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作品 - 20131008_448_7066p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜行ドライブ

  鈴屋



道が西にカーブする
サンバイザーを下ろす
暑い
エアコンが効かない
15年落ちのセダンだ

女は眠っている
唇を薄くあけ、股をひらいている
ルージュで汚れた前歯、タイトスカートのぴんと張った裾
ヒールが片方脱げかけている
助手席のサンバイザーに手を伸ばし
女の瞼にも影をつくってやる

陽が山脈に落ち、闇が田園を水位のように浸していく
右のこめかみのあたり、膨らんだ月が平行してくる
ヘッドライトがアスファルトの路面を食んでいく
蛾が横切る、一瞬、眼が赤く光って
こちらを見た
黒々つづく山並みの麓に人家の灯が点々と綴られ
そのひとつひとつに
なんのつもりか、人が宿っている

棲みつくことは堕落だよ
「なっ?」
女は眠っている

女を乗せて三日目の夜だ
はじめ、女の故郷の小さな地方都市へ行くはずだった
女が、そこで暮らそう、というのを生返事で頷いたものだが
今ではどうでもいい話だ
あてなどなくても、アクセルを踏んでいる限り
ライトの先に道はひとすじ用意され、尽きることがない
そんなことに妙に感心する

道は山に入る
上るにつれ月は冴え、峰の稜線を際立たせる
エンジン音に耳をそばだて、ギアを選び
ゆっくりと上っていく
ハンドルを右に左に
やがてフロントガラスの視界が広がり
峠に出る
小休止のつもりで車を脇に寄せ、ライトを消しエンジンを切る
完璧な静寂
ウインドウを下げる
冷気に身震いする
月明かりの下、見渡す限り山の稜線が重なっている
それが際限のない緻密なつづら模様となって夜空に溶けこんでいく
無限という感覚
不快が込み上げ目を閉じる

目をあける
耳朶からぶら下がるトルコ石
闇の中に白い顔がぼうと浮かんでいる
女は眠っている

眠りにつくことが死ぬことなら
死ぬことも悪いことじゃない
「なっ?」
女が肯いたような気がする
 
キーをまわし
先を下り
さいぜん望んだ山並みを縫って行く

文学極道

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