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作品 - 20140114_905_7242p

  • [優]  階段 - 前田ふむふむ  (2014-01)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


階段

  前田ふむふむ


午前八時
古い雑居ビルの
階段にすわりながら順番を待つ
わたしは九番目だったが
一番目は朝六時ごろに着いたそうだ
エアコンがないので
階段はじわっと湿っていて蒸し暑かった
粘り気のある汗が噴き出てきて
全身を虫のように這っていく

片方の側の壁には
成人病の予防広告が
いくつか貼りついている
いつ貼ったのだろうか
黄ばんで汚れている
そのいくつかは
だらしなく剥がれかかっている

わずかに一つある蛍光灯は
不規則に点滅しているが
いつの間にか切れている

遠くで
船の汽笛が聞こえる
海が近いのかもしれない

一列に並んでいるものは
誰も話そうとしなかったが
ひとりが携帯電話を掛けるために場所を立つと
いっせいに喋りだした
簡単な会話が終わると 
約束事のようにピタリと止まった
後から来た人は黙って
順番に階段の上のほうにすわって並んだ

小さな窓からひかりは入っていたが
電気が切れたせいで
階段は暗かった
他の人の顔もよく見えない
踊り場にある
非常用の火災報知機のランプだけが
異様に赤い

来た時から気になっていたのだが
それは階段の上の方というわけではない
なんとなく
上の方で ざわざわとした 
聞こえるか聞こえないかのような つぶやいているような声の
気配がする
不思議と誰も気づいてないようだが
何者かに見られているようなのだ

そうかと思えば
わたしより先に来た
階段の下の方では 
苦しそうなうめき声が聞こえる
それが動物のように聞こえるのだ
少し怖くなって膝を抱えた

電車が近くを 轟音を立てて通り過ぎる
それが合図のように
少しずつ雨が降ってきた
窓を打つ雨音とともに
まるで夜のように暗くなった

わたしたちが黙りきって
どれくらいなるだろう
一階の入口の柵をどけている音がする
そろそろ時間なのだ
彼らは
エレベーターで五階まで昇り
着替えてから
一列になってぞろぞろと階段を降りてくる
その白い服装をした医師や看護師たちは
丁度 一団でいると
能面を掛けたように
無表情な同じ顔をしているようにみえる
わたしは 今まで見分けがついたことがなかった
やはりわたしは病気なのだ

すれ違いざま
能面の顔をした一人が何かを囁いている




おばあちゃんだよ
おじいちゃんだよ
おまえのお父さんだよ

わたしは少し告別式の時間に遅れてきた 
涙を流して かなしい顔をしていた父さんは 今頃まで何を
していたのだ 早く席に着きなさいという わたしは香典袋
に名前を書こうとすると 父さんは自分の名前を書いてはだ
めだと 涙を流したこわい顔をしていう どうしてだめなの
 自分の名前でなければ わたしの気持ちはどうなるの 父
さんは筆を取ると強引に 全く知らない人の名前を 書いて
これを出せという どうしてこれじゃ わたしが香典を出し
たことに ならないじゃないの わたしには香典を出す資格
がないの わたしは悲しくなって祭壇の方にすすんだ でも
 いったい誰の葬儀なのだろう そうだ 父さんはもう十年
前に死んでいるのだ 母さんと妹たちが見当たらない どこ
にいるのだろう 親族の席には見慣れた人たちが座っていた
 よく見ると みんなすでに死んだ人たちだ 
暗い表情のなかに 悲しみを浮かべてみんな泣いている 恐
る恐る 祭壇の遺影をみると わたしと母さんと妹たちの写
真だった これはどういうことなの 何のまねなの いった
い ここはどこなの 耳を劈くような読経が始まり 親族を
始めとする弔問のひとたちは 祭壇の写真をいっせいに見て
いる そして狼狽しているわたしを見ている 写真のなかに
閉じ込められているわたしを 家族と一緒に閉じ込められて
いるわたしを見ているのだ 助けてとわたしは小声で呟いた
小声で何度も にわかにこのモノクロームの葬儀に耐えら
れずに 嘔吐しそうになった

ガラガラと
二階の
重い鉄の扉をあける音が聞こえて驚いた
わたしは眠りかけていたのかもしれない

わたしはこの音を聞くために
今まで屈んだ姿勢で待っていたのだ

ありふれた名の付いたクリニックと書いてある
扉をくぐると
あかるいひかりを帯びた
受付で
九番目の番号札をもらった

文学極道

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