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作品 - 20140625_516_7504p

  • [佳]  大洪水 - はかいし  (2014-06)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


大洪水

  はかいし

一章 血

黒人の肌からは
真夏の匂いがする

この血はどこから来たのか
それを辿ることができるのは
魂の道筋があるから
来るべき主語の行方があるから

主語のない国へ僕は行こう
僕らが誰も見たことのない場所へ僕は行こう
そこで略奪と殺戮の血を浴びて
僕の行き先が僕らにわかるようにしよう
僕の居場所を誰も行くことのない場所にしてしまおう

たった一人で言語について問い詰めよう
たった一人で思慮のない問いを追い払おう
たった一人で行く宛のない手紙を書こう
たった一人で

それらがすべて終わってしまい
残された問いがぬぐい去られるとき


二章 空転

乾いた火で空を飛ばせ、

夕陽のオレンジの色の世界と
真っ青な空の世界とを反復し、
さらにそのまた向こうへと続いていく道を
望みなさい、まだあなたには母がいるから

永遠という名の永遠を待ちわびて
一人の少年が立ち上がる
その血はどこへ行くのか
それを辿ることができるのは
過去を忘れ去った血の行方を知る人のみだ

立ち上がった少年の頬は擦り切れて血だらけで
あるいは血を浴びていて
あるいは黒色をしていて
あるいは


三章 けものたち

けものたち、
動け、動け、働け、
明日の農業のために
過去は闇を照らす
ひとつの星の中で
僕らは無感動になる

葉は摘まれ、
月は沈み、
忘れないだろう、
太陽のあったことを

さあ、僕らの茶畑だ
顔を、洗え、
眼も、洗え、
そうして、みんな
なくしてしまえ、

葉で磨かれた顔のように、
僕らは吐息のために血を流さない、
はあ、はっふん、
ふん、

そうして、僕らはみな雨だ、
ざぶり、ざぶり、
やぶれ、かぶれ、


四章 イメジの飛躍

来るべきロートレアモン、
セブンスターをランチに、
石よ飛べ、渡る世間に
鬼は外
竜は内
一つ一つのイメジが分離して像を結ばない
そんな詩を書いてみようと思う

悪魔くん、教えておくれ
誰がミダス王の名を言ったのか
それとも
女優と一緒に処刑されてしまったのか
僕は考える
考える私がいる
考える僕がある
そんなことはどうでもいい
ただもう一度会いたいんだ
笑ってくれれば僕の世界は救われる

ミューズ

石ノ森章太郎の名前を聞いて
僕はずっと静かに座っていた

ミューズ

携帯目玉焼きが開発されたと聞いて
僕は東京に文学を投げ出した

ミューズ

そこから先が続かない

ミューズ

もういい加減にしてくれ
もううんざりだ

ミューズ

神様の名前で誤魔化そうとしたのはなんだったろう
生まれてきてこのかた何も考えたことがなかった
だからミューズ、お前はやめだ
もう二度と使えない

ミューズ

しつこいなあ
しつこさだけが超一流

ミューズ

ある雨の日に僕は窓の外に出ていた/僕は窓の向こうの花火をイメージした/僕は空に関して二つのイメージをもっていた/一つは青のイメージ/もう一つは黒のイメージ/黒に花火の煌めきが放たれていくイメージ/イェフダ・アミハイが言っていた/私たちが正しい場所に花は咲かない/だから黙って魂を空に解き放とう/そして空に火を、火を、火を、/正しさのない花火を、

君の名前を呼ぶだけで
体の奥から波打って
空に吸い込まれるように
僕は心から旅立てる
いつまで温もり求めてさ迷うのだろう

よりパロディアスに、もっとパロディアスに、

黄身の名前を呼ぶだけで
卵の奥から波打って
フライパンに吸い込まれるように
僕の心は焼け焦げる
いつまで温もり求めてさ迷うのだろう

私たちには花の名前がない、

デュラン・デュランを聞いた日の夜に、
空は雨で曇っていた
次々重ねられる語彙に、
僕は心から飛び立てる、
そうして、僕は花火となって散っていく

この辺りで、振り返って後ろを見渡したい欲が出てきた
そしてすべてを見渡した後で
もう一度書き始めた

花の名前には欲がない、


四章 土くれ

土くれをいじる、
今、右手から
神、と、髪、が
虐殺されて出てきた
ガスオーブンに頭を突っ込んで死んだシルビア・プラスのように、
僕らは神を埋葬する

埋葬された神は
もう何も語らない

心理学の先生が語る
おばちゃんがガスストーブに首を突っ込むみたいに
技能をちゃんとしていれば
もう誰も死なない訳です


五章 所有

全身をつらぬく嫌悪感から身を足掻いて逃げ出そうとしてはならない……。なぜなら語ることは一つの稀有な所有であるから……。語ることは、何にも増して犯されがたい所有であるのだ。そこには破壊があり、潰えた夢があるのだ。

