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作品 - 20140423_567_7408p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


STATION TO STATION。

  田中宏輔



言葉、言葉、言葉。
(シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、野島秀勝訳)

言葉にならなかった何かを言おうとして、
(アストゥリアス『グアテマラ伝説集』春嵐の妖術師たち 3、牛島信明訳)

言葉、言葉と思っている彼の前に、バスが止まった。
(リチャード・マシスン『狂った部屋』小鷹信光訳)

バスが停まっても誰も乗らない。
(アゴタ・クリストフ『昨日』堀 茂樹訳)

たぐいなく美しい一輪の花が、おだやかな波にゆられて、輝きながら漂ってきた。
(ノヴァーリス『青い花』第一部・第九章、青山隆夫訳)

水が水と出会うように、
(エマソン『償い』酒本雅之訳)

言葉と水が混じり合う
(ディラン・トマス『ぼくがノックし』松田幸雄訳)

波はあなたの足を濡らした。
(レイナルド・アレナス『めくるめく世界』9、鼓 直・杉山 晃訳)

花じゃないの?
(ブライアン・W・オールディス『唾の樹』中村 融訳)

花?
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』10、岡部宏之訳)

きれいな花ね。なんというの?
(ジョン・ウィンダム『野の花』大西尹明訳)

魚さ。
(ギブスン&スターリング『ディファレンス・エンジン』上・第二の反復、黒丸 尚訳)

何という名前だったかな、
(ナボコフ『賜物』第5章、沼野充義訳)

名前を教えてくれ、それがきっかけで
(チャールズ・ディケンズ『手袋』中村保男訳)

忘れていたことが思いだされてくる。
(グレゴリイ・ベンフォード『夜の大海の中で』第二部・14、山高 昭訳)

新しい名が新しい性格をひきだすこともある。
(R・A・ラファティ『九百人のお祖母さん』浅倉久志訳)

古い名前を残せば、古い意味も残り伝わる
(レイ・ブラッドベリ『浅黒い顔、金色の目』一ノ瀬直二訳)

水の中に答えはない。
(ロジャー・ゼラズニイ『ユニコーンの徴(しるし)』10、岡部宏之訳)

その水は、ちらちらと見える魚の住むひとつの夢であり、
(フランク・ハーバート『デューン砂漠の神皇帝』第3巻、矢野 徹訳)

夢自体、影にすぎない。
(シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、野島秀勝訳)

でも
(ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』1、米川和夫訳)

この夢から醒めることは、またこの夢のなかにとびこむことだ、
(シオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』19、鈴木 晶訳)

われわれ人間は夢と同じもので作られている。
(シェイクスピア『テンペスト』第四幕・第一場、伊東杏里訳)

ぼくはなにを見つけられると思っていたのだろう?
(グレッグ・イーガン『ワンの絨毯』山岸 真訳)

幾千匹もの魚たち、
(J・G・バラード『夢幻会社』21、増田まもる訳)

枝にかへらぬ花々よ。
(金子光晴『わが生に与ふ』四)

その忘れがたい素晴らしい思い出に
(ブライス=エチェニケ『幾たびもペドロ』1、野谷文昭訳)

夢に、さまざまな声にひきよせられたのだ。
(ルーシャス・シェパード『戦時生活』第四部・13、小川 隆訳)

光がまぶしかった。
(ロバート・F・ヤング『時が新しかったころ』11、中村 融訳)

一つ一つのものは自分の意味を持っている
(リルケ『フィレンツェだより』森 有正訳)

だがそのすべてが贋物でありうるのだ。
(ジョン・スラデック『使徒たち──経営の冒険』野口幸夫訳)

なぜ「きみを愛している」といえなかったのか?
(リチャード・コールダー『アルーア』浅倉久志訳)

顔、顔、顔。
(フランク・ハーバート『デューン砂漠の神皇帝』第2巻、矢野 徹訳)

記憶の記憶の記憶。
(オースン・スコット・カード『神の熱い眠り』2、大森 望訳)

水に変化する
(ウィリアム・バロウズ『ノヴァ急報』では、身支度を……、諏訪 優訳)

自我
(ロバート・シルヴァーバーグ『内死』17、中村保男・大谷豪見訳)

水とは生まれてきた魂でなくて何か?
(イェイツ『クール荘園とバリリー、一九三一年』高松雄一訳)

眠ることのない潜在意識が、
(アーサー・C・クラーク『犬の星』南山 宏訳)

世界中のあらゆる記憶が宿っているのだ。
(ロア=バストス『汝、人の子よ』VII・7、吉田秀太郎訳)

自分の記憶だけではなく、あらゆる人々の記憶が。
(マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』第二部・13、嶋田洋一訳)

水を愛し、
(紫 式部『源氏物語』蜻蛉、与謝野晶子訳)

水へはいってしまった人は
(紫 式部『源氏物語』蜻蛉、与謝野晶子訳)

すべて
(ジョン・スラデック『使徒たち──経営の冒険』野口幸夫訳)

溺れる
(パメラ・ゾリーン『心のオランダ』野口幸夫訳)

人がよく死ぬ水だ
(紫 式部『源氏物語』浮舟、与謝野晶子訳)

同じ水だけれど、
(フェリスベルト・エルナンデス『水に浮かんだ家』平田 渡訳)

この考える水も永劫には流れない
(西脇順三郎『旅人かえらず』)

魚はみんないなくなっていた。
(アルフレッド・ベスター『コンピューター・コネクション』3、野口幸夫訳)

同じ夢を見ていたのだろうか?
(イタロ・ズヴェーヴォ『トリエステの謝肉祭』8、堤 泰徳訳)

ちひさき魚は眼(め)にもとまらず。
(萩原朔太郎『広瀬川』)

その詩なら知っている
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』3・2、小泉喜美子訳)

引用さ
(ゼナ・ヘンダースン『血は異ならず』知らずして御(み)使(つか)いを舎(やど)したり、宇佐川晶子訳)

すべて本から仕入れたものさ。
(P・D・ジェイムズ『不自然な死体』第二部・1、青木久恵訳)

思考はあらゆるものを、利用可能なものに変える。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

どのような自我の排出が行なわれ、そしてどのような自我の再充填が行なわれているのか。
(ロバート・シルヴァーバーグ『一人の中の二人』7、中村保男訳)

言葉、言葉、言葉。
(シェイクスピア『ハムレット』第二幕・第二場、野島秀勝訳)

ぼくらはそれに奉仕せねばならないんだ。さもなければ、それはぼくらに奉仕してはくれないだろう。
(ブライアン・オールディス『子供の消えた惑星』2、深町真理子訳)

言葉は力だ。
(マキャフリー&ナイ『魔法の船』3、嶋田洋一訳)

魂を広げてくれる
(ロバート・シルヴァーバーグ『内側の世界』6、大久保そりや・小川みよ訳)

おのれの思考と意志の活力に応じて、彼は世界を自分のなかへ吸収する。
(エマソン『自然』三、酒本雅之訳)

だが、
(トマス・テッシアー『ブランカ』添野知生訳)

意志の力で愛することはできない
(P・D・ジェイムズ『殺人展示室』第三部・7、青木久恵訳)

ただ愛さなければいけないというだけで、愛することなどできない
(イエイツ『まだらの鳥』第三編・1、島津彬郎訳)

しかしロゴスの論理を、われわれはどこにさがせばいいのか?
(R・A・ラファティ『超絶の虎』伊藤典夫訳)

すべてを解釈しようとする心
(ロジェ・カイヨワ『妖精物語からSFへ』第三部・二、三好郁朗訳)

人間の心は説明をもとめつづける。
(ジョージ・アレック・エフィンジャー『重力が衰えるとき』6、浅倉久志訳)

偶然かもしれない。
(ウォルター・テヴィス『運がない』黒丸 尚訳)

聞こえもせず、見えもしないものが後ろにある。
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』第一幕、石川重俊訳)

ふだん、存在は隠れている。存在はそこに、私たちの周囲に、また私たちの内部にある。
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

思考は、演算のなかに存在し、結論は、命題のなかに存在する。
(ノヴァーリス『一般草稿』[1022]、今泉文子訳)

ある場所、ある時間、ある不思議な類似性、ある錯誤、
(ノヴァーリス『断章と研究 1799-1800年』[559]、今泉文子訳)

なんらかの偶然などを介して、最も異質なもの同士が遭遇する。
(ノヴァーリス『断章と研究 1799-1800年』[559]、今泉文子訳)

小魚の群れが一つになってさっと動いてはとまり、
(ルーシャス・シェパード『黒珊瑚』小川 隆訳)

またさーっと動いて枝の中にはいったりでたりしている。
(ルーシャス・シェパード『黒珊瑚』小川 隆訳)

すばやく、詩句がとびかった。
(M・ジョン・ハリス『パステル都市』第四章、大和田 始訳)

人間たちの夢を見るんだ。
(ジェラルド・カーシュ『骨のない人間』西崎 憲訳)

だけど、
(イアン・マクドナルド『キャサリン・ホイール(タルジスの聖女)』古沢嘉通訳)

だれがだれの夢なのか。
(デイヴィッド・ブリン『有意水準の石』中原尚哉訳)

一つ一つの単語の意味は理解できるが、その総和はちんぷんかんぷん
(コードウェイナー・スミス『星の海に魂の帆をかけた女』5、伊藤典夫訳)

言葉がいかに迅速に交差するか、
(エズラ・パウンド『グイード・カヴァルカンティに』小野田正和・岩原康夫訳)

ぼくなど、記憶と誤解のちらつきでしかない。
(ジョン・クロウリー『エンジン・サマー』大森 望訳)

ちらちらと見える魚
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第3巻、矢野 徹訳)

幾千匹もの魚たち、
(J・G・バラード『夢幻会社』21、増田まもる訳)

感情の元素とは内的な光なのだが、その内的な光は屈折して、
(ノヴァーリス『サイスの弟子たち』二、今泉文子訳)

より美しく、より強烈な色彩となる。
(ノヴァーリス『サイスの弟子たち』二、今泉文子訳)

光は尽きることなく次から次へあふれてくる。
(ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』1、内田昌之訳)

光のかけら一つ一つがそれぞれ人間の命なのだ。
(ブルース・スターリング『スキズマトリックス』第三部、小川 隆訳)

どれもが千の顔のひとつであり、二度と見ることはない。
(サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』伊藤典夫訳)

何千何万という世界が重なっている。
(ルーシャス・シェパード『ぼくたちの暮らしの終わり』小川 隆訳)

ありとあらゆる色彩と光とがあふれていた。
(サングィネーティ『イタリア綺想曲』6、河島英昭訳)

これまでに、こんなものを見たことがあるかい?
(サミュエル・R・ディレイニー『エンパイア・スター』12、岡部宏之訳)

自分のものではないとわかっている多くの記憶のこま切れだ。
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の大聖堂』第3巻、矢野 徹訳)

文学作品からの引用
(ジョン・スラデック『書評欄』越智道雄訳)

それは一つの純粋な詩なのだ。
(ロバート・シルヴァーバーグ『内死』1、中村保男・大谷豪見訳)

なぜこんなものを選んだのだろう。
(キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』38、梶元靖子訳)

ほかになにがあると思っているんだい?
(ブライアン・オールディス『子供の消えた惑星』2、深町真理子訳)

ぼくらは夢と同じ生地で織られている
(ホフマンスタール『三韻詩(テルツイーネ)』川村二郎訳)

溺れる人間が立てる音はどのようなものか?
(パメラ・ゾリーン『心のオランダ』野口幸夫訳)

じつはきみの夢もためしてみたんだ
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』ヨルダン、深町真理子訳)

ぼくは、きみが苦しんでいるのを見ると楽しいのさ。
(スティーヴン・バクスター『虚空のリング』上・第一部・2、小木曽絢子訳)

きみも詩を書いてるのか?
(ティム・パワーズ『石の夢』上・第一部・第八章、浅井 修訳)

あるいは、その逆か
(アヴラム・デイヴィッドスン『眠れ美女ポリー・チャームズ』古屋美登里訳)

詩人というものは、他者の性質を変化させるほどの内なる力の結合の産物であり、
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』序文、石川重俊訳)

これらの力を刺激し、支える、外なる影響の産物なのだ。
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』序文、石川重俊訳)

詩人は、その一方ではなく、両方なのだ。
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』序文、石川重俊訳)

創造者であるとともに被創造物でもある。
(ブライアン・W・オールディス『讃美歌百番』浅倉久志訳)

詩人は詩による創造であり、詩は詩人による創造である。
(オクタビオ・パス『弓と竪琴』詩的啓示・インスピレーション、牛島信明訳)

記憶の記憶の記憶。
(オースン・スコット・カード『神の熱い眠り』2、大森 望訳)

また増えてるのかい?
(ボブ・ショウ『メデューサの子ら』2、菊地秀行訳)

わたしはわたしとなり、
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』荒野、深町真理子訳)

やがて世界中すべてが、わたしの声と顔、そして手触りに満ちる。
(シオドア・スタージョン『闇の間近で』樋口真理訳)

なぜ「きみを愛している」といえなかったのか?
(リチャード・コールダー『アルーア』浅倉久志訳)

人生にはなにか見落としているものや自分の知らないものがあるだろうか?
(アンナ・カヴァン『愛の渇き』5、大谷真理子訳)

自由なのは見捨てられたものだけだ。
(ブライアン・W・オールディス『終りなき午後』5、伊東典夫訳)

創造性とは、関係の存在しないところに関係を見出す能力にほかならない。
(トマス・M・ディッシュ『334』ソクラテスの死・4、増田まもる訳)

オリジナルよりもずっとリアルなものに並びかえられたジグソーパズル。
(リチャード・コールダー『デッドガールズ』第七章、増田まもる訳)

いくつものばらばらな記憶
(デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』下・第三部・61、酒井昭伸訳)

自分の記憶だけではなく、あらゆる人々の記憶が
(マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』第二部・13、嶋田洋一訳)

他人の思い出が自分自身の思い出といかに簡単に混じり合うか、
(ミシェル・トゥルニエ『メテオール(気象)』第十四章、榊原晃三・南條郁子訳)

それをならべかえる
(カール・ジャコビ『水槽』中村能三訳)

好きなように世界が配列できるのだ
(スタニスワフ・レム『天の声』17、深見 弾訳)

