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作品 - 20131024_736_7094p

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丘の上の黒い子豚 un cochon sur la colline

  はなび


入り江に潜り込んでゆく景色のような模様が皿の上に描かれていた。青と金の手描きの線の上に農夫のにぎりこぶしくらいの赤っぽいジャガイモが、泥のついたまま放置されいている。ジャガイモを誰がはこんで来たのか僕はしらない。

おとといは、あさってには出発する予定だと言っていた宿屋の主人らしき男も、従業員達も、ただ落ち着かない様子で行く先々での心配ばかりしていた。不吉な言葉を言いあっては耳を塞ぎ、延々とネズミの形のビスケットを食べ続けている。

女主人が大鍋でトマトのスープを煮込んでいた。ひとつ足りないジャガイモについて妙な歌を歌っている。泥棒と子豚と足の生えたジャガイモ、詐欺師、薬剤師、巨大な蛸と勇者の物語、夏の夜中に咲く花のことについて。それらが走馬灯のように回転している歌だった。

翌朝、しらない男に起こされ、出発するから今すぐ支度しろと怒鳴られた。僕はゆっくりと寝床から起き上がり視線の先の窓を眺める。窓の外の景色は昨日までとはまったく変っていた。赤っぽいジャガイモのような地面が地平線まで続いていた。

年代物のバスが宿の前までむかえにきていた。宿屋の主人も女も従業員達も、しらない男もみんな先に乗り込んでいた。地面がとても熱くて靴の底が溶けそうだった。バスのタイヤが使い物にならなくなるのは時間の問題だから早く乗れと怒鳴っている。はやくはやくはやくと怒鳴っている連中は相当に怒っている様子だった。何に対して怒っているのか。グラグラと煮立ったスープの鍋があぶくだらけになってあちこちに散乱している。けれどもう誰も片付けようとする者がいない。

とにかく全員が乗り込んだというところでバスは出発した。タイヤよりも先に、もうエンジンがダメになりそうなバスだということが明らかになり僕も腹が立った。誰に何と言うべきか。

窓からの景色は昨日までとまったく同じ様に見えたり、じゃがいもの荒野に見えたり、タイヤやエンジンがぐらぐらする度に、ぐにゃぐにゃと入り交じり、胃の奥の方からピリピリした炭酸水が噴き出しそうだった。やっと入り江に面した丘が見えてきた。丘の上には黒い子豚が小さな祈りを捧げる為の棒切れのような神殿が建っている。棒切れのように見えるのは昔に焼け焦げたものをそのままにしてあるからだ。人びとは忘れない為にそのままにしたのに、覚えている者の多くは死んでしまった。日に焼けた黒い子豚のつぶらな瞳に、怒鳴りあう人間や間抜けな僕が映し出される。エンジンは朦々と煙を噴いてやっとそこで止まった。

文学極道

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