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作品 - 20140201_232_7272p

  • [佳]  消毒 - にねこ  (2014-02)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


消毒

  にねこ

内在する盗掘の地へ 
朝光が射したその影に
切り取られた 四角い 
枕が静かに佇んでいる
不在の枕に
喘ぐ声すら危うく吸い込まれ
その湿った落下寸前の思い出を
柘榴と私は名づけた


きらきらと銀鱗を反射させて
流れる川は魚である
魚の腸には 豚の死骸 人の死骸
あらゆるものの死骸が納められていて
だから海は濁るのだ
夕焼けをみてキスをするすべての
恋人を呪う事が出来ないように
感傷的な夕陽が 海を消毒する
だから 腸に飲み込まれる前に
私たちも クレゾールだ


点眼する 
世界を明るくしなくてはなるまい
左側に少しこびりついた痕があり
そこには小さな蟻の巣がある
と思えば
右側の目尻、その少しくぼんだところには
蟻食が舌を出しやすいように穴があいている
ぽろぽろと染むように涙を流す
それは クレゾールだ
夕陽が眩しい から
と語り尽くされた時間を羨んで
柘榴の一粒一粒を 消毒
してしまえば良かったのに
そんな事を思っていると海風が
切りすぎた前髪をそよがせた
その隙にもぺろぺろ
舌は右から左へと繰り出されている


ところで
海の見える街角には犬がいる
いや
どの街角にも決まって犬はいるのだ
そうしてそこにいるその犬は
決まって盲目なのである
皮膚病が凝り固まって
誰かの顔にみえる赤剥けを
朽ちはじめた木々が蔭せば
四角くきちんと折り畳まれた陽の布を
口に咥えて
高層窓硝子の点滅を丁寧に拭き始める
だから 夜には気をつけた方がいい
彼らの尾をけして踏んではならない
きゃんと鳴く 噛みつく力もないくせに
そして
誰もいなくなるから
みんな幽霊になってしまうから


海鳴りが広小路を通過する
夜をくぐり抜ける電車にのって
行く先は確かに知っていたのだが
忘れてしまった
他に乗客もない
きっと懐かしい場所へと連れて行ってくれると
信じているのだ 電車そのものが
私の鞄はいつもごちゃごちゃで
中に何が入っているのか見当がつかない
だから切符は枕の旅に出ているのだろう
はるか彼方を 優雅に墜落しながら
私をおいていってしまうのだろう
鳶がくるりと旋回するような
明晰な目線がもしあったのなら
クレゾールなど
噴出しなくても よかったのに
ああ そうか、それを
探しに出た旅なのかも知れない
私もその後を追わなければならないのだろうか
自問する
答えは出ない


鳴る音、寝る音 波の押し寄せるままに
いびきの音がどうしても許せなかったのは
それが玄関にまで響くからだ
玄関のその向こうにあるやすらぎが
きっと汚れてしまうから
淫靡な陶酔の余韻が呼び鈴を鳴らす
顔を伏せ私は眠ったふりをする
隣人のその奥さんも隣人であるが
密やかな潤んだ粘膜質の吐息が
ケムリとなって立ち上ったらどうだろう
あるいは 雫となって背筋をしめらせる
鼻を塞がなくてはならないかもしれない
もしくは
鼻腔を押し広げる工夫をしなければ
消えない 消したい
枕を
変えれば良いという話もあるには あるのだが
犬はしがみついたままだし
私は私によってもはや
盗掘された後だから
いやむしろ盗掘したのは 君なのかも知れないが
眦に蟻食を飼い続ける訳にはいかなかった
あのちろちろとした舌
まるで蛇ではないか蛇ではないか
きっと蛇なのだ
腔から漏れ出る炎のようなもの
なんだか分からない熱いものを
回収する舌が伸びる 
それはとても ふけつな行為で
私は



だから君は台所のテーブルの上に
いたみはじめた一輪の薔薇を飾って
白い便せんを一枚添えたんだね


とても清潔な
四角い白い 便せん


ポストに向かう
手紙を出す為だ
小川添いのガードレールには
花が手向けられていた
角を曲がればそこに
盲目の犬がいて
裂けた口に柘榴を咥えて
笑っている
かもしれない 

文学極道

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