自分自身の感性以上にリアルなものは存在しない。
(フリッツ・ライバー『ジェフを探して』深町眞理子訳)

誰があなたをここへ?
(ブライアン・W・オールディス『解放されたフランケンシュタイン』第二部・5、藤井かよ訳)

こんな場所に誰が連れてきたのだろう?
(シャルル・プリニエ『醜女の日記』一九三七年五月二十二日、関 義訳)

ほんとうのヴィジョンとはなんだろう? 現実だ、もちろん。
(アーシュラ・K・ル・グイン『視野』浅倉久志訳)

人生は解決すべき問題ではなく、経験すべき現実なのさ
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)

作家にとって無駄な経験というものはない。
(ウィリアム・バロウズ『夢の書 わが教育』山形浩生訳)

苦労せずにすぐれたものを手にすることはできない。
(イエイツ『アダムの呪い』高松雄一訳)

生のすべての真実を、直接的な体験として知ること。
(イアン・ワトスン『エンベディング』第十三章、山形浩生訳)

人生はまず生きてみなくてはいけない。
(ホセ・ドノーソ『閉じられたドア』染田恵美子訳)

重要なのは経験だ。
(ミシェル・ジュリ『不安定な時間』鈴木 晶訳)

すべての経験にそれ自体の教えがある
(フランク・ハーバート『デューン 砂の惑星』第1巻、矢野 徹訳)

経験の外にあるものを思い出すことは不可能だ。
(バリントン・J・ベイリー『光のロボット』13、大森 望訳)

いかに記憶し、いかに思考過程をはじめるか
(ブライアン・W・オールディス『率直にいこう』井上一夫訳)

記憶とはいったい何なのか、
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・21、土岐恒二訳)

記憶は個人的な感覚(、、、、、、)であり──個人化の要素である。
(ノヴァーリス『一般草稿』[859]、今泉文子訳)

結局、記憶なんてのは、純然たる選択の問題なのよね
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

しかも、物語の多くを間違って覚えている。
(ロジャー・ゼラズニイ『アヴァロンの銃』6、岡部宏之訳)

過去の現実というのは、あと知恵という強い力に照らされると違った見え方をするからだ。
(マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』第3部・21、嶋田洋一訳)

古い記憶ほど鮮明なものである。
(J・L・ボルヘス『老夫人』鼓 直訳)

別人の顔があらわれる。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『紫年金の遊蕩者たち』大和田 始訳)

記憶は出来事の順序や人の名前をごた混ぜにする、
(カミロ・ホセ・セラ『二人の死者のためのマズルカ』有本紀明訳)

記憶は詩人の素材である。
(ロバート・リンド『遺失物』行方昭夫訳)

あらゆるものがなんとあふれんばかりに戻ってくることか──
(トマス・M・ディッシュ『334』334・第三部・24、増田まもる訳)

詩、また詩。嘘、また嘘──
(トマス・M・ディッシュ『334』334・第六部・41、増田まもる訳)

世界はものごとをほんものにする
(テリー・ビッスン『世界の果てまで何マイル』26、中村 融訳)

時はわれわれの嘘を真実に変えると、わたしはいっただろうか?
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』17、岡部宏之訳)

われわれ自身がその媒介になるのだ。
(ミロスラフ・イサコーヴィチ『消失』波津博明訳)

多くのことを知っているが、全部ではない。そこには違いがある。
(ロジャー・ゼラズニイ『影のジャック』6、荒俣 宏訳)

もっと多くのことを知らなければならない。
(ロジャー・ゼラズニイ『オベロンの手』5、岡部宏之訳)

あらゆるものが現実だ。
(フィリップ・K・ディック『ユービック:スケリーンプレイ』34、浅倉久志訳)

あらゆる出会いが苦しい試練だ。
(フィリップ・K・ディック『ユービック:スケリーンプレイ』34、浅倉久志訳)

形と意味を与えられた苦しみ。
(サミュエル・R・ディレイニー『コロナ』酒井昭伸訳)

過去は味が深くなる。
(ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』富田 彬訳)

どんなものも、過去になってしまわない限り現実味を持たない。
(マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』第2部・13、嶋田洋一訳)

再び生きる、
(ロバート・シルヴァーバーグ『いまひとたびの生』1、佐藤高子訳)

あれこれ思い返しては何度もそのときを生きたのだった。
(アドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』平田 渡訳)

これは、心の始まりだろうか?
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の大聖堂』第3巻、矢野 徹訳)

はじめはそんな単純なものさ。
(スタニスワフ・レム『浴槽で発見された手記』2、村手義治訳)

ぼくはここからはじめる。
(オースン・スコット・カード『キャピトルの物語』第一部・5、大森 望訳)

人間がその死性を免れる道は、笑いと絆を通してでしかない。それら二つの大いなる慰め。
(グレゴリイ・ベンフォード『輝く永遠への航海』下・第六部・5、冬川 亘訳)

だれが光を注いでくれたのか
(ジョン・ベリマン『ブラッドストリート夫人賛歌』39、澤崎順之助訳)

精神は刺激を同化吸収しようとつとめる。精神を刺激するのは、異質なものである。
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

交わりは光りを生む
(エズラ・パウンド『詩篇』第七十四篇、新倉俊一訳)

それがまったくちがった人々や場所、出来事をむすびつけている
(イアン・ワトスン『エンベディング』第一章、山形浩生訳)

光こそ事物の根源で
(プルースト『シャルダンとレンブラント』粟津則雄訳)

すべては光でできている。
(ルーディ・ラッカー『ホワイト・ライト』第二部・10、黒丸 尚訳)

光ならずして何を心が糧にできよう?
(トマス・M・ディッシュ『キャンプ・コンセントレーション』二冊目・27、野口幸夫訳)

瞬間的でしかない意識
(ブライアン・オールディス『橋の上の男』井上一夫訳)

きみが生きている限り、きみはまさに瞬間だ、
(H・G・ウェルズ『解放された世界』第三章・3、浜野 輝訳)

永遠の中のただの一瞬、
(ヴァン・ヴォークト『フィルム・ライブラリー』沼沢洽治訳)

瞬間は永遠に繰り返す。
(イアン・ワトスン『バビロンの記憶』佐藤高子訳)

光、光、光。
(R・A・ラファティ『深色ガラスの物語』井上 央訳)

その光を、どうやって手に入れる?
(アイザック・アシモフ『夜来たる』川村哲郎訳)

交わりは光りを生む
(エズラ・パウンド『詩篇』第七十四篇、新倉俊一訳)

ぼくらは多くのものに影響を受け、共鳴する。
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の子供たち』第3巻、矢野 徹訳)

多くのほかの精神につながっている
(ルーシャス・シェパード『戦時生活』第四部・14、小川 隆訳)

どのような自我の排出が行なわれ、そしてどのような自我の再充填が行なわれているのか。
(ロバート・シルヴァーバーグ『一人の中の二人』7、中村保男訳)

砂漠に沈む太陽は、ぼくの魂に沈んでゆく太陽だ。
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)

事物を離れて観念はない
(ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ『パターソン』第一巻・巨人の輪郭・I、沢崎順之助訳)

外界の事物は、人間の頭脳にほんとうに影響をおよぼすものである。
(ジュール・ヴェルヌ『地底旅行』26、窪田般弥訳)

だが
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の異端者』第2巻、矢野 徹訳)

現実の事物は刺(し)激(げき)が強すぎる。用心しなければならない。
(ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』冨田 彬訳)

偽の光
(ジョン・スラデック『非12月』越智道雄訳)

偽の記憶
(ハリイ・ハリスン『ステンレス・スチール・ラットの復讐』17、那岐 大訳)

光は過剰な秩序であり、致命的なものになり得る。
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の子供たち』第二巻、矢野 徹訳)

太陽は人をあざむくからね。
(アントニイ・バージェス『アバ、アバ』4、大社淑子訳)

用心したまえよ、事物のやさしさに、
(ポール・ジャン・トゥーレ『コントリーム』入沢康夫訳)

虚偽は言葉のなかにではなく、事物のなかにある
(イタロ・カルヴィーノ『マルコ・ポーロの見えない都市』IV・都市と記号5、米川良夫訳)

実在するものはすべて、絶えず同時に現われたり消えたりしてるのよ。
(イアン・ワトスン『存在の書』第三部、細美遙子訳)

それらすべてがわれわれの周囲に渦巻いている。可能性だ
(ジョージ・R・R・マーティン『フィーヴァードリーム』10、増田まもる訳)

可能性の影は物体であり、事物であり、事象である。
(イアン・ワトスン『存在の書』第二部・細美遙子訳)

世界、──魂の投げかけるこの影、あるいはべつのわたし(、、、、、、)」
(エマソン『アメリカの学者』酒本雅之訳)

どんな悦びも一瞬のあいだしかつづかないのではなかろうか?
(シャルル・プリニエ『醜女の日記』一九三六年一月二十七日、関 義訳)

生けるものは誰一人、苦しみを味わうものなかれと願う。
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』第一幕、石川重俊訳)

心は、わたしを苦しめる以外にどんな役に立ったというのだろう?
(シャルル・プリニエ『醜女の日記』一九三七年四月八日、関 義訳)

なぜ人は自分を傷つけるのが好きなんだろう?
(J・ティプトリー・ジュニア『ヴィヴィアンの安息』伊藤典夫訳)

いったい人は、いつかは誰かを理解するものなのだろうか? そして自分自身のことも?
(シャルル・プリニエ『醜女の日記』一九三七年三月十七日、関 義訳)

多分ぼくは苦しむのが好きなのだろう。これまでも人をさんざん苦しめてきたし、
(フィリップ・ホセ・ファーマー『わが内なる廃墟の断章』9、伊藤典夫訳)

見聞するところでは、人を苦しめるのが好きな人間は、苦しめられることを無意識に願っている。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『わが内なる廃墟の断章』9、伊藤典夫訳)

苦しみは自我の根拠であり、自我の唯一の疑うべからざる存在論的証拠である
(ミラン・クンデラ『不滅』第四部・11、菅野昭正訳)

痛覚がわれわれの肉体を保持するために欠くことのできない条件であるように、
(トルストイ『ことばの日めくり』十月二十八日、小沼文彦訳)

苦悩もまたわれわれの霊を保持するためにどうしても必要な条件である。
(トルストイ『ことばの日めくり』十月二十八日、小沼文彦訳)

人生に意味を与える
(レイナルド・アレナス『夜になるまえに』レサマ=リマ、安藤哲行訳)

苦痛こそ教育の効果なので、新たな知識が誕生するにつれて、
(J・K・ユイスマンス『さかしま』第六章、澁澤龍彦訳)

苦痛はいよいよ大きくなり、刃(やいば)のように鋭くなるのだ。
(J・K・ユイスマンス『さかしま』第六章、澁澤龍彦訳)

自我は単なる勝利だけでは満足しないのだ──試されつづけねばならない……
(ゲイリー・ライト『氷の鏡』安田 均訳)

だけど、
(イアン・マクドナルド『キャサリン・ホイール(タルジスの聖女)』古沢嘉通訳)

なぜ苦痛なんだ?
(グレッグ・ベア『ナイトランド─<冠毛の>一神話』7、酒井昭伸訳)

なぜ苦痛なのか?
(J・ティプトリー・ジュニア『大きいけれど遊び好き』伊藤典夫訳)

正しく評価されないことが苦痛なのだ
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第3巻、矢野 徹訳)

芸術家気質というものをよく知っている
(ゴア・ヴィダール『マイラ』35、永井 淳訳)

ぼくはいつも夢みて生きているんだからね
(カミロ・ホセ・セラ『二人の死者のためのマズルカ』有本紀明訳)

このコーヒー茶碗、このナイフ、このフォーク、本質のままの事物
(ヴァジニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)

単に存在するだけということはできないのか?
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第3巻、矢野 徹訳)

色彩の下には形(シエイプ)があった。
(ヴァジニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)

まるでわたしの顔だちの一つ一つが、その形に苦しんでいるかのように。
(シャルル・プリニエ『醜女の日記』一九三七年四月十日、関 義訳)

笑ったりゆがめたりしないと、人の顔には個性なんて生まれてこないのよ
(トマス・M・ディッシュ『M・D』下・第五部・68、松本剛史訳)

具体性こそが基本である。
(オリバー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』第四部、高見幸郎・金沢泰子訳)

現実を生き生きとさせ、「リアル」たらしめ、個人的に意味のあるものにするのは「具体性」なのである
(オリバー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』第四部、高見幸郎・金沢泰子訳)

いかにすばらしくたって、夢はけっきょく夢だからね
(アーサー・マッケン『パンの大神』1、平井呈一訳)

夢想で作り上げたものは現実で償われなければならない
(ジェイムズ・メリル『イーフレイムの書』I、志村正雄訳)

不幸は情熱の糧なのだ。
(ターハル・ベン=ジェルーン『聖なる夜』9、菊地有子訳)

情熱こそは人間性の全部である。
(バルザック『人間喜劇』序、中島健蔵訳)

不幸はしばしばもっと大きな苦しみによって報いられる。
(ルネ・シャール『砕けやすい年(抄)』水田喜一朗訳)

おそらく、苦悩はつねに最強のものなのだ。
(マルロー『アルテンブルクのくるみの木』シャルトル捕虜収容所、橋本一明訳)

苦しみは人生で出会いうる最良のものである
(プルースト『失われた時を求めて』第六篇・逃げさる女、井上究一郎訳)

魂の他のどんな状態にもまして、悲しみは、人間の性格や運命を深く洞察させる。
(スタール夫人『北方文学と南方文学』加藤晴久訳)

増大する苦痛が苦痛の観察を強いるのです。
(ヴァレリー『テスト氏』テスト氏との一夜、村松 剛・菅野昭正訳)

悲しみは、一回ごとに一つの法則をわれわれにあかすわけではないにしても、
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、井上究一郎訳)

そのたびにわれわれを真実のなかにひきもどし、物事を真剣に解釈するようにさせる
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、井上究一郎訳)

世界はすべての人間を痛めつけるが、のちには多くの人がその痛めつけられた場所で、かえって強くなることもある。
(ヘミングウェイ『武器よさらば』第三四章、鈴木幸夫訳)

