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作品 - 20140320_186_7358p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


レッド・ツベルクリン

  MANITOU

2014年2月。レッド・ツェッペリンはソチ五輪の銀盤上でトリプルアクセルを3回決
めそこなった。アンコールが何曲だったかは不明だがどうでもいいことだ。選手村のレス
トランではドゥービー・ブラザーズがすき焼きにディープ・パープルをぶち込んで食って
いた。すき焼きを食わなかったレッド・ツェッペリンは銀盤上でトリプルサルコウを4回
決めそこなった。調理場からユーライア・ヒープの唐揚げが次から次へ飛んで来る。それ
に頭から齧り付くポール・バターフィールド・ブルースバンド。尻っぽから齧り付いたレ
ッド・ツェッペリンは銀盤上でトリプルトウループを5回決めそこなった。シライ/キム
ヒフンは6回決めそこなった。けどクイックシルバー・メッセンジャー・サービスなんか
7回決めそこなってケツのぜんぶの毛穴からハッタイ粉が吹き出たんだぜ。あいつらみん
な死んだ。それが兆候だったと後に解説のサノさんは語った。


ヤマモモの並木が続く高台の歩道を歩きながら、
平原林ミサヨは買ったばかりのパンプスの感触を確かめていた。
眼下に望む海からの風が心地よく頬を撫でてゆく。
ネイビーカラーのパンプスはすぐに彼女の足に馴染むだろう。
やわらかな春の光を浴びながら、平原林ミサヨはふと思う。
ああ、どうして空はこんなにおのれらの歯列がぜんぶ透けて見えるくらい青いのか。
どうして世界はこんなにおのれらのミンコフスキー光円錐を日曜日の河川敷のバーベキュー
の串で斜めに突き刺したみたいに孤独なのか。


それには理由がある。レッド・ツェッペリンがソチ五輪の銀盤上でトリプルフリップを3
回決めそこなったからだ。直後にカントリー・ジョー&フィッシュが印旛沼で清老頭(チ
ンロートー)を出しそこなったというニュースが各国報道ブースに4回入りそこなってハ
ーマンズ・ハーミッツは八郎潟ポン、ヤング・ラスカルズは油ヶ淵チイ、スペンサー・デ
イビス・グループは多鯰ヶ池リーチ、ラヴィン・スプーンフルはチミケップ湖ロン、と無
意味にハモりながら囲む雀卓が銀盤上をストレートラインステップで5回横切りそこなっ
た。直後にウィッシュボーン・アッシュは銀盤上でトリプルルッツを6回決めそこなった。
マーシャル・タッカー・バンドは7回決めそこなった。だが、レッド・ツェッペリンは3
回決めそこなって足がこんがらかってつんのめって転んで打った。頤を。


モミジバフウの並木が続く高台の歩道を歩きながら、
平原林ミサヨは臀部にあてがった簡易オムツの感触を確かめていた。
私がオムツをしているのは便が漏れ出るからじゃない。
私からマサオが漏れ出て行くのを防止するためだ。
平原林ミサヨはそう信じていた。
マサオは彼女が週3回清掃に行くオフィスビルの5Fにある信販会社の男だ。
しかし実のところ、平原林ミサヨからはマサオではなく、
ヤマダデンキの店員トラスケが漏れ出ているのだ。
彼女はなぜそのことに気が付かないのか。


それには理由がある。レッド・ツェッペリンがソチ五輪の銀盤上でドーナツスピンを3回
転してすぐにコケたからだ。クロスフィットスピンは踏み切る直前にまたしても足がこん
がらかってつんのめって転んで打った。頤を。おのれらヘンドリックスだ。ジミ・ヘンド
リックスを持って来い! 聖火台の十字架で火炙りされて乳首を焦がしたジョニ・ミッチ
ェルがおらぶ。だがしょせんは無駄な努力だった。レッド・ツェッペリンがシットスピン
を3回転してすぐにコケたからだ。ジミはソープへ沈んで地道に生きる徳島県人の阿波踊
り大会で5回優勝しそこなった。そのくせデイヴ・ディー、ドージー、ビーキー、ミック
&ティッチは銀盤上でビールマンスピンを6回転してコケた。フライング・ブリトウ・ブ
ラザーズは7回転してコケた。だが、レッド・ツェッペリンは3回転してすぐにコケた。


