#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20140602_125_7476p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


WHOLE LOTTA LOVE。

  田中宏輔



『詩人の素顔』という本を買った。
シルヴィア・プラスのことは
ガスオーヴンに、頭を突っ込んで死んだ詩人
ってことぐらいしか、知らなかったけど
読んでみたいと思った。
死に方にも、いろいろあるんだろうけど
もっと、違ったやり方があるんじゃないの?
って、ずっと前から、思ってて。
特別価格100円だった。
上からセロテープで貼り付けた
100円の値札をはがすと、300円の値札が
その300円の値札をはがすと、900円の値札が付いていた。
もともと、1850円(本体価格1796円)だった本が
古本屋さんだと、100円になる。
でも、シルヴィアさん
自分が、100円で売られてたの知ったら
また、ガスオーヴンに
頭、突っ込んじゃうかもしんないね。
ぼくが中学生か、高校生だったころ
横溝正史が流行ってた。
いや、流行ってたってもんじゃなくって
大大大流行って感じ。
もちろん、金田一耕助シリーズね。
まわりの友だちなんか
みんな、ほとんど、読んでたと思う。
大学生のころは、赤川次郎だった。
赤川次郎の小説のひとつに
シュウ酸で自殺した男の話があった。
コーヒーに入れて飲んだと書いてあった。
すっごく、すっぱくて
そのままじゃ、とても飲めないからって。
ぼくのいた研究室にも
シュウ酸があった。
酸といっても
粒状のさらさらした結晶体で
薬さじにとって
ほんのすこし、なめてみた。
めちゃくちゃ、すっぱかった。
何度も、つばといっしょに、ぺっぺ、ぺっぺした。
ショ糖に混ぜて、1:100とか
1:200とかの比にして、なめてみたけど
すっぱさは、ほとんど変わらなかった。
どう考えても、赤川次郎の小説は、嘘だと思った。
で、薬局に行って、カプセルを買ってきて
そのなかに、シュウ酸を入れてのむことにした。
(これって、学生時代のことで
 致死量の何倍、計量したか、忘れちゃった。)
わりと大きめのカプセルだったけど
5個ぐらいのんだと思う。
コーヒー牛乳でのんだ。
(紙パック入りのね。あの四角いやつ。)
しばらくすると、胃のあたりが、すっごく痛くなって
ゲボゲボもどした。
忘れ物をとりに戻った先輩が
(もうとっくに帰ったと思ってたんだけど)
ゲボゲボもどしてるぼくを見て
タクシーで、救急病院に運んでくれた。
牛乳で胃洗浄。
鼻から透明の塩化ビニールチューブを入れられて。
診察台のうえで、ゲボゲボ吐きもどしてるぼくを見下ろして
看護婦さんが、「キタナイワネ。」って言ったこと、おぼえてる。
あのときは、ひどいこと言うなあ、って思った。
いじめ問題の解決方法を考えた。
日替わりで、いじめる人を決めて
クラスのみんなで、いじめるんだ。
毎日、いじめられる人が替わることになる。
そしたら、みんな、手加減するだろうし
(そのうち、自分の順番がくるんだもんね。)
それほどひどいことにはなんないと思う。
だって、いじめたい気持ちって
だれだって、ぜったい持ってんだもんね。
レイモンド・カーヴァーだったかな。
それとも、リチャード・ブローティガンだったかな。
たぶん、カーヴァーだったと思うけど
インタビューか、なんかで
自殺してはいけないよ、って言ってたのは。
世界にまだ美しいものがあるかぎり
って。
ん?
あ、
ブローティガンだったかな。
友だちのタクちゃんちは
ぼくんちと同じくらい複雑な家庭環境だけど
自殺するなんて、考えたこともない、って言ってた。
そのタクちゃんが、このあいだ、引っ越すことになって
ぼくも手伝ってあげた。
引っ越し先のマンションの壁に
「空(くう)あります。」って看板が掲げてあって
これ、何だろ、って訊くと
ぼくのこと、バカにしたような感じで
「空室ありますよ、ってことでしょ。」
って言って、教えてくれた。
ぼくは、ぼくの目のなかで
「空(くう)」と「あります」のあいだに読点を入れて
「空(そら)、あります。」って読んでみた。
「空(そら)、あります。」だったらいいな
って、思った。






*ぼくは、マジに、「空(あき)あります。」を「空(くう)あります。」って読んでいました。
この作品を同人誌に発表した後、女性の詩人の方に教えていただきました。
すんごい世間知らずですよね。っていうか、ほんとに、バカ。バカ、バカ、バカ。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.