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作品 - 20140331_350_7376p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


A whole new world in the hole

  熊谷


色とりどりの火花と
生まれたての瞳がひらく
鳴り響いた大きな音
暗い夜は何だか怖いから
泣くか笑うかしてないと
赤ちゃんは落ち着かないようだった
だいじょうぶ
君はきっと大丈夫と言って
ひだり手を離された
ぱらぱらという音をたてて
輝かしい金色の火薬は散った
こどもが欲しいと言ったあなたが
子供みたいな私の手を
つかんで離して
息苦しく生ぬるい
若すぎた夏の焦げた匂いを
二度と忘れさせないようにして
二度と目の前に現れることはなかった
そうして静かになった夜に
赤ちゃんはようやく
眠りにつくことができた





こころに空いた
真っ暗な空間の
その穴からあなたがひとり残って
残業しているのが見える
一通り手術のリスクを
説明し終えた医者は
「元恋人の残業が終わったら
手術を始めます」と言って
承諾書にサインを求めてきた
積もり重なった悲しみに
赤ちゃんはとうとう
眠りから目を覚ましてしまった
そうしてプライドが高い私は
あなたの名前が書かれるはずの
すべての書類に
自分の名前で署名をしてしまった
今すぐ、塞いでほしい
生まれたときから空いていた
心臓の小さな穴を
真っ黒な空間を





赤ちゃんは心臓に穴が空いている
という重い病気を抱えていて
あなたは納期が近い
大事な仕事を抱えていた
終電の時間が近づいても
家に帰ることはできなかった
花火を見に行ったのが
結局最後のデートになったのだけれど
あの日よりもずいぶん
髪の毛がボサボサに伸びていた
このままでは手術が始められない
と焦っていたら
「では、あなたの手術をしましょう」
と言って医者は
聴診器を胸にあて始めた
触れたところから焦げ臭い匂いが
診察室に広がっていくのを感じた
「とてもきれいな花火を見たんですね」
と医者はつぶやいた
開いたものはいつか閉じていく
そうして赤ちゃんはまた
眠り始めようとしていた





誰もいない過疎化した街の
さびれた観覧車に
赤ちゃんは乗っていた
回転する余命に
あわせるようなスピードで
だいじょうぶ
君は大丈夫と言って
小さなみぎ手を握りしめた
こどもが欲しいと言ったあなたは
残業に疲れ果てて
奇妙な夢を見ていた
海外出張で飛行機に
乗らなくてはいけないのだけれど
チケットをどこを探しても
見つけられない夢だった
あなたは呆然と
飛行機に乗っていたはずの
あなたを想像しながら
夢のどこかで
ひとり取り残されていた
チケットはきっと見つからない
なぜならあの時すべて
あなたの名前の書類は
私の名前に書き換えてしまったのだから

観覧車の向かいには
海が広がり、そして朝日がのぼる
手術は必ず成功することになっている
あなたが乗ろうと乗らまいと
飛行機が空高く飛ぶのと同じように

文学極道

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