苦悩(くるしみ)は祝福されるのだ。
(フロベール『聖アントワヌの誘惑』第三章、渡辺一夫訳)

苦痛の深部を経て、人は神秘に、真髄に達するのだ。
(プルースト『失われた時を求めて』第六篇・逃げさる女、井上究一郎訳)

悲哀のあるところには聖地がある。
(ワイルド『獄中記』田部重治訳)

苦悩はいとも永い一つの瞬間である。
(ワイルド『獄中記』田部重治訳)

創造する者が生まれ出るために、苦悩と多くの変身が必要なのである。
(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第二部、手塚富雄訳)

苦しみは焦点を現在にしぼり、懸命(、、、)な闘いを要求する。
(カミュ『手帖』第四部、高畠正明訳)

苦しむこと、教えられること、変化すること。
(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』不幸、田辺 保訳)

海が消えた。
(ウィリアム・ギブスン『カウント・ゼロ』23、黒丸 尚訳)

花はなかったし、
(紫 式部『源氏物語』東屋、与謝野晶子訳)

バスもなかった。
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』7・2、小泉喜美子訳)

何もない。
(アイザック・アシモフ『ミクロの決死圏』1、高橋泰邦訳)

決してあったことのない記憶、頭の外にはなかったものだ。
(ハリイ・ハリスン『ステンレス・スチール・ラット諸君を求む』12、那岐 大訳)

魔術を使うのだ
(ジェラルド・カーシュ『ねじくれた骨』駒月雅子訳)

魔法さ。
(パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』下・42、田中一江・金子 浩訳)

魔法の杖で触れること。
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

ほら
(ジェイムズ・D・フーストン『ガスマスク』大谷圭二訳)

そのひと言で、
(カブレラ=インファンテ『亡き王子のためのハバーナ』女戦士(アマゾネス)、木村榮一訳)

太陽をこわしたり、作ったりできる
(スタニスワフ・レム『泰平ヨンの航星日記』第二十一回の旅、深見 弾訳)

詩というのは
(J・L・ボルヘス『月』鼓 直訳)

現実を変えてしまうのさ。
(K・W・ジーター『グラス・ハンマー』黒丸 尚訳)

ああ、ぼくの頭はどうしたんだろう?
(シオドア・スタージョン『人間以上』第三章、矢野 徹訳)

頭のまわりで世界が回転する。
(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』12、安原和見訳)

ぼくの頭もぐるぐるまわりはじめた。
(ジョン・クリストファー『トリポッド 2 脱出』2、中原尚哉訳)

頭がぐるぐる回っている、
(ドナルド・バーセルミ『アリス』邦高忠二訳)

私は頭の回転がよくなっているのだろう。
(トマス・M・ディッシュ『キャンプ・コンセントレーション』二冊目・3、野口幸夫訳)

ああ、世界がぐるぐる廻るわ!
(レイ・ブラッドベリ『メランコリイの妙薬』吉田誠一訳)

この世界がぐるぐるまわっているからさ。
(ボブ・ショウ『メデューサの子ら』5、菊地秀行訳)

世界ははたと動きをとめた。
(アルフレッド・ベスター『祈り』稲葉明雄訳)

いったい、この世界はどうなっているんだろう。
(ガルシア=マルケス『族長の秋』鼓 直訳)

どうして人生を込み入ったものにしちゃうんだろうな?
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

深い知恵は無知を恐れない。
(トルストイ『ことばの日めくり』十月一日、小沼文彦訳)

愚かさがなければ、さらなる理解への刺激はどこにあるというのだ?
(ジャック・ヴァンス『なみ以下のサーディン』米村秀雄訳)

なんのための芸術か?
(ホフマンスタール『一人の死者の影が……』川村二郎訳)

世界は私の傷だ、
(ディラン・トマス『黄昏の明かりに祭壇のごとく』VIII、松田幸雄訳)

音楽や性行為、文学や芸術、それは今やすべて、楽しみの源ではなくて苦痛の源にされてしまってるんだね
(アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』3・4、乾 信一郎訳)

でも
(オースン・スコット・カード『神の熱い眠り』8、大森 望訳)

世界はそのままきみのものではないのか。
(リルケ『マルテの手記』高安国世訳)

きみはどんどん使い捨てて、いつも手をさし出しては新しい世界を求めた。
(リルケ『マルテの手記』高安国世訳)

なにがほしいの?
(ロジャー・ゼラズニイ『ユニコーンの徴(しるし)』3、岡部宏之訳)

物語だよ、フローラ。
(ロジャー・ゼラズニイ『ユニコーンの徴(しるし)』3、岡部宏之訳)

「花は?」
(フロベール『感情教育』第一部・五、生島遼一訳)

「花は」
「Flora.」
たしかに「Flower.」とは云はなかつた。
(梶井基次郎『城のある町にて』手品と花火)

汝は花となるであろう。
(バルザック『セラフィタ』五、蛯原〓夫訳)

花となり、香となるだろう。
(サバト『英雄たちと墓』第IV部・7、安藤哲行訳)

それにしても、なぜいつもきまってあのことに立ちかえってしまうのでしょう……。
(モーリヤック『ホテルでのテレーズ』藤井史郎訳)

どこであれ、帰ってくるということはどこにも出かけなかったということだ。
(フエンテス『脱皮』第三部、内田吉彦訳)

あれは白い花だった……(それとも黄色だったか?
(ブライス=エチェニケ『幾たびもペドロ』3、野谷文昭訳)

「青い花ではなかったですか」
(ノヴァーリス『青い花』第一部・第一章、青山隆夫訳)

見覚えました花ですが、私(わたし)はもう忘れました。
(泉 鏡花『海神別荘』)

真(まつ)黄(き)色(いろ)な花の
(泉 鏡花『春昼後刻』三十三)

淡い青色の花だったが、
(ノヴァーリス『青い花』第一部・第一章、青山隆夫訳)

世界は物語でいっぱい
(オースン・スコット・カード『エンダーのゲーム』15、野口幸夫訳)

じつを言えば、たいていなにをやっていても楽しいのだ。
(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』13、安原和見訳)

人生とはほとんどいつもおもしろいものだ。
(タビサ・キング『スモール・ワールド』5、みき 遙訳)

いつも何かが起きてしまうのだ。
(A・A・ミルン『自然科学』行方昭夫訳)

幸福でないものがあるだろうか?
(ブライアン・W・オールディス『暗い光年』1、中桐雅夫訳)

すべてが喜びなのである。
(ジョン・ダン『秋のような顔』湯浅信之訳)

太陽はけっしていかなる影をも見ない。
(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』科学論、杉浦明平訳)

愛よ おまえは何を夢見ているのか?
(ヘッセ『カーネーション』岡田朝雄訳)

愛はそんなものじゃない
(デイヴィス・グラッブ『月を盗んだ少年』柿沼瑛子訳)

もともとの本質からして愛が永続するはずがない
(リサ・タトル『きず』幹 遙子訳)

もちろんさ。
(アイザック・アシモフ『ミクロの決死圏』5、高橋泰邦訳)

もちろんよ。
(ヘンリー・ジェイムズ『エドマンド・オーム卿』平井呈一訳)

だけど、まず最初に、もう一度夢を見なければならない
(イアン・マクドナルド『キャサリン・ホイール(タルジスの聖女)』古沢嘉通訳)

真に肝要なるは完成することであって完成ではなかった。
(岡倉覚三『茶の本』第二章、村岡 博訳)

どんな秘密も、そこへ至る道ほどの値うちはないのですよ。
(ゲルハルト・ケップフ『ふくろうの眼』第二十二章、園田みどり訳)

きみは実在しているものについて語る、セヴェリアン。
(ジーン・ウルフ『新しい太陽のウールス』50、岡部宏之訳)

こうして、きみはまだ実在しているものを保持しているんだよ。
(ジーン・ウルフ『新しい太陽のウールス』50、岡部宏之訳)

創造者がどれだけ多くのものを被造物と分かちもっているか、
(トマス・M・ディッシュ『M・D』下・第五部・67、松本剛史訳)

今、わたしの存在を維持しているのはだれか?
(ジーン・ウルフ『新しい太陽のウールス』50、岡部宏之訳)

あるひとつの思考は、どのくらいの時間、持続するものなのだろうか?
(ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』12、菅野昭正訳)

人間の精神は、ほんのわずかのあいだしか、ひとつの考えに、とどまっていることをしない
(アーサー・C・クラーク『銀河帝国の崩壊』10、井上 勇訳)

瞬間的でしかない意識
(ブライアン・オールディス『橋の上の男』井上一夫訳)

心はひとりでに動いてしまう。
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の子供たち』第1巻、矢野 徹訳)

運動は一切の生命の源である。
(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』「繪の本」から、杉浦明平訳)

言葉同士がぶつかり、くっつきあう。
(ルーディ・ラッカー『ホワイト・ライト』第四部・22、黒丸 尚訳)

ああ、これがあらゆることのもとだったんだ。
(アントニイ・バージェス『ビアドのローマの女たち』7、大社淑子訳)

変化だけがわたしを満足させる。
(モンテーニュ『エセー』第III巻・第9章、荒木昭太郎訳)

結局、精神構造とは、一個の複雑な出来事ではなかろうか?
(バリントン・J・ベイリー『王様の家来がみんな寄っても』浅倉久志訳)

世界中で価値のあるものはただひとつ、活動的な魂です。
(エマソン『アメリカの学者』酒本雅之訳)

大切なのは活発に動くことだ。
(D・G・コンプトン『人生ゲーム』2、斎藤数衛訳)

ぼくたちのバスは止まる、
(ジャック・フィニイ『失踪人名簿』福島正実訳)

私たちは言葉や指でさし示すことによってだんだん世界をわがものとしてゆく、
(リルケ『オルフォイスに寄せるソネット』第一部・16、高安国世訳)

人は手に触れるもの、愛するもの、夢見るものばかりではなく、
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

恐れ、拒否するものさえも祝福できるようにならなければいけないということだ。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

わたしが目にしているのはなにか?
(ロバート・シルヴァーバーグ『予言者トーマス』4、佐藤高子訳)

水はたえず流れ去るが、イメージ自体は消えることがない。
(ウィリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』IV、宇野利泰訳)

別の道
(マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』第三部・21、嶋田洋一訳)

べつの場所
(アルフレッド・ベスター『願い星、叶い星』中村 融訳)

別の物語
(リチャード・コールダー『デッドボーイズ』第5章、増田まもる訳)

無数の名前を記録する
(イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』I 都市と記号1、米川良夫訳)

自我、自我、自我。
(ロバート・シルヴァーバーグ『内死』17、中村保男・大谷豪見訳)

精神的引力はさまざまな出来事を自分のところへ惹きつける
(フィリップ・ホセ・ファーマー『気まぐれな仮面』20、宇佐川晶子訳)

蜜蜂は蜜の収集家である。
(バリントン・J・ベイリー『知識の蜜蜂』岡部宏之訳)

ナポレオンの象徴は、ハチだった
(ベルナール・ウェルベル『蟻』第2部、小中陽太郎・森山 隆訳)

詩人というものは、
(ジャック・ヴァンス『愛の宮殿』8、浅倉久志訳)

蜜蜂の運命をもつ者なのだ。
(『デモクリトス断片』227、廣川洋一訳)

この蜂たちは一匹ずつごくわずかにちがう蜂蜜のしずくをもって帰ってくる
(ジェラルド・カーシュ『不死身の伍長』小川 隆訳)

口のなかは、花や蜜や花粉でいっぱいだ。
(T・J・バス『神鯨』10、日夏 響訳)

どこかで、蜂のとんでいるようなぶんぶんいう音がしている。いつもこの音だ。
(トーマス・M・ディッシュ『虚像のエコー』4、中桐雅夫訳)

多くの響きでありながら一つに聞こえる、
(シェイクスピア『ソネット8』高松雄一訳)

蜂の巣のなかの完全共同作業。
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?』伊藤典夫訳)

蜂蜜といっても、巣によってそれぞれちがう
(ジェラルド・カーシュ『不死身の伍長』小川 隆訳)

せっせと蜜を集めては、
厄介な詩を作っている
(ホラティウス『歌集』第四巻・二、鈴木一郎訳)

蜜蜂が勝手にあんなものを作るのである
(稲垣足穂『放熱器』)

さ、あの音楽をお聴き。
(シェイクスピア『ヴェニスの商人』第五幕・第一場、中野好夫訳)

しかし
(ノヴァーリス『対話・独白』今泉文子訳)

人類は客観的事実に縛られてはいない。
(フレデリック・ポール『マン・プラス』3、矢野 徹訳)

頭のなかには現実の場所よりも
はるかに多くの回廊がある
(エミリ・ディキンスン『作品六七〇』新倉俊一訳)

偽の記憶
(ハリイ・ハリスン『ステンレス・スチール・ラットの復讐』17、那岐 大訳)

架空の記憶
(J・G・バラード『ある日の午後御、突然に』伊藤 哲訳)

記憶というものはなんと二股の働きをするものだろう。一方では現わし、他方では隠す。
(ハリイ・ハリスン『ステンレス・スチール・ラットの復讐』4、那岐 大訳)

記憶というものも、それの不完全さということがやはり天の恵みなのだ。
(ウィル・ワーシントン『プレニチュード』井上一夫訳)

二すじに割れた水も手の背後ではまたひとつに結び合う。
(エマソン『償い』酒本雅之訳)

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢わむとぞ思ふ
(崇徳院『詞花集』恋)

魂の流出は、幸福である、ここには幸福がある、
(ホイットマン『大道の歌』8、木島 始訳)

なにも知らないことを心から楽しんでいた。自分の無知が彼を興奮させた。
(ロバート・シェクリー『トリップアウト』4、酒匂真理子訳)

つまり、学ぶことがたくさんあるということだ。
(ロバート・シェクリー『トリップアウト』4、酒匂真理子訳)

一つの現実からもう一つの現実へと
(シオドア・スタージョン『[ウィジェット]と[ワジェット]とボブ』7、若島 正訳)

名前はさらなる名前へと、どんどん遡る、最後には名前のない者へと。
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の大聖堂』第3巻、矢野 徹訳)

すべてがはじまる場所へ。
(コードウェイナー・スミス『クラウン・タウンの死婦人』1、伊藤典夫訳)

バスはいつもと違うコースをとった。
(リサ・タトル『きず』幹 遙子訳)

