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作品 - 20140716_053_7544p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


浄夜――遊戯する断片

  前田ふむふむ

     

       一

観葉樹が かぜに揺れて 嬉しそうに笑いかける
笑いは葉脈のなかに溶けて
世界は無言劇に浸る
映像のように流れる無言の織物
かぜが 喜劇に飽きるまで 永遠を飽きるまで
観葉樹は 笑いつづける

ひとり
朝を知らない夕暮れのように 
わたしの足跡は
涙にまみれた


   
わたしは 病室の片隅に蹲り
からだを震わせて泣いた
霊安室の扉が開いて 人形のような亡骸を運ぶ
痛ましい親族の号哭が わたしの血を貫いたのだ
わたしは 生きている幸せを泣いたのだろうか
疑問は 一瞬に 涙を枯らせた

生ぬるいベッドが 待っている
寒々しい夜だ

        二

霧は 漠寂とした白いおくゆきを たちあげながら 強い閃光を浮かべている
夜の口が ひそかに開かれて 短いてんめつが一本置かれている わたしは
手探りに濃厚な霧を分けて 随分と 短いてんめつの上で思考したが 視線は
霧の内縁をいつまでも さ迷うだけだ 疲れて諦めかけると やがて そのと
きが訪れた 重い冷気を携えて 沈黙が鈴を鳴らして 幽霊の形相で やって
きたのだ 私は おびえる頬を引き攣らせて 唾を飲んだ 
震える手がキーボードの上で 妄想を逞しくして
「白い夜霧の中から沈黙がやって来る」
と文字をパソコンに打ったのだ 打ち終えた安堵は 一瞬の秒針の闇に隠れて
短いてんめつは 文字の背後で 尚 威嚇して 続きを打てと 命令してくる
わたしは 次の言葉が見つかるまで いつまでも 無音のてんめつに 不満そ
うに 睨まれて 怯えているのだ

       三

すずめ蜂が弱々しく飛翔して 庭のサツキに
鮮やかな過去をよこたえる
ふたたび飛ぶ夏は 厳かに息を止める

寂れた旧家で彼岸花がもえている
かつて 夥しい訃報に熱狂した時代にも
血の色を吐いて もえつづけていた

はらはらと落葉が地表をうめて
みどりの主役は もうすぐ骨を剥き出しにする
死者を装う時代を 今年も迎えるのだ


       四

ステンレスの流し台の 蛇口を滴る水滴が
剃刀の刃を辿って 流れ落ちるような 
厳粛な夜が佇んでいる
幾何学模様に飾られた家の床を 
孤独なアゲハ蝶が蹲っている
一匹の昆虫がかもしだす 滑らかな静寂は 
地上の恐れを削ぎ落として 喧噪を昏睡させている

わたしは 幽霊を偽装して 心臓をもたない鳥になり
こころは浮遊して 彼の岸に足をかけている
そして
静寂の下
静寂がしずかさを斬っている
鋭利な沈黙が
わたしを 癒しつづける
楕円形の手鏡のなかをみると
わたしにそっくりな亡霊が 無言の声で囁いている
静寂は 生きている者の
いのちの鼓動の暖かさを隠して 劫火のようにもえている
たとえ 死者が訪れたとしても 
内部で激しく嘔吐した
傷口が裂けた現実と 対話しなくてはならず
わたしに気付くことは ないだろう

見渡せば 無言の静物には 雄弁な顔がある

(黄色にやつれて 地球儀の食卓に並ぶ本たち
(テーブルの平原を航海する林檎たち
(乳房を晒して 燃える水槽に浮ぶ花たち
             弧は 円を掬ばない

けれど もう飲み飽きた薬剤を手にする わたしには顔がない
仮に 死者が背中を叩いても
わたしには 見せる顔がない
顔だけは あしたの真昼の海辺のむくろの下で 
転がって
生きている乾涸びた声で叫ぶだろう

     五

夜霧が 遠くに佇む街路灯の光度に 
寡黙に顔をあげて
一面 白さで 夥しい彩色を埋めている
なみなみとした湿潤な空気が 時の始まりと終わりを無くして
まろやかな水滴の声をはこび
茫々としたひかりが
仮面をかけた暗闇を隠して
わたしの 前から背後から泳いでいる

霧のなかで
戯れる四人の若い女は 眩いひかりを享けとめて
墨色の影を幾度も動かし
濃淡の密度を入れ替えて 
しなやかな肢体に薄めて 影絵をつくっている

わたしは 霧の海原のなかを 起立する閃光とともに
溶けるようなゆらぎになって
真率な腕を一人の女の空洞の乳房にあてがう
わずかに萎えた二本の足は 四つの肉体の下腹部と交わり
裂きながら通りすぎる
流れる影は 
モノクロームの宴のあとのように
うすい余韻を浮かべて 薄らぎ
厚い霧の壁のなかで 女の甲高い声だけが 蠢き
やがて 消えていく

わたしはひとり 夜霧のみずの滲むしずかさに
身を ゆだねて
満ち足りた死者の時間を 厳かに呼吸する

   
  

文学極道

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