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作品 - 20140211_543_7310p

  • [佳]  放心 - 織田和彦  (2014-02)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


放心

  織田和彦



ギタアを持って、
ふかふかと歌う。
森の中で
死んだ子の、
眼の中に落ちた世界。
君は本当は欠けているものの代表であろう。

タバコの先に見える夜景の横浜。
浴衣一枚に、
下着もつけていない
素肌の麻衣子。
一篇のメルヘンのような思い出は、
何もかもが、
もの悲しい。

鳴くように満ちる、
麻衣子の体を抱き。
擦り切れたぼくの体は、
渦巻く銀河のごとくに、
暗黒の星となる。

夜食に買ってきたコロッケを齧る。
君もいるかい?
首を振って、
いらないと言う麻衣子。
彼女はテレビのニュースを見ている。
テレビには、
一度だってほんとうの世界が映し出されたためしがないなどと、
悪態をつきながら。

麻衣子とふたり、
ホテルで抱き合って、
眠った夜に、
骨を食い破って入り込むほどの、
“ほんとう”があっただろうか?

JRの改札口で、
ぼくはヘンドリックと一緒に、
麻衣子を見送った
ヘンドリックは鼻くそをほじくりながら
麻衣子に手を振った、
そのヘンドリックの大きなお腹は、
怠惰と、
全体の調和を表しているようで、
可笑しなことだが、
ぼくにしてみれば、
もっとも文明の原理に即した、
人間なるものの象徴なのだ。

ギタアを持って、
ふかふかと歌う。
文明の中で、
生まれた子の、
眼の中に落ちた世界。
君は本当は満ちゆくものの代表であろう。

文学極道

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