死体の山の中ほどからくさった死体が降りてきて、ぬかるんだ地表の泥水の溜りに腰を下ろした。爆風でボタンの引きちぎれた上着、そのポケットから、まずレンズが割れたメガネを取り出して、つるの歪みを指で整えてから耳に掛け、ザックの底にあった本を読むことにした。
空気も水も、光も、何もかもが腐っている。遠くでものを焼く煙がふた筋み筋と立ち上がり、少しも動かないようでいながら実はわずかずつ形を崩している。やがて青黒い雲が混沌と停滞する空へ、姿を消してしまうのだろう。
しかし、今、砲火は止み、傾斜面の窪地に堆積している死体はどれも静かである。くさった死体は一番最初に目覚めたが、すでに着衣の半ばは失われ、赤く爛れて剥けるままの皮膚をさらしている。右頬の肉は、歯列が覗くまでそげて、口の端から液汁が糸を引いて垂れていた。大きな蝿が羽音が唸らせ、意外なすばっしこさで頭部の内外を出入りしている。
そのことを、くさった死体は知ることができない。死んでいるからだ。僕は転生した未来から、彼の傍らに迷い込んだ魂であるので、起こっていることのおおよそは描写することができる。幸いなことだ。くさった死体は自分が何者であるか、何をしているかを理解していない。つまり、当然手にした本の文字はひとつも読めない。後はただ、座ったままバラバラになって崩れ落ちていく。それだけのことだ。
かわりに僕がその本の題名を読むことにした。
『鳩が咥えてきた指』
作者名は書かれていない。
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選出作品
作品 - 20140731_427_7575p
- [佳] 鳩が咥えてきた指 - 右肩 (2014-07)
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鳩が咥えてきた指
右肩