きみはまたぼくと会うことになる
(ジェイムズ・P・ブレイロック『ホムンクルス』4、友枝康子訳)

あるいは、その逆か
(アヴラム・デイヴィッドスン『眠れる美女ポリー・チャームズ』古屋美登里訳)

あらゆるものは、始まったところにもどるもの
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』2、深町真理子訳)

「愛」が覚えている先の一瞥(いちべつ)のごとく、
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』第二幕・第五場、石川重俊訳)

いまぼくはあの数瞬間をふたたび発見し、それがきみを永遠にぼくに結びつけているのだ。
(ビュトール『時間割』第四部・四、清水 徹訳)

映像また映像がたわむところ
(チャールズ・トムリンソン『水の上に』土岐恒二訳)

夢はうごいている。
(サンドバーグ『赤い銃のあいだで』安藤一郎訳)

眠っているあいだも、頭ははたらいている。
(ロバート・ブロック『死の収穫者』白石 朗訳)

寝ている間も脳は動いているんだわ。
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

眠ることのない潜在意識
(アーサー・C・クラーク『犬の星』南山 宏訳)

一人の人間の夢は、万人の記憶の一部なのだ。
(J・L・ボルヘス『マルティン・フィエロ』鼓 直訳)

われわれ人間は夢と同じもので作られている。
(シェイクスピア『テンペスト』第四幕・第一場、伊東杏里訳)

「夢」が知となる。
(ポール・ヴァレリー『海辺の墓地』安藤元雄訳)

心の中では数々の夢が力を持っている。
(ヴァジニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)

夢がまちがってることだってあるのよ
(チャールズ・ブコウスキー『狂った生きもの』青野 聰訳)

間違っているかどうかなんて、そんなことが問題じゃないんだ、
(トンマーゾ・ランドルフィ『幽霊』米川良夫訳)

絶対に間違いのないようにするなんてことは、何の役にも立ちはしない、
(トンマーゾ・ランドルフィ『幽霊』米川良夫訳)

人生にはなにか見落としているものや自分の知らないものがあるのだろうか?
(アンナ・カヴァン『愛の渇き』5、大谷真理子訳)

われわれのかかわりを持つものが、すべてわれわれに向かって道を説く。
(エマソン『自然』五、酒本雅之訳)

その構造を知ること。
(クリフォード・D・シマック『宇宙からの訪問者』32、峰岸 久訳)

構造?
(スティーヴン・バクスター『虚空のリング』上・第二部・9、小木曽絢子訳)

啓示の瞬間が長く続くことはない。たちまちのうちにまたいつもの見方にとらわれてしまう。
(ロバート・シェクリー『隣は何をする人ぞ』米村秀雄訳)

別の雲。
(コードウェイナー・スミス『アルファ・ラルファ大通り』浅倉久志訳)

別の曲
(ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ『砂漠の音楽』原 成吉・江田孝臣訳)

人間の通性が不意に稀有なものとなる。
(ジェフリー・ヒル『小黙示録』富士川義之訳)

万物に輝きと昂揚を与えるこの魂
(エマソン『霊の法則』酒本雅之訳)

われわれの内部にあっては情感であるあの魂が、外部にあれば法則となる。
(エマソン『償い』酒本雅之訳)

昼がなければ夜もあるまい
(ロバート・シルヴァーバーグ『大地への下降』12、中村保男訳)

考えれば気づいたはずのこと
(アン・マキャフリイ『クリスタル・シンガー』5、浅羽莢子訳)

夜には昼に教えることがたくさんある
(レイ・ブラッドベリ『趣味の問題』中村 融訳)

太陽は昼をつくる、諸惑星がめいめいの夜をつくるのだ。
(ブライアン・W・オールディス『銀河は砂粒のように』4、中桐雅夫訳)

われわれの内部にあっては情感であるあの魂が、外部にあれば法則となる。
(エマソン『償い』酒本雅之訳)

自我という公式(、、)を発展させること。
(ノヴァーリス『一般草稿』[639]、今泉文子訳)

だが、
(アルジス・バドリス『隠れ家』浅倉久志訳)

法則に支配される創造性というようなものはないのだぞ
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第1巻、矢野徹訳)

生きるって、感情よ。愛するって、感情なのよ。
(P・D・ジェイムズ『策謀と欲望』第一章・8、青木久恵訳)

もともとの本質からして愛が永続するはずがない
(リサ・タトル『きず』幹 遙子訳)

愛はたえずとびまわらなければならぬ。
(ノヴァーリス『青い花』遺稿、青山隆夫訳)

すべては同じようにはかなく移ろいやすいものだ。
(サバト『英雄たちと墓』第II部・IV、安藤哲行訳)

少なくともそのために、束の間のものを普遍化するために書く。たぶん、それは愛。
(サバト『英雄たちと墓』第II部・IV、安藤哲行訳)

愛の驚き、
(ハート・クレイン『橋』四、ハテラス岬、東 雄一郎訳)

驚きあってこその人生ではないか。
(デイヴィッド・ブリン『スタータイド・ライジング』上・第三部・32、酒井昭伸訳)

varietas delectat.
變化は人を〓ばす。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

変化は嬉しいものなのだ。
(ホラティウス『歌集』第三巻・二九、鈴木一郎訳)

人生を意義あるものにしてくれるのは、危うさだ。人生という地雷源を躍りぬけること。
(ジャック・ウォマック『ヒーザーン』1、黒丸 尚訳)

わたしたちは、わたしたちを知らぬ多くのものによってつくられているのではないかしら。
(ヴァレリー『ムッシュー・テスト』友の手紙、清水 徹訳)

だからこそ、わたしたちはわたしたち自身を知らないのだ。
(ヴァレリー『ムッシュー・テスト』友の手紙、清水 徹訳)

言葉が不可解だというのは、言葉自身がみずからを理解せず、また理解しようとも思っていないからだ。
(ノヴァーリス『サイスの弟子たち』一、今泉文子訳)

よく見るのだ。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

人生を楽しむ秘訣は、細部に注意を払うこと。
(シオドア・スタージョン『君微笑めば』大森 望訳)

知覚されないかぎり何一つ存在できない。もし一瞬でも知覚をしくじると、それは永遠に消え去ってしまう
(R・A・ラファティ『宇宙舟歌』第四章、柳下毅一郎訳)

人生のあらゆる瞬間はかならずなにかを物語っている、
(ジェイムズ・エルロイ『キラー・オン・ザ・ロード』四・16、小林宏明訳)

表現者は、あらゆることが表現でき、また表現しようと思わなければならない。
(ノヴァーリス『花粉』25、今泉文子訳)

思考はあらゆるものを、利用可能なものに変える。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

自分の作り出すものであって初めて見えもする。
(エマソン『霊の法則』酒本雅之訳)

経験や行為は場面や戦慄となって表現されるのである。
(オリバー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』第三部・15、高見幸郎・金沢泰子訳)

なぜ人は、互いに話がしたいのかしら? つまり人は、相手のどんなことを、いつも知りたいと思うものなの?
(シャーリイ・ジャクスン『たたり』第六章・1、渡辺庸子訳)

いったい人間を理解するすべなどあるのだろうか?
(R・A・ラファティ『悪魔は死んだ』第十九章、井上 央訳)

じっくりと観察すること、それがアーティストにとっての至上命題であることはいうまでもない。
(アン・ビーティ『ウィルの肖像』ジョディ・9、亀井よし子訳)

生きて、読んで、考えることだ。
(ナボコフ『賜物』第4章、沼野充義訳)

考えよ。たえず考えるんだ。いろいろなことを。
(レイ・ブラッドベリ『浅黒い顔、金色の目』一ノ瀬直二訳)

人間についてのすべてのことはわからなくても、すべての人間がわかってくるよ
(R・A・ラファティ『一切衆生』浅倉久志訳)

世界というのは一つだけではないのですよ。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『紫年金の遊蕩者たち』大和田 始訳)

コーヒーのお代りは?
(ロジャー・ゼズニイ『ドリームマスター』1、浅倉久志訳)

コーヒー?
(ロバート・B・パーカー『約束の地』12、菊池 光訳)

だって、
(コレット『青い麦』一五、堀口大學訳、読点加筆)

コーヒーを飲むまでは、機嫌が悪いんだもの。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『デイワールド』8、大西 憲訳)

愛するとは受け取ることの極致である。
(シオドア・スタージョン『一角獣の泉』小笠原豊樹訳)

in omnibus caritas. 
萬事において愛。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

すべてのものが
(バリントン・J・ベイリー『ロボットの魂』6、大森 望訳)

わたしという
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』11、岡部宏之訳)

存在になる
(ブライアン・W・オールディス『銀河は砂粒のごとく』5、中桐雅夫訳)

作りうる組合せは無数にあり、その大部分はぜんぜん的外(まとはず)れのものである。
(E・T・ベル『数学をつくった人びとIII』28、田中 勇・銀林 浩訳)

無用な組合せを避け、ほんの少数の有用な組合わせを作ること、これこそが創造するということなのである。
(E・T・ベル『数学をつくった人びとIII』28、田中 勇・銀林 浩訳)

発見とは、識別であり選択である。
(E・T・ベル『数学をつくった人びとIII』28、田中 勇・銀林 浩訳)

とらえがたい選択こそが、成功の秘訣であることを知らない芸術家が一人でもいるだろうか。
(E・T・ベル『数学をつくった人びとIII』28、田中 勇・銀林 浩訳)

創造性とは、関係の存在しないところに関係を見出す能力にほかならない。
(トマス・M・ディッシュ『334』ソクラテスの死・4、増田まもる訳)

世界は、必ずしもわれわれに意味を与えてくれてはいない。
(サミュエル・R・ディレイニー『ノヴァ』5、伊藤典夫訳)

あるものにとっての知恵は、他のものの知恵ではありません。
(リチャード・カウパー『クローン』34、鈴木 晶訳)

詩はつねに新しい関係をもとめる。
(ウォレス・スティヴンズ『アデージア』片桐ユズル訳)

新しいものはいい
(ジェローム・ビクスビー『日々是好日』矢野浩三郎訳)

目に映るすべてのものが新しいとでもいうように、
(バリントン・J・ベイリー『ロボットの魂』6、大森 望訳)

意味が新しくなる。
(ポール・ヴァレリー『ムッシュー・テストと劇場で』清水 徹訳)

驚かされる(、、、、、)こと、新しいものを生じさせること、それこそ(、、、、)、わたしが最も欲していることなのだ
(フランク・ハーバート『デューン砂漠の神皇帝』第1巻、矢野 徹訳)

自分の気持ちを憶えているかね?
(ジョン・クリストファー『トリポッド 3 潜入』1、中原尚哉訳)

むかしというのはいろんな出来事がよく迷子になるところでね
(ロバート・ホールドストック『アースウィンド』4、島岡潤平訳)

ぼくらは人生に迷い子となるが、人生はぼくらの居所を知っている。
(ジョン・アッシュベリー『更に快い冒険』佐藤紘彰訳)

論理的には全世界が自分の名前になるということが理解できるか?
(イアン・ワトスン『乳のごとききみの血潮』野村芳夫訳)

この世界が、自分自身なのだ
(ウィリアム・バロウズ『ノヴァ急報』諏訪 優訳)

失われるものは何もなく、役に立たないものもない。
(マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』第三部・21、嶋田洋一訳)

おれのしてきたすべてのことが、視線も、息も、ことごとく輝き、巨大に、無限におれ自身になる。
(マイケル・マーシャル・スミス『スペアーズ』第三部・21、嶋田洋一訳)

やがて世界中すべてが、わたしの声と顔、そして手触りに満ちる。
(シオドア・スタージョン『闇の間近で』樋口真理訳)

人間が自らを理解すること、人生のあらゆる瞬間を静かな喜びでもって豊かにすること──
(エドモンド・ハミルトン『虚空の遺産』20、安田 均訳)

これこそ、われわれの真の目標だ。
(エドモンド・ハミルトン『虚空の遺産』20、安田 均訳)

そして人生は生きるためにある。
(P・D・ジェイムズ『わが職業は死』第三部・2、青木久恵訳)

まだコーヒーが残ってるかな?
(クリフォード・D・シマック『宇宙からの訪問者』4、峰岸 久訳)

サンドイッチも残ってる
(クリフォード・D・シマック『宇宙からの訪問者』4、峰岸 久訳)

感情にいい悪いはないよ。感じるものは感じるんだよ。
(P・D・ジェイムズ『原罪』第二章・24、青木久恵訳)

世界は結局、心情(、、)になるのではないか。
(ノヴァーリス『断章と研究 1799-1800』[577]、今泉文子訳)

正しく質問すれば答えは得られたも同然、
(シオドア・スタージョン『ゆるやかな彫刻』伊藤典夫訳)

重要な答えはすべて自己に関係があるものだからね。
(ルーシャス・シェパード『ぼくたちの暮らしの終わり』小川 隆訳)

なにもかもがそこにある。
(ロバート・シルヴァーバーグ『内側の世界』6、大久保そりや・小川みよ訳)

信行のことを思った。
(志賀直哉『暗夜行路』第一・二)

で、彼を愛していた?
(ジョン・ヴァーリイ『ブルー・シャンペン』浅倉久志訳)

愛情だろうか。敢えて愛情と呼べるだろうか?
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I・〔1〕・V、鈴木克昌訳)

そして恋は? あれは果して恋だったのだろうか?
(W・M・ミラー・ジュニア『時代おくれの名優』志摩 隆訳)

幸せだったのだろうか?
(サバト『英雄たちと墓』第I部・20、安藤哲行訳)

"愛"とか"欲望"とか呼ぶものがどこから生まれるかは、だれにもわからない。
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』26、岡部宏之訳)

単純な答えなどない。はげしく誰かを愛しながら、きらうこともできる。
(アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』第二部・14、中田耕治訳)

幸せな苦痛だった、いまでもそうだ、
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』第三幕・第四場、石川重俊訳)

忘れたことなんかないさ。
(ジェイムズ・P・ブレイロック『リバイアサン』第三部・16、友枝康子訳)

今でもきみのことを夢に見るよ。
(ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』3、内田昌之訳)

きみはまたぼくと会うことになる
(ジェイムズ・P・ブレイロック『ホムンクルス』4、友枝康子訳)

