、
都会から片田舎の町へ引っ越した十年ほど前のこと
車で通勤する途中に梅の花が見事に咲く家があった
その家がある通りは
片側に冬枯れした田畑が続き
もう片側は山の斜面になっていた
所々樹木が覆いかぶさるような道は
対向車とやっとすれ違える道幅で
いくつものカーブを抜けた先に
湖畔に面した県道があった
田圃の遥か向こうに見える湖面は
いつもまばゆいばかりの光が湛えられているように見えた
狭い道沿いの家々は山側の僅かな平坦地に点在し
どの家も古びてひっそりとしていた
梅が咲く家は日当たりの悪い山影に位置し
今にもモノクロームな景色に溶け込んでしまいそうだったが
よく見れば荒れているわけではなく
寧ろ整然とした佇まいから
人が住んでいることがわかった
梅の木は玄関が見える板塀に沿って植えられ庭へと続いた
庭には数十本の梅の木が植えられていたと思う
その紅白に咲いた花だけが
寂れた一帯に射す冬の日差しのようだった
急にそんなことを思い出したのは
立ち寄ったホームセンターで桃の苗木を買ったからだった
店の入り口付近のガーデニングコーナーには
開きはじめた蕾をつけた苗木が何本も入荷していて
透きとおるような純白の花をつけた一本が目に止まった
ラベルには寒白桃と書かれており
小さなポットの中で
生きるエネルギーに溢れるような苗木だった
その輝かしいほどの花を見た時に
不意にあの家の梅の花を思い出し
その家の主が梅の木を植えた理由を想像した
勝手な想像ではあったが
十年前には想像すらしなかったことだった
翌日、庭に苗木を植える時に
その想像は私自身のものとなっていた
来年も、再来年も咲く、
自分の背丈よりも大きく育ってゆく苗木を植える
いつか
鳥が訪ねて来るかも知れない、と
、
もう何年もあの道を通っていないのに
もう何年もあの道を走り続けているような気がする、
選出作品
作品 - 20140416_488_7399p
- [佳] 春の座標 - Lisaco (2014-04)
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春の座標
Lisaco