では破壊とは何か? 潰えた夢とは何か? 耳鳴りを起こすような問いを掻き切って、僕らの東京に茶畑を開こうじゃないか。文学が置き去りにしてきた神話を開こうじゃないか。


六章 散弾

君たちはメロウを口に開け、乾いてしまうような、あるいは血を汚す、閉じてしまうような傷口で、忙しく、忙しく、動き回る、ヘイヘイおおきに毎度あり、商売繁盛焼き芋屋さんにゃ、ええもん安いもんが名物や、一切合切面倒見るやんけ、

可能性が飛び火している、命の綱を引き合う、ナタデココホワイト、鉈でここをワイと、切ったりしてみましょうか、いいや、やめておく。

青い渚を走り恋の季節がやってくる夢と希望の大空に君が待っている暑い放射にまみれ濡れた体にキッスして同じ波はもう来ない逃がしたくない

パロディアス、に、

暑い薙刀走り鯉の季節がやってくる胸と勃起の大空に君が待っている青い放射にまみれ濡れた体にキッスして同じ涙もう来ない拭き取れない


七章 浮世絵はもう来ない

大変な名誉であった。もう名前が載らないというのは……。雨を降らせたまえ、世界が大洪水に陥るように? あの富士山の山頂までもが海に浸かってしまうような大津波を引き起こしたまえ。それにしてもひどい雨だ。水滴の一粒一粒があまりに大きく膨らんで、黄金虫ほどの大きさになっている。これほどの雨に打たれたのは初めてである。やがてはその黄金虫が飛び交い、世界を埋め尽くすだろう。

ミューズ

雨の神の名は……。ポセイドンだろうか。それともナーガルージュナだろうか。ガーゴイルだろうか。いやはや神など存在したのかどうか……。

ミューズ

雨の髪はしなだれて
ゆっくり移ろいでいきます
ホラー映画のように
あるいはゴダールの映画のように
比喩は比喩から比喩へと移ろいで
その実態を覆い隠していきます

比喩が物事を隠すためのものだとすればつまり……

ミューズ

あるいはミューズのように、デカメロンの宝石のように

ミューズ

渡る世間に鬼はなし、だ。これでいこう。

ミューズ

浮世離れして、背伸びしてみて下さい、悪魔が目覚めるとき、僕らは悪魔の羽が欲しくなる。けれどもそんなものをつけたところで決して飛べるようにはならないのだと

私はどこまで行くのだろう……

立ち止まることなく悩み続けながらさ迷い……私はどこへ行くのだろう。あるいはまた、そんな問いさえもが届かないような場所へ行くのだろうか。

ミューズ

僕は遠くない。決して僕らは遠くない。

うんうん言って苦しみながら死んでいくのに人はなぜその仕事を選ぶのだろうか。そこに人がいる限り、永遠にその仕事はあり続ける。そこに人がいる限りは。人がいなくなれば仕事もろとも風にさらわれたように消えてさっぱりなくなってしまう。

即身成仏すると言って部屋に閉じ籠ったその男はいったい何を考えていたのだろう。龍樹のように死のうとしたのだろうか。様々な想念が身をよぎりゆく。人が交差点をよぎりゆくように。

ミューズ

まだまだ十分でない。書きたいことが沢山ある。それに比べたら言葉などあまりに不十分な代物で、役に立たない。
僕は矛盾している。矛盾とは常に思惑の代行者だ。


八章 うちはテレビがつかない

テレビジォン? テレビジョン。足りないならそう言って。与えるだけでは足りないならば。バクダンジュース? バクダンジュース。メルシー、メルシー。ありがとう。ありがとう。春の楓と秋の空と女心と……。イメージの連鎖を呼び起こせ、イメージの連鎖を。呼び起こされて出てきた、机と椅子。鍔の広い巨大な帽子が机を包み込んでいる。その上に椅子が乗っている。帽子の中には一枚の皿がある。そのイメージを破壊する。愛しい人よグッドナイト。