夢のひとつさ。
(アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』浅倉久志訳)

憎しみこそこの世でもっとも破壊的な力だと人は言うだろう。
(P・D・ジェイムズ『わが職業は死』第四部・1、青木久恵訳)

だが、そんなことを信じてはいかん。一番破壊的なのは愛さ。
(P・D・ジェイムズ『わが職業は死』第四部・1、青木久恵訳)

みんな自分の亡ぼすものを愛している。
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』4、岡部宏之訳)

愛することを怖れる必要はないとわかるまで、どうしてこんなに時間がかかったのだろう。
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第三部・7、青木久恵訳)

いいえ。あなたは私と同じよ。愛し方を知らないわ。
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第三部・8、青木久恵訳)

さあ、教えてくれ。
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』22、岡部宏之訳)

この苦しみは、いったいいつまで続くのか?
(アンナ・カヴァン『召喚』山田和子訳)

大体苦しみのない愛情が存在すると思う方がおかしい。
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第三部・11、青木久恵訳)

迷うことはない。
(シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』大久保 譲訳)

愛して
(ジョン・ヴァーリイ『ブルー・シャンペン』浅倉久志訳)

憎む相手を見つけるのだ。そうすればすぐに自分を取り戻せる。
(オーエン・コルファー『新銀河ヒッチハイク・ガイド』下・第11章、安原和見訳)

そしておまえたちにさらなる裏切りの機会をあたえるのか?
(リチャード・コールダー『デッドボーイズ』第4章、増田まもる訳)

裏切りは裏切りを生む、
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)

裏切りには裏切りが返ってくる
(ヴォンダ・N・マッキンタイア『太陽の王と月の妖獣』下・29、幹 遙子訳)

偽の光
(ジョン・スラデック『非12月』越智道雄訳)

いまは偽の光以外なにひとつ残ってはいない。
(ジョン・スラデック『非12月』越智道雄訳)

期待のもたらす苦い味を嚙みしめているのだ
(コルタサル『悪魔の涎』木村榮一訳)

それは苦痛をもたらすが、同時に知恵をも生むのだ。
(グレゴリイ・ベンフォード『光の潮流』上・第二部・7、山高 昭訳)

定義し理解するためには定義され理解されるものの外にいなければならない
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・28、土岐恒二訳)

ぼくも以前は金魚鉢が大好きでした。
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・25、土岐恒二訳)

詩はもっぱらペンによる所産、一連のイマージュと音との集まりではなく、ひとつの生き方(、、、、、、、)である。
(トリスタン・ツァラ『詩の堰』シュルレアリスムと戦後、宮原庸太郎訳)

それは矛盾しているためにかえって真実そのものに違いなかった。
(コルターサル『石蹴り遊び』向う側から・9、土岐恒二訳)

大半の真理は循環パラドックスでしか表現されえない、
(オースン・スコット・カード『死者の代弁者』下・18、塚本淳二訳)

原因も結果も、ひとつの事実にそなわる二つの側面なのだ。
(エマソン『円』酒本雅之訳)

人間はみんな同一じゃない。
(ポール・アンダースン『タウ・ゼロ』12、浅倉久志訳)

それぞれ異なることばを聞いたのね、わたしたち
(グレッグ・ベア『ナイトランド──<冠毛>の一神話』4、酒井昭伸訳)

それがあなたの魂の夢なのね、
(ブライアン・オールディス『子供の消えた惑星』5、深町真理子訳)

これがぼくの魂なんだよ
(イアン・ワトスン『我が魂は金魚鉢の中を泳ぎ』美濃 透訳)

夢はいつまでもつきまとう。
(シオドア・スタージョン『火星人と脳なし』霜島義明訳)

それは夢ではなかったのだよ
(ストルガツキー兄弟『神様はつらい』4、太田多耕訳)

裏切りに基づく生は生とはいえない。
(ノサック『ルキウス・エウリヌスの遺書』圓子修平訳)

裏切りは人間の本性ではなかったかな?
(ソムトウ・スチャリトクル『スターシップと俳句』第一部・7、冬川 亘訳)

私たちの魂は裏切りによって生きている。
(リルケ『東洋風のきぬぎぬの歌』高安国世訳)

だれもが自分を裏切るんだ
(コニー・ウィリス『リメイク』大森 望訳)

花から花へ
(テニスン『イン・メモリアム』22、入江直祐訳)

指一本で花にさわってみる。
(ナンシー・クレス『ベガーズ・イン・スペース』2、金子 司訳)

すべてがもとどおりになる。
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』4、岡部宏之訳)

花はみんな約束を果たす。
(ナンシー・クレス『ベガーズ・イン・スペース』2、金子 司訳)

どう、この花は?
(ジェフリイ・コンヴィッツ『悪魔の見張り』8、高橋 豊訳)

いったいなんという花なのだろう?
(ゼナ・ヘンダースン『血は異ならず』知らずして御(み)使(つか)いは舎(やど)したり、宇佐川晶子訳)

この花びら!
(レイ・ブラッドベリ『浅黒い顔、金色の目』一ノ瀬直二訳)

この花たちに目を覚まされたのか?
(J・G・バラード『夢幻社会』22、増田まもる訳)

これほど愚かな花もないだろう。
(ナボコフ『賜物』第3章、沼野充義訳)

思いだしたかい?
(ピーター・フィリップス『夢は神聖』浅倉久志訳)

ああ、
(レイ・ブラッドベリ『メランコリイの妙薬』吉田誠一訳)

そうだ、
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』第三幕・第四場、石川重俊訳)

幾つもの名前のことを思いだした。
(レイ・ブラッドベリ『浅黒い顔、金色の目』一ノ瀬直二訳)

どれもこれも昔の思い出につながっていたのだ。
(ノヴァーリス『青い花』第二部、青山隆夫訳)

しかし、
(デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』下・第三部・49、酒井昭伸訳)

以前知らなかった一つの存在を認識したために思考が豊かになっているので、
(ノサック『滅亡』神品芳夫訳)

心が新しい感覚で鋭くなっていった。
(イアン・ワトスン『アイダホがダイヴしたとき』黒丸 尚訳)

あらゆるものがわれわれに向かって流れ込んでくるように見える
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

今まで忘れていたことが思い出され、頭の中で次から次へと鎖の和のようにつながっていく。
(ポール・アンダースン『脳波』2、林 克己訳)

きみの中で眠っていたもの、潜んでいたもののすべてが現われるのだよ。
(フィリップ・K・ディック『銀河の壺直し』5、汀 一弘訳)

何もかも以前とは違って新しくなっているのよ。
(ロバート・シルヴァーバーグ『大地への下降』11、中村保男訳)

すべてのディテールが相互に結びついたヴィジョン。
(R・A・ラファティ『他人の目』2、浅倉久志訳)

あらゆる細部が生き生きしていた。
(R・A・ラファティ『他人の目』2、浅倉久志訳)

この世でひとたび掴み得た一つのものは、多くのものに匹敵しよう。
(リルケ『ドゥイノの悲歌』第七の悲歌、高安国世訳)

芸術のおいて当然栄誉に値するものは、何はさておき勇気である。
(バルザック『従妹ベット』二一、水野 亮訳)

芸術家にとっての限界はたった一つだけで、それはあらゆるもののなかで最も大きなもの、つまり形式です。
(ディラン・トマスの手紙、パメラ・ハンスフォード・ジョンソン宛、一九三三年一〇月一五日、徳永暢三・太田直也訳)

内容は形式として生まれてくるほかない
(オスカー・レルケ『詩の冒険』神品芳夫訳)

重要なのは形式なのである。
(P・D・ジェイムズ『ナイチンゲールの屍衣』第四章・8、隅田たけ子訳)

このような芸術作品に変えられてしまった自分自身の姿をわが目で眺めるというのは、いったいどんな経験なのか。
(ロバート・シルヴァーバーグ『一人の中の二人』7、中村保男訳)

持続する唯一の過去は、そなたの中に言葉によることなく存在する。
(フランク・ハーバート『デューン砂漠の神皇帝』第1巻、矢野 徹訳)

魂の中にほんとうの意味で書きこまれる言葉、
(プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳)

意識からは失われるが、つねに存在する記憶として。
(フランク・ハーバート『デューン砂漠の神皇帝』第2巻、矢野 徹訳)

記憶はあらゆるものを含む
(ジョン・アッシュベリー『波ひとつ』佐藤紘彰訳)

すべての真の詩、すべての真の芸術の起源は無意識にある。
(コリン・ウィルソン『ユング』4、安田一郎訳)

感受性の強い者や想像力のたくましい者は、通常の意識よりも潜在意識を働かせている
(ウィリアム・F・テンプル『恐怖の三角形』若林玲子訳)

芸術は意識と無意識の結婚なのだ。
(ジャン・コクトー『ライターズ・アット・ワーク』より、村岡和子訳)

専門用語に気をつけることよ。それはたいてい無知を隠し、知識を運ばないものだから
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の大聖堂』第3巻、矢野 徹訳)

真の知識にとってなによりも有害なのはあまり明瞭でない知識や言葉を使用することである。
(トルストイ『ことばの日めくり』四月十八日、小沼文彦訳)

何かを知っていると考えるときは、それが学習に対して最も完璧な障壁になるのだ
(フランク・ハーバート『デューン砂漠の神皇帝』第2巻、矢野 徹訳)

<知性>の第一の義務は自己に対する懐疑である。これは自己軽蔑とは別物だ。
(スタニスワフ・レム『虚数』GOLEM XIV、長谷見一雄訳)

創造性とは、関係の存在しないところに関係を見出す能力にほかならない。
(トマス・M・ディッシュ『334』ソクラテスの死・4、増田まもる訳)

ねぇ、きみ、きみは知らねばならないよ、その瞬間に発せられた言葉だけが、あらゆるもののうちで
(ミラン・クンデラ『ハヴェル先生の二十年後』12、沼野充義訳)

もっとも平凡なその瞬間を光で照らし、その瞬間を忘れがたいものにしてくれるんだってことを。
(ミラン・クンデラ『ハヴェル先生の二十年後』12、沼野充義訳)

人生で起こる偶然はみな、われわれが自分の欲するものを作り出すための材料となる。
(『花粉』 66、今泉文子訳)

精神の豊かな人は、人生から多くのものを作り出す。
(『花粉』 66、今泉文子訳)

まったく精神的な人にとっては、どんな知遇、どんな出来事も、無限級数の第一項となり、
(『花粉』 66、今泉文子訳)

終わりなき小説の発端となるだろう。
(『花粉』 66、今泉文子訳)

あらゆるものが芸術になりうるのだ。
(ノヴァーリス『信仰と愛』39、今泉文子訳)

偶然とはなんだと思う?
(グレアム・チャーノック『フルウッド網(ウエツブ)』美濃 透訳)

偶然だって?
(ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』20、菅野昭正訳)

偶然は本質と同じように貴重なのだ
(コルターサル『石蹴り遊び』その他もろもろの側から・133、土岐恒二訳)

人間もまた偶然の存在だ。
(ダン・シモンズ『真夜中のエントロピー・ベッド』嶋田洋一訳)

偶然こそ、私たちの生の偉大な創造者というべき神である。
(プリニウス『博物誌』第二十七巻・第二章、澁澤龍彦訳)

愛とは驚愕のことではないか。
(ジョン・ダン『綴り換え』湯浅信之訳)

人生は驚きの連続だ。
(エマソン『円』酒本雅之訳)

ぶつかることのできる場所のようだ。
(リルケ『黒猫』高安国世訳)

存在の大鍋の中の一瞬のきらめき。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『紫年金の遊蕩者たち』大和田 始訳)

創造の鍋の中から生き残るのはほんのひと握りなんだよ。
(アン・マキャフリイ『竜の夜明け』上・第一部・6、浅羽莢子訳)

新しいものはいい
(ジェローム・ビクスビー『日々是好日』矢野浩三郎訳)

新しい感覚には新しい言葉が必要だ。
(ジュール・ヴェルヌ『地底旅行』29、窪田般弥訳)

つねに先がある。その先にもさらに先がある。
(M・ジョン・ハリスン『ライト』27、小野田和子訳)

絶えず作り直されねばならない。
(ウィリアム・バロウズ『夢の書 わが教育』山形浩生訳)

何度でも生まれ直すんだ。
(ロバート・シルヴァーバーグ『いまひとたびの生』1、佐藤高子訳)

詩はもっぱらペンによる所産、一連のイマージュと音との集まりではなく、ひとつの生き方(、、、、、、、)である。
(トリスタン・ツァラ『詩の堰』シュルレアリスムと戦後、宮原庸太郎訳)

作品と同時に自分を生みだす。というか、自分を生みだすために作品を書くんだ
(オースン・スコット・カード『エンダーの子どもたち』上・4、田中一江訳)

自分自身の感情以上にリアルなものは存在しない。
(フリッツ・ライバー『ジェフを探して』深町眞理子訳)

唯一大事なのは、自分の真実の知覚だ。
(ウィリアム・バロウズ『夢の書 わが教育』山形浩生訳)

生きること、世界のいたるところに自分の苦しむ自我を運びまわること。
(ミラン・クンデラ『不滅』第五部・六、菅野昭正訳)

おそらく、苦悩はつねに最強のものなのだ。
(マルロー『アルテンブルクのくるみの木』シャルトル捕虜収容所、橋本一明訳)

苦しみは人生で出会いうる最良のものである
(プルースト『失われた時を求めて』第六篇・逃げさる女、井上究一郎訳)

魂の他のどんな状態にもまして、悲しみは、人間の性格や運命を深く洞察させる。
(スタール夫人『北方文学と南方文学』加藤晴久訳)

増大する苦痛が苦痛の観察を強いるのです。
(ヴァレリー『テスト氏』テスト氏との一夜、村松 剛・菅野昭正訳)

悲しみは、一回ごとに一つの法則をわれわれにあかすわけではないにしても、
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、井上究一郎訳)

そのたびにわれわれを真実のなかにひきもどし、物事を真剣に解釈するようにさせる
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、井上究一郎訳)

世界はすべての人間を痛めつけるが、のちには多くの人がその痛めつけられた場所で、かえって強くなることもある。
(ヘミングウェイ『武器よさらば』第三四章、鈴木幸夫訳)

