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作品 - 20130902_879_7005p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


歌仙『悪の華』の巻

  田中宏輔




連衆  林 和清
    田中宏輔



FAX興行  自 1992年5月12日
       至      5月24日





○初表

発句   発心は月砕けちる夢のうち   和 「旅へのいざなひ」の定座

脇    F君には、いろんなものが憑依する。  宏
     この間なんか、電気鉛筆削り器が取
     り憑いちゃって、右の指をガリガリ
     齧り出しちゃったんだ。ぼくがコン
     セント抜いてやるまでやめなかった
     よ。次には、何が憑依するんだろう。

三句   電磁場のささなみわたる寒水魚   和 

四句   「牛魔王」というニックネームの女   宏 「巨女」の定座
     の子がいた。高校三年の時のクラス
     メイトだ。弓月光の『エリート狂走
     曲』に出てくる「大前田由紀」そっ
     くりの超超超ドブスだった。本人の
     前では、だれも口にしなかったけど。

五句   牛の首どさりと天地花吹雪   和

折端   ぼくがキリストに興味があるって言   宏
     ったら、友だちがビデオで『奇跡の
     丘』を見せてくれた。パゾリーニの
     映画は初めてだった。画面に映った
     監督の名前をみて驚いた。イニシャ
     ルを逆さまにするとい666になる。

●発裏

折立   夏荒野(あらの)身ぐるみの次なにを剥ぐ   和 「賭博」の定座     

二句   「先生、美顔パンツってご存じです   宏
     か」とA君が真顔で訊いてきた。教   
     師が首を振ると、「ぼく、包茎なん
     です」とA君は続けた。教師はさも
     自分が包茎ではないような顔をして
     話を聞いていた。ごめんね、A君。

三句   重陽の重なりあやし賀茂(かも)社(やしろ)   和

四句   円山公園の市営駐車場入り口近くに   宏 「幽霊」の定座
     公衆便所がある。昔、そこで男の人
     が首を吊ったという話を聞いたこと
     がある。生前によほどウンがなかっ
     たからか、死ぬ前に、ただウンコが
     したかっただけなのか知らないけど。

五句   鳥辺野に来てただ坐る雪の昼   和

六句   ビートルズのアルバムはどれも好き   宏
     だ。とくに後期の作品なんか、毎日
     のようにかけてる。なかでも、よく
     聴くのは『ホワイト・アルバム』だ。
     "Cry Baby Cry"にタイミングを合わ
     せて、キッスしたりすることもある。

七句   唾液かわくにほひや杉の花しきり   和 「異なにほひ」の定座

八句   教科書に載ってる顔写真てさ、落書   宏
     きしてくださいって言ってるような
     もんだよね。「鶏頭」の俳人、正岡
     子規って「タコ」にする人が多いけ
     ど、あれは横顔だからで、正面の写
     真だと、「ヒラメ」にすると思うな。

九句   ほととぎす聞かぬ詩人も一(ひと)生(よ)なれ   和

十句   『そして誰もいなくなった』を久し   宏 「救ひがたいもの」の定座
     振りに読んでたら、吉岡実の「僧侶」
     が、そのなかに出てくる童謡に似て
     るような気がして、林に電話で言っ
     たら、「それはクリスティじゃなく
     て、マザーグースが元だね」だって。

十一句   赤子老いてそのまま秋の麒麟草   和

十二句   弟がまだ幼稚園の時、いっしょに遊   宏
      んでたら、瞼の上に傷させちゃって、
      ぼくにも同じところに、同じような
      傷があるから、さすがに兄弟だと思
      ってたら、テレビに映った俳優の顔
      にもあって、なんか変な感じがした。

折端    雪霰霜霙みな信天翁   和 「信天翁」の定座

○名残表

折立   ハインラインなんて好きじゃないけ   宏
     ど、『夏への扉』は文句なしに素晴
     らしい作品だ。コールド・スリープ
     とタイム・マシーンが出てくる恋愛
     物語だ。ぼくにとっては、やり直し
     のきく人生なんて、地獄的だけどね。

二句   生前に春ありて水の底あゆむ   和

三句   オフィーリアや、ハンス・ギーベン   宏 「寓意」定座
     ラートは、ビタミンCのとり過ぎで
     頭がおかしくなって入水したらしい。
     亡霊の姿となったいまでも、「ビビ、
     ビッ、ビタミン!」と言って、水藻
     や水草をむさぼり喰ってるって話だ。

四句   桃の実のうちなる歓喜湧きて湧きて   和

五句   『走れメロス』に出てくる、あの王   宏
     様ってさ、自分の息子や妹なんかを
     殺しといて、後でメロスたちの友情
     見て、改心しちゃうんだよね。でも
     さ、そんなに安易に改心されちゃあ
     さ、殺された方はたまんないよねえ。

六句   人体のひとところにつねに秋のあり   和 「憂鬱」の定座 

七句   また、今日もぶら下がってた。吊革   宏
     を握った手首が。どこから乗ってき
     たのか、どこで降りるのか、知らな
     いけど、だれも何も言わないから、
     ぼくも何も訊かない。そいつは吊革
     といっしょに、ぶらぶらと揺れてた。

八句   鳥葬のみな黙しをる雪催ひ   和

九句   電話があった。死んだ母からだ。も   宏 「理想」の定座
     う電話はかけないでよねって言って
     おいたのに。いまのお母さんに悪い
     からって言っておいたのに。わかん
     ないんだろうか。自分の息子を悩ま
     せるなんて、ペケ。ペケペケペケ。

十句   摩耶マリア夜桜は地に垂れてけり   和

十一句  小学生の時のことだけど、学校でい   宏
     じめられたりすると、蝉なんかを捕
     まえてきて、翅や脚を切り刻んだり
     腹部や肛門を火で炙ったりして、そ
     の苦しむ姿を見て、自分を慰めてた。
     仔犬の首を吊ったりしたこともある。

十二句  夏草の根はからみあふ墓の下   和 「墓」の定座

折端   脚の骨を折り、二年ほど寝たきりで   宏
     祖母は過ごした。祖母の火葬骨には
     黒い骨が混じっていた。生前に患っ
     ていたところが黒い骨になるという。
     ぼくの死んだ妹は精薄だった。家の
     なかで迷子になったまま帰らない。

●名残裏

折立   転生のこゑひびき来る夕紅葉   和

二句   十年ほども前、飼ってた兎が逃げた   宏 「腐肉」の定座
     ことがある。兎は鳴かないので、い
     くら探しても見つけることができな
     かった。何日かして、普段使ってい
     ない部屋に入ると、死んでいた。死
     骸が腐りはじめた甘い匂いがしてた。

三句   汁の実に冬の木霊をあつめけり   和

四句   ローソンで買い物をしていたら、カ   宏
     パポコカパポコという異様な音がし
     たので振り返った。舞妓さんがあの
     格好のまま入ってきたのだ。異様な
     雰囲気を漂わせながら、舞妓さんは
     ひたすらオニギリQを選んでいた。

五句   われの中にをんな住みゐて花ざかり   和 「呪はれた女達」の定座

挙句   生涯、仕事をしなかった父は、情婦   宏
      のところにいる時以外は、骨を題材
     にして、アトリエでグロテスクな絵
     ばかり描いていた。ぼくは、父の書
     斎で、『血と薔薇』を盗み読みした。
     『陽の埋葬』は、父への挽歌である。

文学極道

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