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作品 - 20131014_562_7073p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


朝顔の花

  市井一

たった一時なのだよ、可憐なその花の、淑やかに柔らかに輝く美しさで咲いていれるのは。

盛夏の早朝は、まだ光に和らぎを含んで透明で、寝苦しく火照った肌に残る汗の跡にも涼感の禊は心地良い。そうした穏やかな空気の内で薄い皮膜の様に漂う活力を搦め取って、淡い光沢も滑らかで鮮烈さえまろやかな深い色の襞へと変えてしまったのはお前ではないだろうか。そして、灼熱の陽が頭を擡げ、空一面が熱を帯びた青く平坦な映し絵の無い鏡と成れば、この世を支配するのは、きりりと浮かぶ造形の輪郭ばかりなのだから、そのしなやかで薄過ぎるひと掴みの花弁は簡単に窄んでしまう。区切りの見えない肌理の細かな光彩に覆われた淀みの無い一色はくすみに濁り、縮こまった花弁の跡形は皺苦茶に折れ曲がり捻れて醜くしなだれる。その時、太陽は一際逞しく力を漲らせ天を駆け登り、足下のものどもをなぎ倒す無慈悲を投げ付けていた。容赦の無い熱の力の蹂躙だ、酷暑の照りの隙の一部も無い惨劇は誰よりも我が身に纏綿する人間の、その中身の装飾し過ぎた脳の働きを病の毒の様に溶かして行く。共有するその奇病をそれぞれが内深く銜え込んで、同意は重く逃れえぬ服従の鎖を巻き付け、輪郭をなぞり下る刃に削ぎ落とされた灼熱の溶融は作用として、いつもの型通りに帰着する。その時、お前の頼りなげに見えた命はどうなっていたのかと云えば、醜い吹き出物の跡形でもぶら下げるかの様に早朝の美しい纏いを打ち捨てて、天に延びる荒々しい望みを小さな身に余る野生へ復活させ、垣根と云わず柵と云わずあらゆる輪郭の衝突する区切りの線を這い回り覆い尽くす卑しい野心を剥き出しにした本性へ戻って行く。いったいお前の根の強さといったら欲深さといったら、ばら撒く種にその生(き)のままの宿世を封じ、もう何年も何度でも同じ事を繰り返すばかりでないか。朝顔の花、お前は可憐であるのか猛々しい毒婦なのか、相反(あいはん)するものは常に入り混じり、その源はいつでもそうである様に、この世を舐めた野太い企みに盛っている。そして、お前は、今朝も、曇った、いや、腐れ切った人の目に向かい、にこやかな欺瞞の花弁を嘘くさくたたえていた。ああ、しかし、姿形の表すものはどうやっても素朴で頼りなげな襞そのもの、凛とした和らぎは麗しく知性の影さえ見せぬのだから、何という底知れぬ美しさを伝え得るのだろう。繁茂の中を、栄華の中を、滅亡と再生は既に爛熟として芽吹き、ほんの一時を、決して伸延を許されぬ断絶のその時を迷う事無く謳歌する。それは包み隠さぬ命の姿、手を差し延べ咲き誇る花の襞の美しさを心がたぐり寄せねば、夏はただ太陽の力に焼尽くされ重過ぎる脳髄の疲弊へ籠った熱で自らを溶かすしか無いのだから、錆び付いた蝶番(ちょうつがい)に閉じた心は開かぬまま感ずるものはただ廃れ行く。

ほんのひとときなのだよ、その花が可憐に咲き誇り萎んで行くのは、そして、漲ったものは最後に固い種を残す。

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