんでしょ。アタシを抱かないのは、よそに
おんながいるからでしょ。」いつもの詰問を、妻はまた始めた。
「ほらごらん。」私は昆虫図鑑の、蓑から半身を出している蓑虫を指さ
し、「五十をとうに過ぎ、私の性器はこの蓑虫のように萎えているよ。
あなたを抱いても、あなたの性器のまわりを這う、半身を出している
蓑虫になるだけだよ。」私は懸命に説明するのだった。
「違うのよ、優しく、ただ抱いて欲しいだけなの。」と妻は言った。
私は妻の肩を抱き、優しく抱き起し、「さあー行こう、蓑から出よう、
散歩に行こう」と誘った。

住宅地をぬけると斎場が在り,斎場から山頂に向かって、満開の桜の
広い公園墓地があった。桜の木の下を、手をつないで、私たちはゆっく
りゆっくり歩いた。あちこちの木陰から私たちをじっと見つめるもの
たちもいた。ここは捨て犬のメッカだった。不意に交尾する二匹の犬が
木陰から眼前に現れた。妻は私の腕にしがみつき、私はぎょっとして、
急いで踝をかえし、家に逃げ帰った。交尾する二匹の犬の姿が頭から
離れない。犬の交わるペニスの赤が、目に焼き付いていた。

「アナタァー」、階下からまたあの声がした。
私は階段の上から覗き込んだ。妻は飼い犬を仰向けにし、腹を撫でて
いた。仰向けのまま飼い犬は尻尾を振っていた。妻はふぐりを掴み、し
きりに赤いペニスを出そうとしていた。仰向けの姿勢では、犬はペニス
を出すことは出来ない。妻はそれがわからないのだ。すがりつくよう
な目で、大きな目で、どうしてなの、どうして出ないの、妻は私を見上
げていた。私が答えないでいると、妻は急に目の色を変え睨みつけた。
つり上げた目で、また始めるのだ。
「他所におんながいるんでしょ。白状なさい。」

文学極道

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