苦悩(くるしみ)は祝福されるのだ。
(フロベール『聖アントワヌの誘惑』第三章、渡辺一夫訳)

名前には意味がある。
(オースン・スコット・カード『神の熱い眠り』2、大森 望訳)

いやいや、
(ジェラルド・カーシュ『破滅の種子』西崎 憲訳)

意味はないよ。
(グレゴリイ・ベンフォード『時の迷宮』上・第二部・8、山高 昭訳)

あらゆるものに意味があったのではないかな?
(A・バートラム・チャンドラー『左まわりのネジ』乗越和義訳)

いったいどっちだろうね。
(ジェラルド・カーシュ『狂える花』駒月雅子訳)

もしかしたら世界それ自体に意味がないのかもしれない。
(ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』丹治 愛訳)

意味のあるものはない。ということは意味のあるものは無なのだ。
(ジェフ・ヌーン『未来少女アリス』風見賢二訳)

夢には意味があるって思わない?
(サバト『英雄たちと墓』第I部・17、安藤哲行訳)

あるいはね。
(J・G・バラード『砂の檻』永井 淳訳)

名前っていったい何なのか?
(シェイクスピア『ロミオとジューリエット』第二幕・第二場、平井正穂訳)

なぜ名前をもっていなくちゃいけないと思う?
(ダグラス・アダムス『宇宙の果てのレストラン』29、風見 潤訳)

名前が大事なのかい?
(ジョン・ヴァーリイ『汝、コンピューターの夢』小隅 黎訳)

名前には意味がある。
(オースン・スコット・カード『神の熱い眠り』2、大森 望訳)

意味?
(マイケル・ムアコック『北京交点』6、野口幸夫訳)

名前と結びつけて考える。
(ウィリアム・バロウズ『ダッチ・シュルツ最後のことば』196、山形浩生訳)

名前を持つことが自立した実体として存在することである。
(ベルナール・ウェルベル『蟻』第3部、小中陽太郎・森山 隆訳)

どうしてそんなことがわかる?
(ゴア・ヴィダール『マイラ』36、永井 淳訳)

なんでそんなに名前にこだわるんだ?
(R・A・ラファティ『イースター・ワインに到着』8、越智道雄訳)

ぜんぜん別なことじゃないのかな。
(ゴーゴリ『妖女(ヴィイ)』原 卓也訳)

名前なんかどうでもいい
(シオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』6、鈴木 晶訳)

べつに意味はないんだよ。
(ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』1、内田昌之訳)

何の意味もない。
(ケリー・リンク『しばしの沈黙』柴田元幸訳)

嘘をついているわ。なぜ嘘をつくのかしら?
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)

嘘をつくのは、そうする甲斐があるからさ。
(シェリー・プリースト『ボーンシェイカー』15、市田 泉訳)

りっぱな嘘つきだわ。
(エリス・ピーターズ『聖なる泥棒』7、岡本浜江訳)

永遠に名前を呼びつづける
(エリス・ピーターズ『聖女の遺骨求む』10、大出 健訳)

あのかわいらしいさかなを見なかったの?
(A・E・コッパード『アダムとイヴ』橋本福夫訳)

ああ。覚えてるとも。
(クリフォード・D・シマック『宇宙からの訪問者』33、峰岸 久訳)

名前ない体験のなり止(や)まぬのはなぜだらう
(伊東静雄『田舎道にて』)

感受性の強い者や想像力のたくましい者は、通常の意識よりも潜在意識を働かせている
(ウィリアム・F・テンプル『恐怖の三角形』若林玲子訳)

意識からは失われるが、常に存在する記憶として
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第2巻、矢野徹訳)

意味のないものが
(ブライアン・W・オールディス『暗い光年』10、中桐雅夫訳)

無意識に反復されている
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』4、岡部宏之訳)

それは
(テリー・ビッスン『世界の果てまで何マイル』26、中村 融訳)

潜在意識の雑音よ。
(アーシュラ・K・ル・グイン『定刻よりも大きくゆるやかに』小尾芙佐訳)

無意識というものには、それ自体の論理がある。
(ロバート・A・ハインライン『フライデイ』1、矢野徹訳)

名もなく顔もない生き生きとした一なるもの、
(カトリーヌ・ポッジ『祝詞(アーヴエ)』渋沢孝輔訳)

「貫通するものは一なり。」と芭蕉は言つた。
(川端康成『日本美の展開』)

ああ、これがあらゆることのもとだったんだ。
(アントニイ・バージェス『ビアドのローマの女たち』7、大社淑子訳)

名前はない。
(ギブスン&スターリング『ディファレンス・エンジン』上・第三の反復、黒丸 尚訳)

名前なんてどうだっていいよ
(ダグラス・アダムス『銀河ヒッチハイク・ガイド』16、風見 潤訳)

名前なんてのは、忘れられるものだ。
(ニールス・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』上・23、日暮雅通訳)

いずれ無意識が何かのヒントか、すばらしい啓示をもたらしてくれるかもしれない。
(ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』A面4、嶋田洋一訳)

海は潜在意識とよく似ている。潜在意識そのものかもしれん──
(R・A・ラファティ『みにくい海』伊藤典夫訳)

目を覚ますと、夢が問題を整理してくれている。
(アン・ビーティ『女同士の話』亀井よし子訳)

ああ、意味と無意味が入り混じっている!
(シェイクスピア『リア王』第四幕・第六場、野島秀勝訳)

まさに理解不能な世界こそ──その不合理な周縁ばかりでなく、おそらくその中心においても──
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

意志が力を発揮すべき対象であり、成熟に至る力なのであった。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

一つ一つのものは自分の意味を持っている。
(リルケ『フィレンツェだより』森 有正訳)

その時々、それぞれの場所はその意味を保っている。
(リルケ『フィレンツェだより』森 有正訳)

断片はそれぞれに、そうしたものの性質に従って形を求めた。
(ウィリアム・ギブスン『モナリザ・オーヴァドライヴ』36、黒丸 尚訳)

オリジナルよりもずっとリアルなものに並びかえられたジグソーパズル。
(リチャード・コールダー『デッドガールズ』第七章、増田まもる訳)

肝心なことはね、人生がすごくリアル(、、、)に感じられるようになったことでしてね。
(ジョン・スラデック『平面俯瞰図』越智道雄訳)

文体とは、まさに作家の思考が、現実に対して加える変形のしるしです。
(プルースト『サント=ブーヴに反論する』サント=ブーヴとバルザック、出口裕弘・吉川一義訳)

断片だけがわたしの信頼する唯一の形式。
(ドナルド・バーセルミ『月が見えるだろう?』邦高忠二訳)

首尾一貫など、偉大な魂にはまったくかかわりのないことだ。
(エマソン『自己信頼』酒本雅之訳)

すべて詩の中には本質的な矛盾が存在する。
(アントナン・アルトー『ヘリオガバルス』III、多田智満子訳)

矛盾ほど確実な土台はない
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』8、岡部宏之訳)

まさに理解不能な世界こそ──その不合理な周縁ばかりでなく、
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

おそらくその中心においても──意志が力を発揮すべき対象であり、成熟に至る力なのであった。
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

驚きあってこその人生ではないか。
(デイヴィッド・ブリン『スタータイド・ライジング』上・第三部・32、酒井昭伸訳)

人生はほとんどいつもおもしろいものだ。
(タビサ・キング『スモール・ワールド』5、みき 遥訳)

優れた詩のように
(ジェイムズ・P・ブレイロック『ホムンクルス』2、友枝康子訳)

きみは生きている限り、きみはまさに瞬間だ
(H・G・ウェルズ『解放された世界』第三章・3、浜野 輝訳)

芸術家にとっての限界はたった一つだけで、それはあらゆるもののなかで最も大きなもの、つまり形式です。
(ディラン・トマスの手紙、パメラ・ハンフフォード・ジョンソン宛、一九三三年一〇月一五日、徳永暢三・大田直也訳)

重要なのは形式なのである。
(P・D・ジェイムズ『ナイチンゲールの屍衣』第四章・8、隅田たけ子訳)

世界は新しい形のものだ
(ギブスン&スターリング『ディファレンス・エンジン』上・第二の反復、黒丸 尚訳)

無情も情である
(紫 式部『源氏物語』竹河、与謝野晶子訳)

独創とはくりかえしからの脱出だ。
(ウォレス・スティヴンズ『アデージア』片桐ユズル訳)

内容は形式として生まれてくるほかない
(オスカー・レルケ『詩の冒険』神品芳夫訳)

芸術は感覚の仕事ではなくて、表現の仕事だ。
(ピエール・ルヴェルディ『私の航海日誌』高橋彦明訳)

偶然の成功を増やしていき、(…)それらの成功を結びつける当人が、それらに心をとめ、
(ヴァレリー『『パンセ』の一句を主題とする変奏曲』安井源治訳)

大切にすることが必要である。
(ヴァレリー『『パンセ』の一句を主題とする変奏曲』安井源治訳)

芸術は偶然の終るところに始まる。しかし芸術を富ませるのは偶然が芸術にもたらすすべてのものなのだ。
(ピエール・ルヴェルディ 『私の航海日誌』高橋彦明訳)

しかし
(ノヴァーリス『対話・独白』今泉文子訳)

用心したまえよ、事物のやさしさに、
(ポール・ジャン・トゥーレ『コントリーム』入沢康夫訳)

現実の事物は刺(し)激(げき)が強すぎる。用心しなければならない。
(ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』冨田 彬訳)

光は過剰な秩序であり、致命的なものになり得る。
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)

太陽は人をあざむくからね。
(アントニイ・バージェス『アバ、アバ』4、大社淑子訳)

慣れることと
(アルジス・バドリス『隠れ家』浅倉久志訳)

美は批判力を堕落させる。
(P・D・ジェイムズ『死の味』第三部・4、青木久恵訳)

私らはたえず自分が一度好きになったものにしがみついて、しがみついていることを忠実と考えるけれど、
(ヘッセ『夢の家』岡田朝雄訳)

それは怠惰にすぎない。
(ヘッセ『夢の家』岡田朝雄訳)

我々の思考は発展しなければならないし、同時に保存されなければならない。
(ヴァレリー『精神の危機』恒川邦夫訳)

思考は極端なものによってしか前進しないが、存続するのは平均的なものによってである。
(ヴァレリー『精神の危機』恒川邦夫訳)

事物や存在を支える偶然
(イヴ・ボンヌフォア『詩の行為と場所(抄)』宮川 淳訳)

この世でひとたび掴み得た一つのものは、多くのものに匹敵しよう。
(リルケ『ドゥイノの悲歌』第七の悲歌、高安国世訳)

考えよ、たえず考えるんだ。いろいろなことを。
(レイ・ブラッドベリ『浅黒い顔、金色の目』一ノ瀬直二訳)

詩は存在を救わねばならぬ、ついで、存在がわれわれを救わねばならぬ。
(イヴ・ボンヌフォア『詩の行為と場所(抄)』宮川 淳訳)

生きつづけることであり、幸せに生きること
(フランシス・ポンジュ『プロエーム(抄)』VII、平岡篤頼訳)

一つの現実からもう一つの現実へと
(シオドア・スタージョン『[ウィジェット]と[ワジェット]とボブ』16、若島 正訳)

別の関連の中へ
(リルケ『ドゥイノの悲歌』第九の悲歌、高安国世訳)

ほんの少し視点を変えるだけで、世界はすっかり変貌するのだ。
(ニコラス・グリフィス『スロー・リバー』7、幹 遙子訳)

意味が新しくなる。
(ポール・ヴァレリー『ムッシュウ・テストと劇場で』清水 徹訳)

そうして言葉が世界をつくるのだ。言葉が現実を構築する。
(イアン・ワトスン『星の書』第四部、細美遙子訳)

現実を変えてしまうのさ。
(K・W・ジーター『グラス・ハンマー』黒丸 尚訳)

芸術作品はすべて美しい嘘である。
(スタンダール『ウォルター・スコットと『クレーヴの奥方』』小林 正訳)

といってもそこにはなんらかの真実がある。
(プルースト『失われた時を求めて』第四篇・ソドムとゴモラI、井上究一郎訳)

どんな巧妙な嘘にも、真実は含まれている
(A・E・ヴァン・ヴォクト『スラン』10、浅倉久志訳)

このうえなく深い虚偽からかがやくような新しい真実が生まれるにちがいない、
(ブロッホ『ウェルギリウスの死』第III部、川村二郎訳)

それはわたしをどこまで連れ去るのか?
(ジュール・ヴェルヌ『地底旅行』32、窪田般弥訳)

あらたいへん、ビールを冷やすのを忘れてた。
(イアン・ワトスン『オルガスマシン』第一部、大森 望訳)

サンドイッチ召し上がる?
(ジョン・スラデック『見えないグリーン』10、真野明裕訳)

今日のサンドイッチの具はなに?
(オーエン・コルファー『新銀河ヒッチハイク・ガイド』下・第12章、安原和見訳)

人生を楽しむ秘訣は、細部に注意を払うこと。
(シオドア・スタージョン『君微笑めば』大森 望訳)

観察の正確さは思考の正確さに相当する。
(ウォレス・スティヴンズ『アデージア』片桐ユズル訳)

見ることはまったく能動的な──徹底して形成的な──行為なのだ。
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

細部こそが、すべて
(ブライアン・W・オールディス『三つの謎の物語のための略図』深町眞理子訳)

魂は物質を通さずにはわれわれの物質的な眼に現われることがない
(サバト『英雄たちと墓』第I部・2、安藤哲行訳)

et parvis sua vis. 
小さいものにもそれ自身の力あり。
(『ギリシア・ラテン引用語辭典』)

小さくてつまらないことでも、大きな象徴とおなじように役に立つ。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

法則が表現される際の象徴がつまらないものであるほど、それだけいっそう強烈な力を帯び、
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

人びとの記憶のなかでそれだけ永続的なものになる。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

思考はあらゆるものを、利用可能なものに変える。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

卑猥とさえ思えることも、思考の新しい脈絡(みやくらく)で語られると、輝かしいものとなる。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

おそらく認識や知などはすべて、比較、相似に帰せられるだろう。
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

語りは比喩でなされるし、人間は比喩そのもので、それ以外のなにものでもない。
(R・A・ラファティ『イースターワインに到着』6、越智道雄訳)