手をつないだら行ってみようまん丸い月の沈む丘に瞳の奥へと進んで行こうはじめての僕ら笑顔の向こう側を見たいよ。

例えばどうにかして君の中ああ入っていってその目から僕を覗いたら色んなことちょっとはわかるかも。

愛すれば愛するほど霧の中迷い込んで。

ずっと忘れないいつまでもあの恋なくさない胸を叩く痛みを汗かき息弾ませ走る日々はまだ今も続く。

今日はこのぐらいにしておこう。


九章 No Title

萌木色の空に夕陽が沈み
沈み込んだ思考を融解していく
タートルネックの僕の肩を
叩いてあなたは消えていく
構造的にはどんな詩も
同じ形式をもっていて
僕は詩を書きながら鬱になる
書くことはもはや何でもない
ただの愚かな行為にすぎない
それを僕はどうしたらいいのか
考えてもまた言葉にならず
すべては消え去っていく

麻木色の空は前より青く
沈み込んだ思念をふわりと浮かす
セーターを着た僕の肩を
叩いたあなたはどこにいる
構造的にはどんな詩も
同じように見えてしまうから
どうしようもなくどうしようもないから
We Our Us Ours
魔のレコードにすべてが残り
すべては消えて去っていく


十章 空気散文

散文が放つ空気をとらえてまとめてゴミ箱に捨てた。ゴミ箱の中でも異臭を放つそれは全国各地に設置された冷蔵庫の中の霞なのだと僕に教えてくれた人は今どこにいるのだろう。教えてくれ。くれないか。


十一章 18:15 2014/06/23

雨は夜更けすぎに雪へと変わるだろう。ああ、静かな夜だ。神聖な夜だ。堕落した街だ。夢は破れて溶けていった。空が白んでいる。白色矮星でも見えそうな夜だ。僕は煙草を吸う、煙が黙々と垂れている。この一本の煙草から物語が生まれては消える。その物語は煙によって綴られた物語なのだ。煙が生み出すまやかしが物語となり、生まれ、そして消える。僕は自分にとって切実に感じられたことしか記述しない。そしてそれは脆さでもある。僕は危険なことをしている。時として。いや特に理由はない。何も僕を脅かすものはない。ただ書くことは危険なことだ。それはしばしば自分の立場を脅かす。でも今は大丈夫だ。特に問題はない。危機は煙のように消えていく。

書くことは綱渡りのように危険である、

上の命題を消去せよ。消去せよ。僕は危険だ。ああ。死ぬ。僕は死ぬために書いているのかもしれない。何も美しいものはなかった。僕は彼女に魅力を感じられなくなっていた。美しいものは何もなかった。これは本当のことだ。僕はそう言いたかった。僕は街並みを見つめていた。彼女を見つめたら怒られたからだ。僕は彼女に魅力を感じなかった。僕は繰り返す。彼女に魅力を感じなかった、と。

彼女に魅力を感じなかった、

上の命題を消去せよ。消去せよ。僕は詩人だ。僕は詩を書きたい。僕は散文家じゃない。僕は哲学者じゃない。僕は詩人でありたい。伝わらないかもしれないけど。でも伝わらなくたって本当はどうだっていいのかもしれない。もうなんでもいいんだ。僕は翼が欲しい。煙草の煙でできた翼で僕は飛んだ。僕は飛んだんだ。本当に。僕は飛んだ。煙のまやかしで僕は空に浮かび上がった。雨の日に空を見つめてごらん、何もかもが下に落ちていって、自分が空中にいるかのような錯覚がするだろう。この錯覚の中でしか僕は生きられない。そういうことだ。

雨よ。
雨よ。
落ちてこい、
錯覚の中で、
う、あ、い、い、
屈折率を計算しながら、
落ちてこい、

何度も同じ歌ばかり歌って、
きっとつまらないだろう、
なあ、スピーカーさんよ、
もっと面白い歌を歌おうぜ、

そうやって、世界を白くしちまおうぜ、
すべてのカラスは白い、
この観察命題から、
波動関数とインクカートリッジの、
不機嫌な関係について語ってしまえ、

雪は、
もう、遠く、
ない、
精神を集中させて、
部屋を発火させよう、
それですべてがうまくいくから、

(B'z、SMAP、スガシカオ、山下達郎、サザンオールスターズの歌詞より部分引用)

文学極道

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