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作品 - 20140419_518_7405p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


天使の骨盤

  MANITOU


         〔骨盤は左右一対の寛骨および仙骨と尾骨によって構成され、
          寛骨は腸骨と坐骨と恥骨によって構成されている。左右の
          腸骨の上外方に広がる扁平な部分を腸骨翼という〕

 天使の骨盤は、単独で自立生活が可能であるから、幼生期には他の身体部位と離れて、
火星に骨盤だけのコミュニティを形成している。火星の北極冠の広大な氷原を群れをなし
て滑走しながら、左右の腸骨から翼が生えて来るのを待つのである。将来翼となる骨芽細
胞の増殖が始まり、十分に成長発達して翼になった暁には、天使の骨盤は氷原を次々に離
陸して、火星の重力圏外へ飛び出し、尾骨の方向舵を巧みに操りながら、大挙して地球に
飛来するのである。ところが、大気圏突入時の空気との摩擦熱で、翼はあっさりと燃え尽
きてしまい、その痕跡として左右の腸骨翼だけが残される。翼を失った天使の骨盤は、当
然ながら地上にボトボト落下するが、間髪を置かずに私や貴女の頭部に襲い掛かり、それ
らを咥え込んで、自らの骨盤腔に内蔵するのである。

 そのような次第で、私の頭部はメスの天使の骨盤に、下方からズッポリと嵌まり込んで
いる。メスの天使の骨盤腔は、ヒトの女性のそれと同様、上方から見ると楕円形をした筒
状空間であるから、私の間脳の、左右のちょうど外側膝状体あたりが楕円軌道の二つの焦
点となり、その周りを役立たずのフェアリーどもが、ピコピコ発光しながら公転している
のである。メスの天使の骨盤は、しばしば前触れなくフンムッと息み出し、私の頭部を膣
口から外界に分娩する。出産された私の顔面は産道の粘液にまみれ、湯上がりのウミウシ
となって産声を発する。お、ギギ、ギア! ところが、外界に産み出された私の頭部は、
またすぐに膣口から骨盤腔内にズルッと引き戻され、元の位置に収納されると、再び役立
たずのフェアリーどもがピコピコ公転し始めるのである。

 では、貴女の頭部とオスの天使の骨盤の場合はどうであろうか。貴女の頭部も、オスの
天使の骨盤に下方からズッポリと嵌まり込んでいる。オスの天使の骨盤腔は、ヒトの男性
のそれと同様、上方から見るとハート形をした筒状空間であるから、思うに古来より女性
がハートのシンボルマークを偏愛するのは、このあたりに由来する郷愁の一種ではなかろ
うか。心臓の形の抽象化という俗説は、我々から天使の骨盤の存在を隠蔽するための策略
である。それはさておき、オスの天使の骨盤も、メスの場合と同様、いきなりウオオオッ
と息み出すと、貴女の頭部を肛門から外界にひり出す。その時、貴女の顔面は当然ながら
糞便と腸内粘液にまみれている。だがこの次第は、決して貴女の女性及びヒトとしての尊
厳を貶めるものではない。なぜなら膣よりも肛門の方が、精神性と抽象性において優れて
いることは、古来より詩人の間では常識であるからだ。いわんや天使の肛門においておや。

 外界にひり出された貴女の頭部は、私の場合と違って湯上がりのウミウシに変態するこ
とはなく、糞便まみれにも関わらず、気分の方はすこぶるスッキリ爽やかである。しかし
それも束の間、私の場合と同様、貴女の頭部はすぐに肛門に引き戻され、再び骨盤腔に収
納される。この時はいささか無理やりにであり、貴女の顔面は相当なストレスを蒙るのだ
が、思うに肛門の方もかなりの疼痛があるのではないか。何にせよ、いったん内部に嵌ま
り込んでしまえば、骨盤腔のハート形が貴女を癒してくれるわけだ。

 雌雄の天使の骨盤が、何ゆえこのような、一見して無意味なことを繰り返すのか、実は
現代の科学はおろか、星間天使学においても何一つ確かなことは分かっていない。解明に
はまだまだ時間がかかるのであろうが、一説によると、私達の心身のリフレッシュに関係
しているのではないかとも言われている。しかしそれにしては、貴女の場合に見られるよ
うに、再び外界から肛門を経て骨盤腔に戻る時の、少なからぬストレスは不可解である。
男性である私の場合は特に問題は無い。何故なら、かねてより私の頭部は、湯上がりのウ
ミウシになりたいと切に願っていたからだ。もっと言えば、男性で頭部が湯上がりのウミ
ウシになれたならと願ったことのない者は、まず一人もいないだろう。積年の願いが叶っ
たわけである。もっともごく短時間の変態を繰り返すという形でしかないが。

 いささか長くなってしまったが、以上が天使の骨盤の活動のあらましである。最後に次
のことを付け加えて、この項を終わりとしたい。

 天使の骨盤は、七色に透きとおったピスキス・アウストリヌス座ウエハースに似て、美
しく脆く儚い風情をしており、生温かく柔らかな海豚座マシュマロウに似た、大・小腸及
び膀胱・子宮等の骨盤内臓器と共に、珍味としてグルメ愛好家にたいそう好まれると言わ
れてきた。しかしこれは、名状し難い根本偶然に直面すると、あたかも催眠術にかかった
ようにコロリと夢見がちになってしまい、あらぬ妄想でしばしば道を踏み間違える人類の
呆れた大俗説である。奴らは幼生の頃からイリコやチリメンジャコが大好きで、しょっち
ゅう貪り食っているため、思いのほか骨が硬く、骨盤は相撲取りよりも遥かにガッチリし
ていて頑丈である。いやその硬いこと硬いこと。こんなの食べようにもどうにも歯が立た
ない。グルメ愛好家が食べたと信じているのは、恐らくピスキス・アウストリヌス座ウエ
ハースを成形加工した偽物であろう。悪質なネット直販業者に騙されないためにも、江湖
に注意を喚起しておきたい。そもそも股間に食われているのはこちらなわけだし、天使の
骨盤は食用には適さない。

文学極道

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