相対的なものに極限はない。
(ポール・ヴァレリー『オリエンテム・ウェルスス』恒川邦夫訳)

われわれ人間は、類似性や対比や関係を見出すことで、自分たちの周囲のものを、
(コニー・ウィリス『航路』下・第II部・承前・34、大森 望訳)

自分が経験したことを、自分自身を理解しようとする。われわれはそれをやめられない。
(コニー・ウィリス『航路』下・第II部・承前・34、大森 望訳)

いたるところに類似を読みとろうとする
(ロジェ・カイヨワ『妖精物語からSFへ』第三部・二、三好郁朗訳)

類似が明確であればあるほど、陶酔も一層大きなものとなる。
(ロジェ・カイヨワ『妖精物語からSFへ』第三部・一、三好郁朗訳)

魂には、自己を増大させる比率(ロゴス)がそなわっている。
(『ヘラクレイトス断片』115、廣川洋一訳)

すべてはこのロゴスにしたがって生じている
(『ヘラクレイトス断片』1、廣川洋一訳)

それは精神幾何学である、なんとなれば、宇宙に対するわれわれの比例感を定義するから。
(岡倉覚三『茶の本』第一章、村岡 博訳))

相対的なものに極限はない。
(ポール・ヴァレリー『オリエンテム・ウェルスス』恒川邦夫訳)

巧みに世界を縮小することが可能であればあるほど、私たちは一層確実に世界を所有する。
(澁澤龍彦『胡桃(くるみ)の中の世界』)

聖テレサが、魚は海に、そして海は魚の中にあると言ったように
(ジョアナ・ラス『フィーメール・マン』第七部・V、友枝康子訳)

我々の内部にあるものは、やはりつねに我々の外側にもあるんだ。
(トンマーゾ・ランドルフィ『ころころ』米川良夫訳)

個人は全体のなかに生き、全体は個人のなかに生きる。
(ノヴァーリス『断章と研究 一七九八年』今泉文子訳)

抽象的なことを身近な体験に凝縮(ぎようしゆく)することだ。
(ルーディ・ラッカー『ホワイト・ライト』第二部・10、黒丸 尚訳)

ぼくは自分が理解しようと努めていたこと、探し求めていた凝縮を、正確に捉(とら)えようとする。
(ルーディ・ラッカー『ホワイト・ライト』第二部・10、黒丸 尚訳)

本質的に小さなもの。それは芸術家の求めるものよ
(フランク・ハーバート『デューン砂丘の大聖堂』第2巻、矢野 徹訳)

もっといろいろ見たいだろう?
(ロジャー・ゼラズニイ『ドリームマスター』3、浅倉久志訳)

プーははにかんで小さなおちんちんをつかんだ。
(オーガステン・バロウズ『ハサミを持って突っ走る』青野 聰訳)

こんなに小さいのははじめてだ。
(ジョン・ヴァーリイ『ウィザード』下・40、小野田和子御訳)

そうした幸せは、まさしく小さなものであるからこそ存在しているのだ
(サバト『英雄たちと墓』第II部・4、安藤哲行訳)

芸術において当然栄誉に値するものは、何はさておき勇気である。
(バルザック『従妹ベット』二一、清水 亮訳)

人間とは一体何だろう?
(ミロスラフ・イサコーヴィチ『消失』波津博明訳)

人間がその死性を免れる道は、笑いと絆を通してでしかない。それら二つの大いなる慰め。
(グレゴリイ・ベンフォード『輝く永遠への航海』下・第六部・5、冬川 亘訳)

なぜ二つなんだ?
(フィリップ・ホセ・ファーマー『異世界の門』7、浅倉久志訳)

その二つはちがうの?
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』囚われびと、深町真理子訳)

同じことさ。
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I〔1〕IV、鈴木克昌訳)

同じではない。
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の異端者』第2巻、矢野 徹訳)

どちらでもいいさ。
(ダン・シモンズ『ハイペリオンの没落』上・第二部・20、酒井昭伸訳)

異なってはいるが本質的には同じ二つの世界
(P・D・ジェイムズ『ある殺意』4、山室まりや訳)

だいじなのはそれだけだ。
(デイヴィッド・B・シルヴァ『兄弟』1、白石 朗訳)

だが、それだけのこと。
(トマス・テッシアー『ブランカ』添野知生訳)

きみはそれを知っている人間のひとりかね?
(ノーマン・マイラー『鹿の園』第六部・28、山西英一訳)

多くの名前が人間の夜をつぶやく
(ウィリアム・バロウズ『爆発した切符』シャッフル・カット、飯田隆昭訳)

魚も泣くことができるのかしら?
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I〔1〕I、鈴木克晶訳)

「ハンカチいるか」類猿人が言った。
(ロバート・ブロック『ノーク博士の謎の島』大瀧啓裕訳)

魚が水をどんな名前で意識するというのだ?
(フレッド・セイバーヘイゲン『ゲーム』浅倉久志訳)

「ハンカチ貸そうか?」と類猿人は言った。
(ロバート・ブロック『ノーク博士の島』伊藤典夫訳)

このハンカチを使えよ、さあ
(ジョン・ベリマン『76 ヘンリーの告白』澤崎順之助訳)

しわくちゃのハンカチ。
(ブライアン・W・オールディス『世界Aの報告』第一部・1、大和田 始訳)

宇宙は小さなハンカチでしかなかった。
(ブライアン・W・オールディス『ああ、わが麗しの月よ!』浅倉久志訳)

なんのための芸術か?
(ホフマンスタール『一人の死者の影が……』川村二郎訳)

作家は文学を破壊するためでなかったらいったい何のために奉仕するんだい?
(コルターサル『石蹴り遊び』その他もろもろの側から・99、土岐恒二訳)

言葉以外の何を使って、嫌悪する世界を消しさり、愛しうる世界を創りだせるというのか?
(フエンテス『脱皮』第三部、内田吉彦訳)

あらゆる表現は対比的なもののなかにおかれ、自由に結合することが、詩人を無制約なものにする。
(ノヴァーリス『断章と研究799-1800』[705]、今泉文子訳)

文体とは、まさに作家の思考が、現実に対して加える変形のしるしです。
(プルースト『サント=ブーヴに反論する』サント・ブーヴとバルザック、出口裕弘・吉川一義訳)

芸術家の技芸(わざ)とは、自分の道具をあらゆるものにあてがい、世界を自分流に写しとる能力にほかならない。
(ノヴァーリス『サイスの弟子たち』二、今泉文子訳)

優れた詩のように
(ジェイムズ・P・ブレイロック『ホムンクルス』2、友枝康子訳)

詩人というものは、
(ジャック・ヴァンス『愛の宮殿』8、浅倉久志訳)

他の人の人生に意味を与える
(レイナルド・アレナス『夜になるまえに』レサマ=リマ、安藤哲行訳)

ばかばかしい
(フィリップ・ホセ・ファーマー『気まぐれな仮面』5、宇佐川晶子訳)

くだらない人生だけどね、
(ガルシア=マルケス『族長の秋』鼓 直訳)

詩人の人生なんてのは糞溜めみたいなもんなんだよ
(チャールズ・ブコウスキー『詩人の人生なんてろくでもない』青野 聰訳)

数えきれない詩を書いているんだよ。
(フィッツ=ジェイムズ・オブライエン『手から口へ』大瀧啓裕訳)

書くことによって時間を現実のものとする
(グレゴリイ・ベンフォード『ミー/デイズ』大野万紀訳)

場所を
(デイヴィッド・ブリン『有意水準の石』中原尚哉訳)

出来事を
(マイクル・スワンウィック『大潮の道』14、小川 隆訳)

自分の感情を
(ゴア・ヴィダール『マイラ』30、永井 淳訳)

意識が連続性を保とうとするのは自然なことよ。
(ケン・マクラウド『ニュートンズ・ウェイク』B面12、嶋田洋一訳)

どんな人間の言葉も真実ではない。
(ペール・ラーゲルクヴィスト『星空の下で』山室 静訳)

ぼくだってどこに真実があるかなんて知っちゃいないさ。
(コルターサル『石蹴り遊び』41、土岐恒二訳)

そも人間の愛にそれほど真実がこもっているのだろうか。
(エミリ・ブロンテ『いざ、ともに歩もう』松村達雄訳)

言葉は虚偽だ。
(ヴァージニア・ウルフ『波』鈴木幸夫訳)

詩は優雅で空虚な欺瞞だった。
(ルーシャス・シェパード『緑の瞳』4、友枝康子訳)

で、
(ジョン・ヴァーリイ『ブルー・シャンペン』浅倉久志訳)

なんの夢を見てたの?
(ナンシー・クレス『プロバビリティ・ムーン』30、金子 司訳)

幸福な歳月は失われた歳月である、
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、井上究一郎訳)

本当の楽園とは失われた楽園にほかならないからだ。
(プルースト『失われた時を求めて』第七篇・見出された時、鈴木道彦訳)

愛の訪れは、こうまで長い年月を待たねばならぬものか。
(ウィリアム・ピーター・ブラッティ『エクソシスト』II・1、宇野利泰訳)

すべては失われたものの中にある。
(アンナ・カヴァン『失われたものの間で』千葉 薫訳)

すべてが記憶されていたのか?
(グレッグ・ベア『女王天使』下・第二部・54、酒井昭伸訳)

記憶はあらゆる場所にある。
(ウィリアム・ギブスン原案・テリー・ビッスン作『J・M』8、嶋田洋一訳)

時と場所も、失われたもののひとつだ。
(アンナ・カヴァン『失われたものの間で』千葉 薫訳)

思い出された事実には重要なことなど何もない、大切なのは思い出すという行為それ自体なのだ。
(シオドア・スタージョン『ヴィーナス・プラスX』大久保 譲訳)

で、彼を愛してた?
(ジョン・ヴァーリイ『ブルー・シャンペン』浅倉久志訳)

幸せだったのだろうか?
(サバト『英雄たちと墓』第I部・20、安藤哲行訳)

信行のことを思った。
(志賀直哉『暗夜行路』第一・二)

夢のひとつさ。
(アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション『ワイオミング生まれの宇宙飛行士』浅倉久志訳)

思い出の恋ほどすばらしいものもない
(アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』第九章、仁賀克雄訳)

今でもきみのことを夢に見るよ。
(ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』3、内田昌之訳)

幸せな苦痛だった、いまでもそうだ、
(シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』第三幕・第四場、石川重俊訳)

忘れたことなんかないさ。
(ジェイムズ・P・ブレイロック『リバイアサン』第三部・16、友枝康子訳)

この苦しみは、いったいいつまで続くのか?
(アンナ・カヴァン『召喚』山田和子訳)

夢で
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』22、岡部宏之訳)

きみはまた、ぼくに会うことになる
(ジェイムズ・P・ブレイロック『ホムンクルス』4、友枝康子訳)

潜在意識の定義は、きみの一部分が、意識的思考の意志作用なしに決定をくだすことにある。
(ジョン・ヴァーリイ『スチール・ビーチ』下・第二部・16、矢野 徹訳)

韻律とは何か?
(ディラン・トマス『黄昏の明かりに祭壇のごとく』IV、松田幸雄訳)

きみは韻をふんでいる。言葉が韻をふむというのがどういうことかわかっているかい?
(トマス・M・ディッシュ『M・D』上・第一部・12、松本剛史訳)

リズムはわれわれのあらゆる創造の泉である。
(パス『弓と竪琴』詩・リズム、牛島信明訳)

運動は一切の生命の源である。
(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』「繪の本」から、杉浦明平訳)

くりかえすことによって、ある種の真実を作り出せる
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第1巻、矢野 徹訳)

詩行の響きが意味と重なる
(ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』第一部・6、御輿哲也訳)

シラブルの一つ一つが鼓動だった。
(ルーシャス・シェパード『ジャガー・ハンター』小川 隆訳)

経験や行為は場面や戦慄となって表現されるのである。
(オリバー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』第三部・15、高見幸郎・金沢泰子訳)

しかし、セックスでないとすれば、いったいなんのことをいってるんだろう?
(デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』下・第三部・49、酒井昭伸訳)

おもしろいものを見せてあげようか?
(ジョン・ヴァーリイ『ブルー・シャンペン』浅倉久志訳)

ちんこかい?
(バルガス=リョサ『子犬たち』I、鈴木恵子訳)

触っちゃだめよ、見るだけ。
(P・D・ジェイムズ『罪なき血』第二部・5、青木久恵訳)

オマンコしたいの?
(レイ・ガートン『ライヴ・ガールズ』9、風間賢二訳)

さわったら、殺すわよ
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第2巻、矢野 徹訳)

なぜ、こんなことになっちゃったのかな?
(ジョー・ホールドマン『終りなき戦い』マンデラ二等兵、風見 潤訳)

ぼくはね、とりつかれているんだ。なにかにとりつかれているみたいだよ
(H・G・ウェルズ『くぐり戸の中』浜野 輝訳)

セックスは好きかい?
(ルーシャス・シェパード『戦時生活』第二部・8、小川 隆訳)

セックスはつねに尽きることなく、少しも飽きることがない。
(トマス・M・ディッシュ『歌の翼に』9、友枝康子訳)

この一瞬一瞬のよろこび
(リチャード・マシスン『縮みゆく人間』12、吉田誠一訳)

あらゆる瞬間が幻覚(ヴイジヨン)だ
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第3巻、矢野 徹訳)

楽しんだかい?
(ノーマン・スピンラッド『はざまの世界』9、久保智洋訳)

人間が真実の相において愛することができるのは、自分自身なのであり
(三島由紀夫『告白するなかれ』)

愛とはそれを媒体としてごくたまに自分自身を享受することのできる一つの感情にすぎない。
(E・M・フォースター『モーリス』第四部・44、片岡しのぶ訳)

真の原動力とは、快楽なのだよ
(デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル』下・第三部・50、酒井昭伸訳)

事物を離れて観念はない
(ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ『パターソン』第一巻・巨人の輪郭・I、沢崎順之助訳)

重要なのは経験だ。
(ミシェル・ジュリ『不安定な時間』鈴木 晶訳)

経験は避けるのが困難なものである。
(フィリップ・ホセ・ファーマー『飛翔せよ、遙かなる空へ』上・15、岡部宏之訳)