うるせえな。何回転でもいいじゃねえか。
ハナミズキの並木が続く高台の歩道を歩きながら、
平原林ミサヨが顎に手をやってシリコン製の変装マスクを剥ぐと、
マイルス・デイビスの黒い顔が現れた。
スライ・ストーンにゃさすがのオレもビビったぜ。
おのれらマクラグリンだ。ジョン・マクラグリンを持って来い! 
だが、おのれらが高台まで担いで来たのはカイル・マクラクランだった。
おのれらは間違えたのだ。ならレッド・ツベルクリンを持って来い!
などと無体なことを所望するJAZZの帝王マイルス。
やれドッコイショッ。ねぐらのある児童公園に帰り着いたマイルスは、
公衆トイレ裏の地べたに敷かれたダンボールの上に座り込むと、
静かに自叙伝(宝島社文庫)の追補編を口述し始めた。


 まあ、聞いてくれ。昔、オレがミズーリ州セントルイスで、初めてディズとバードの演奏を聴いた夜にゃあえらくぶっ飛んだもんだが、これから話すのはそれよりももっと前のことだ。そのセントルイスと、オレの家があったイーストセントルイスの間にはミシシッピ川が流れてるんだが、ある時、こっち側の河川敷でロック・フェスティバルが開かれたんで聴きに行ったんだ。どんなバンドが演奏するのか誰も知らなかったが、地元のバンドで「レッド・ツベルクリン」てのが出るという噂だけはオレも聞いていた。三つ年上の高校生だったミヤマのさーちゃんに誘われて、ぼくと同級生のタニグチも一緒に行ったんだけど、さーちゃんは途中から別行動だった。ロックフェスなんて初めての経験だったから、ぼくもタニグチもけっこう胸がドキドキしてたんだよ。大阪からは「ウエストロード」ってバンドが来ていた。「ウエストロード・ブルース・バンド」が正式なバンド名だと知ったのはもうちょっと後のことだ。あの時は「ウエストロード」とだけ名乗っていた。ギターに塩次伸二と山岸潤史がいた。日本のブルースギタリストの草分け的存在になった二人だ。何曲かブルースをやったんだろうけどよく覚えていない。ぼくはまだあまりブルースの曲を知らなかったからね。て言うかコード進行ぜんぶ同じだし、延々とギターソロをやりだしたら曲名なんかどうでもよくなったりして。山岸潤史は今はニューオーリンズに移り住んで、パパ・グロウズ・ファンクとワイルド・マグノリアスの二つのバンドでギターを弾いている。塩次伸二は日本でブルースを追求し続けて、2008年に心不全で死んだ。ミヤマのさーちゃんは在日アメリカ軍基地の奴にコネがあって、LSDが手に入るから一人二万円出せとか言ってたんだけど、こっちは中学生だし金なんか持ってるわけないだろ? 京都からは「スラッシュ」ってバンドが来ていた。スラッシュ・メタルとは関係なくて、元GN´Rのギターのスラッシュとも関係なくて、もっと昔の、日本のロック・レジェンドの頃のバンドなんだけどね。名前は国際的な悪の組織スラッシュから取ったんだろうとその時は思った。意味はツグミ。ナポレオン・ソロとイリア・クリアキンがTVでこの組織と戦っていた。「テン・イヤーズ・アフター」の「I Woke Up This Morning」という曲のカヴァーをやっていたよ。「夜明けのない朝」っていう邦題でシングルカットされて、カッコいいイントロと、アルビン・リーの早弾きソロでよく知られた曲だった。でもアルビン・リーの早弾きって、どこか寺内タケシみたいなところがあって、ROCKとしてはイマイチと言うか、変だったと思わない? まあいいや。この日聴いたバンドの中では、ぼくはこの「スラッシュ」がいちばん気に入ったんだ。あれ以後このバンドはどうなったのかな。ググってみたらある程度は分かった。メンバーは大森○○、長谷川○○、松田○○、真木○○、矢部○○って人達。その後解散して、何人かのメンバーは「腐縁」や「五人組」といったバンドをやっていたらしい。それと、バンド名の由来を勘違いしていた。彼らの古いポスターには「Slush」とプリントされてるけど、ツグミは「Thrush」だ。あの日はミヤマのさーちゃんだけ途中でいなくなった。実はどこかで米兵と落ち合って、LSDをやってたんだよ。あくる日から高校を一週間休んで、あれからなんかさーちゃんぶっ壊れたみたいだった。結局さーちゃんは高校をやめたんだけどね。