人生のあらゆる瞬間はかならずなにかを物語っている、
(ジェイムズ・エルロイ『キラー・オン・ザ・ロード』四・16、小林宏明訳)

すべての経験はわたしという存在の一部になるのだから
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』 11、岡部宏之訳)

新しさというものは、過去の残(ざん)滓(し)からだけしか組み立てることができないのである。
(J・G・バラード『燃える世界』第二部・8、中村保男訳)

あらゆるものがあらゆるものとともにある
(ホルヘ・ギリェン『ローマの猫』荒井正道訳)

言葉同士がぶつかり、くっつきあう。
(ルーディ・ラッカー『ホワイト・ライト』第四部・22、黒丸 尚訳)

新しい関係のひとつひとつが新しい言葉だ。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

レサマは「覚えておくんだよ、わたしたちは言葉によってしか救われないってこと。書くんだ。」とぼくに言った。
(レイナルド・アレナス『夜になるまえに』通りで、安藤哲行訳)

われわれのかかわりを持つものすべてが、すべてわれわれに向かって道を説く。
(エマソン『自然』五、酒本雅之訳)

あらゆるものが、たとえどんなにつまらないものであろうと、あらゆるものへの入口だ。
(マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』第3部・20、嶋田洋一訳)

思考はあらゆるものを、利用可能なものに変える。
(エマソン『詩人』酒本雅之訳)

運命とは偶然に他ならないのではないか?
(フィリップ・ホセ・ファーマー『飛翔せよ、遙かなる空へ』下・48、岡部宏之訳)

だれもが自分は自由だと思っとるかもしれん。しかし、だれの人生も、たまたま知りあった人たち、
(コードウェイナー・スミス『ノーストリリア』浅倉久志訳)

たまたま居合わせた場所、たまたまでくわした仕事や趣味で作りあげられていく。
(コードウェイナー・スミス『ノーストリリア』浅倉久志訳)

すべては同じようにはかなく移ろいやすいものだ。少なくともそのために、束の間のものを普遍化するために書く。
(サバト『英雄たちと墓』第II部・四、安藤哲行訳)

たぶん、それは愛。
(サバト『英雄たちと墓』第II部・四、安藤哲行訳)

ぼくにとってこれが人生のすべてだった。
(グレッグ・イーガン『ディアスポラ』第三部・8、山岸 真訳)

人間であることは、たいへんむずかしい
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

人間であることはじつに困難だよ、
(マルロー『希望』第二編・第一部・7、小松 清訳)

もしかすると、きみがこうしていることが、この宇宙に実質と生命力を与えているのかもしれない。
(バリー・N・マルツバーグ『ローマという名の島宇宙』10、浅倉久志訳)

ことによると、きみが(、、、)宇宙なのかもしれない。
(バリー・N・マルツバーグ『ローマという名の島宇宙』10、浅倉久志訳)

「困難なことが魅力的なのは」とチョークは言った。「それが世界の意味をがらりと変えてしまうからだよ」
(ロバート・シルヴァーバーグ『いばらの旅路』1、三田村 裕訳)

きみの苦しみが宇宙に目的を与えているのかもしれないよ
(バリー・N・マルツバーグ『ローマという名の島宇宙』10、浅倉久志訳)

心のなかに起っているものをめったに知ることはできない
(ノーマン・メイラー『鹿の園』第三部・10、山西英一訳)

ある場所、ある時間、ある不思議な類似性、ある錯誤、なんらかの偶然を介して、最も異質なもの同士が遭遇する。
(ノヴァーリス『断章と研究 1799-1800』[559]、今泉文子訳)

あなたの潜在意識よ、ミューシャ! なにかの記憶だったのよ!
(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア『最後の午後に』浅倉久志訳)

すべての真の詩、すべての真の芸術の起源は無意識にある。
(コリン・ウィルソン『ユング』4、安田一郎訳)

そしてこれから、それらが新鮮で、活気があり、「驚嘆」すべき性質をもっていることが説明される。
(コリン・ウィルソン『ユング』4、安田一郎訳)

詩というのは
(J・L・ボルヘス『月』鼓 直訳)

無意識世界の無意識の象徴だ
(J・G・バラード『地球帰還の問題』永井 淳訳)

隠れている背後の自己のほうがもっと驚かす
(エミリ・ディキンスン『作品六七〇番』新倉俊一訳)

驚きあってこその人生ではないか。
(デイヴィッド・ブリン『スタータイド・ライジング』上・第三部・32、酒井昭伸訳)

きみの中で眠っていたもの、潜んでいたもののすべてが現われるのだよ。
(フィリップ・K・ディック『銀河の壺直し』5、汀 一弘訳)

意識的に受け入れたわけでもないつながりを、自分自身の中にもってるからなのよ
(フエンテス『脱皮』第二部、内田吉彦訳)

芸術は意識と無意識の結婚なのだ。
(ジャン・コクトー『ライターズ・アット・ワーク』より、村岡和子訳)

ああ、意味と無意味が入り混じっている!
(シェイクスピア『リア王』第四幕・第六場、野島秀勝訳)

このすべてに、どんな意味があるのだろう?
(フィリップ・ホセ・ファーマー『飛翔せよ、遙かなる空へ』下・47、岡部宏之訳)

コーヒーのことを、すっかり忘れていた。
(クリフォード・D・シマック『中継ステーション』19、船戸牧子訳)

もっとコーヒーを飲むかい?
(フィリップ・K・ディック&ロジャー・ゼラズニイ『怒りの神』17、仁賀克雄訳)

名前は何といったっけ?
(フィリップ・ホセ・ファーマー『わが夢のリバーボート』6、岡部宏之訳)

なんて名前だったっけ?
(テリー・ビッスン『赤い惑星への航海』第一部・1、中村 融訳)

名前なんかどうでもいい
(シオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』6、鈴木 晶訳)

名前なんてのは、忘れられるものだ。
(ニールス・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』上・23、日暮雅通訳)

なぜ名前をもっていなくちゃいけないと思うのだね?
(ダグラス・アダムズ『宇宙の果てのレストラン』29、風見 潤訳)

名前は
(フィリップ・ホセ・ファーマー『デイワールド』35、大西 憲訳)

名前は忘れてしまったけれど
(ガルシア=マルケス『族長の秋』鼓 直訳)

名前のない体験のなり止(や)まぬのはなぜだらう
(伊東静雄『田舎道』)

名前っていったい何なのか?
(シェイクスピア『ロミオとジューリエット』第二幕・第二場、平井正穂訳)

その名が何を意味するか
(トマス・アクィナス『神学大全』第一部・第二問・第二項、山田 晶訳)

いくつもの名前が
(レイ・ブラッドベリ『浅黒い顔、金色の目』一ノ瀬直二訳)

顔になる。
(アーサー・ポージズ『ビーグルの鼻』吉田誠一訳)

幾百もの顔。
(ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』第一部・2、黒丸 尚訳)

無数の名前
(イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』I 都市と記号1、米川良夫訳)

どれもが千の顔のひとつであり、二度と見ることはない。
(サミュエル・R・ディレイニー『アインシュタイン交点』伊藤典夫訳)

花は愛だったのに……
(J・ティプトリー・ジュニア『故郷へ歩いた男』伊藤典夫訳)

花から花へ
(テニスン『イン・メモリアム』22、入江直祐訳)

人間の約束
(フィリス・ゴットリーブ『オー・マスター・キャリバン!』9、藤井かよ訳)

それは夢で
(ストルガツキー兄弟『神様はつらい』4、太田多耕訳)

それは夢で
(ストルガツキー兄弟『神様はつらい』4、太田多耕訳)

花はなかったし
(紫 式部『源氏物語』東屋、与謝野晶子訳)

バスもなかった。
(P・D・ジェイムズ『黒い塔』7・2、小泉喜美子訳)

何もない。
(アイザック・アシモフ『ミクロの決死圏』1、高橋泰邦訳)

決してあったことのない記憶、頭の外にはなかったものだ。
(ハリイ・ハリスン『ステンレス・スチール・ラット諸君を求む』12、那岐 大訳)

恋愛なんて取るに足らない行為ですよ。際限なく繰り返すことができるんですからね。
(アルフレッド・ジャリ『超男性』I、澁澤龍彦訳)

風景はなぜ立止つてくれないのだらう。
(金子光春『わが生に与ふ』四)

バスはゆっくりと走り去っていった。
(ウォルター・M・ミラー・ジュニア『帰郷』深町真理子訳)

いつの日か、わたしたちはみな、いまはただの夢でしかないものになるだろう。
(ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』荒野、深町真理子訳)

夢は現われるべくしてあらわれ、人間は現われた一つの夢だ。
(D・H・ロレンス『翼ある蛇』上巻・11、宮西豊逸訳)

人生というものは閃光の上に築かなければならないものだということを僕は知っていた。
(ガデンヌ『スヘヴェニンゲンの浜辺』9、菅野昭正訳)

偽りを許さない何か
(ロバート・F・ヤング『魔法の窓』伊藤典夫訳)

あの何か間違ってはいないものの響き、ずっと昔に起こった何かの経験、正しく光り輝くものであったことの?
(オラフ・ステープルドン『オッド・ジョン』10、矢野 徹訳)

人生は土壇場でできている。
(ミシェル・トゥルニエ『メテオール(気象)』第四章、榊原晃三・南條郁子訳)

人生は一瞬一瞬が崖っぷちなんだからね、
(ロバート・ルイス・スティーヴンソン『マークハイム』龍口直太郎訳)

それらが置き換えられる
(ジョン・クロウリー『リトル、ビッグ』I・〔1〕・III、鈴木克昌訳)

閉じた宇宙では、すでにあるものを並べなおすことしかできない。
(グレッグ・イーガン『プランク・ダイブ』山岸 真訳)

すると、これさえも新しい経験ではないのだ。
(グレゴリイ・ベンフォード『光の潮流』下・エピローグ、山高 昭訳)

われわれは、しばしこの世にとどまり、しかしてのち去る。
(ロバート・シルヴァーバーグ『我ら死者とともに生まれる』4、佐藤高子訳)

ここにもまた一つの思い出がある。
(ネルヴァル『火の娘たち』シルヴィ・七、入沢康夫訳)

それは君自身の記憶かね?
(アリアードナ・グロモワ『自己との決闘』草柳種雄訳)

ほかになにがあると思ってるんだい?
(ブライアン・オールディス『子供の消えた惑星』2、深町真理子訳)

思い出の恋ほどすばらしいものもない
(アルジス・バドリス『アメリカ鉄仮面』第九章、仁賀克雄訳)

あれもまた、夢だったのだろうか。
(ダン・シモンズ『ハイペリオンの没落』上・第一部・14、酒井昭伸訳)

人は人を愛するというのではなく、むしろ、人が愛するのは夢で、
(シオドア・スタージョン『火星人と脳なし』霜島義明訳)

その夢に近い相手に出会う幸運な者もいる、というのが真実ではないのだろうか。
(シオドア・スタージョン『火星人と脳なし』霜島義明訳)

同時にあらゆる場所に存在する
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)

もうひとつの昨日にいるのかもしれない。
(ジェラルド・カーシュ『ブライトンの怪物』吉村満美子訳)

同じ夢を見ていたのだろうか?
(イタロ・ズヴェーヴォ『トリエステの謝肉祭』8、堤 康徳訳)

夢を見ているんだろうな。きみと同じだ。ほら、愛しい人。
(シェリー・プリースト『ボーンシェイカー』26、市田 泉訳)

この夢から醒めることは、またこの夢のなかにとびこむことだ、
(シオドア・スタージョン『コスミック・レイプ』19、鈴木 晶訳)

過去もそうだったし、今もそうだ。
(P・D・ジェイムズ『死の味』第五部・7、青木久恵訳)

夢はいつまでもつきまとう。
(シオドア・スタージョン『火星人と脳なし』霜島義明訳)

いつまでも、いつまでも、いつまでも、
(シェイクスピア『リア王』第五幕・第三場、斎藤 勇訳)

ぼくが夢に見るからだ
(ダン・シモンズ『ハイペリオンの没落』上・第一部・6、酒井昭伸訳)

現実を
(ハンス・エゴン・ホルトゥーゼン『詩についての試み』生野幸吉訳)

夢が
(イアン・ワトスン&ロベルト・グロリア『彼らの生涯の最愛の時』大森 望訳)

夢みているのだ、
(ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』第一部・いかだの下、高本研一訳)

事物を
(ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ『パターソン』第一巻・巨人の輪郭・I、沢崎順之助訳)

他者を
(フランク・ハーバート『デューン 砂漠の神皇帝』第3巻、矢野 徹訳)

ぼくのことを
(フエンテス『脱皮』内田吉彦訳)

夢はかなうのよ。
(デニス・ダンヴァーズ『天界を翔ける夢』13、川副智子訳)

夢が現実をつくるんじゃないかい?
(イアン・ワトスン&ロベルト・グロリア『彼らの生涯の最愛の時』大森 望訳)

逆もまた真なりよ。
(シェリー・プリースト『ボーンシェイカー』1、市田 泉訳)

夢じゃない。
(ウィリアム・バートン『サターン時代』中村 融訳)

それは夢ではなかったのだよ
(ストルガツキー兄弟『神様はつらい』4、太田多耕訳)

そして、ぼくは? ぼくは
(ロジャー・ゼラズニイ『混沌の迷宮』10、岡部宏之訳)

あらゆる夢を覚えている。
(ジーン・ウルフ『拷問者の影』4、岡部宏之訳)

夢のなかの夢
(J・L・ボルヘス『グアヤキル』鼓 直訳)

記憶の記憶の記憶。
(オースン・スコット・カード『神の熱い眠り』2、大森 望訳)

偽装の中の偽装の中の偽装の中の偽装……
(フランク・ハーバート『デューン 砂丘の子供たち』第2巻、矢野 徹訳)

人間よ、この行きて帰らぬ忘却よ
(アドリアン・ロゴス『確率神の祭壇』(住谷春也訳)に引用されていたイオン・バルブの言葉)

枝にかへらぬ花々よ。
(金子光春『わが生に与ふ』二)

濡れた黒い枝の先の花びらなどなし
(ジャック・ウォマック『ヒーザーン』7、黒丸 尚訳)

濡れた黒い枝の先の花びらなどなし
(ジャック・ウォマック『ヒーザーン』7、黒丸 尚訳)

文学極道

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