東京からは「頭脳警察」が来ていた。河川敷にたむろしていた在日アメリカ軍基地の兵士が、バンド名の意味は?って英語で叫んで、ステージからヴォーカルのパンタって奴がBRAINPOLICE!って叫び返していた。こっちはマザーズ・オブ・インベンションの曲からもらったバンド名だね。フランク・ザッパの。やったのはオリジナルばかりだった。「世界革命戦争宣言」とかやったのかな。覚えてないけど。赤軍派を支援するとか言って。今思えばちょっとイタいけどね。政治的なことなんかどうでもよくて、ロックと言えば洋楽だったぼくの耳には、「頭脳警察」の歌はすごくダサく聴こえたんだよ。でも頑張っていたと今は思う。「はっぴいえんど」もそうだけど、あの頃から日本語でオリジナルをやるなんて。あと在日アメリカ軍基地のバンドも来ていたよ。これは完全に「クリーム」のコピーバンドだった。ギターのソロもクラプトンの完コピで、「Strange Brew」とかやってたな。あれはまあ、あんなもんでしょう。ミヤマのさーちゃんと最後に会ったのは5年後の東京だった。さーちゃんは女のアパートに転がり込んで、まあヒモみたいなもんだったけど、その女に他に男ができてさ、アパートを追い出されてえらく落ち込んでいた。本気で惚れてたのかもね。ダサいブガルーパンツ履いて、ちょっとだけタトゥー入れて、福生の路地裏で一袋2500円で買わされたニセ物のマリファナ持って来て、煙草はチェリーに変えたとか言ってオッサンみたいで、ほんと笑えるくらい落ち込んでいた。ひと晩ぼくのアパートに泊めてあげて、あくる朝は西日暮里駅まで送って行ったんだけど、あれから今日までさーちゃんの消息は不明なんだ。あの日、結局「レッド・ツベルクリン」は出て来なかった。バンド名がフザケてやがるからどんなバンドか期待してたんだがな。そんなわけで、あの日からオレに取って「レッド・ツベルクリン」は幻のバンドになったってわけだ。永遠に幻のバンド。どうせチンケなバンドだったに決まってるけどな。と思いつつ念のために「レッド・ツベルクリン」でググッてみたら、けっこうヒットするんだわこれが。わりと若い女がヴォーカルをやってる「レッド・ツベルクリン」の2011年のライブmovieがある。レッド・ツェッペリンの「移民の歌」を歌っている。映画「ドラゴン・タトゥーの女」(ハリウッド版)で、ヤー・ヤー・ヤーズのカレン・Oがカヴァーしていた、アアア〜〜〜〜アアッ!ってターザンみたいなやつ。カレン・Oのはクールだったが、こっちの方は何とも言えずヘタなのがいい。がんばれよネーちゃん! これとはまた別のバンドらしい「レッド・ツベルクリン」の噂話をTwitterでやってる奴がいるぞ。あと「レッド・ツベルクリン」ってハンドルネームで楽天やAmazonにショップレビューとか書き込んでる奴がいるな。日本にゃThe Alfeeってバンドがあるのか? ぜんぜん興味ないけど。そいつら結成時のバンド名の候補が、「がくや姫」と「レッド・ツベルクリン」だったらしい。ついでに見つけたんだが、「ローリングすどうズ」って須藤さん一家のバンドや、「ヨンタナ」ってバンド名もあった。どうせかなりのオッサン世代だろこいつら。みんなどうしてこんなにアフォなんだ。どうしてこんなに。どうしてどうして……。(マイルス談)


それには理由がある。レッド・ツェッペリンがソチ五輪の銀盤上でバックスクラッチスピ
ンを3回転してすぐにコケたからだ。うるせえな。何回転でもいいじゃねえか。マイル
ス・デイビスのシリコンマスクを剥いだ平原林ミサヨがチャーリー・タマヨ考案の後ろと
びひねり前方伸身2回宙返りをやる前に銀盤上で足がこんがらかってでんぐり返ってひっ
くり転げて転倒してコケて打った。頤を。いと派手に。あるいは地味ヘンドリックスに。
ケツから漏れ出たヤマダデンキのトラスケは銀盤上でキャンデロロスピンを5回転してコ
ケた。アイアン・バタフライはバタフライキャメルのバタフライジャンプからキャメルス
ピンに入って6回転してコケた。クワイエット・サンは7回転してコケた。だが、レッ
ド・ツェッペリンは3回転してすぐにコケた。

文学極道

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