#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20130701_325_6937p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


星屑に願いを

  お化け

去年はあなたのことを考えていなかった。来年になればみんなひとつ歳が増えているのは神様の分配の正義だろうか。歳の差ってどちらかが死ななければずっと距離が縮まらいよね。こういうふうにずっと縮まらないことってたくさんあるんだろうな。膨張していく宇宙の星と星との距離みたいに時間が経てばいつも離れていくこととかもあるかもしれない。自分が自分でなくなって自分が自分から遠ざかる場合もあるだろうし。自分が自分にいちばん近いかってことも不確かで変わっていく。自分より近い他人っているのかな。こっちに向かって歩いて来ているすごく好みのタイプって人との距離がだんだん縮まって重なるようになって。全然知らない人だからすれ違ってまた離れていくんだけど。近づいたり離れたり動き続けている。焦点がぼやけたりハッキリしたり。自分より別の人の方が私の目的地に近い位置にいるように見えて嫉妬することもある。欲望や目的を持たなければそれを見なくてもいいんだけど。ハッキリしないままだとあらゆるものが曖昧だから「現実」世界が遠ざかって見える。安心できる住処を求めているんだろうか。いいや違って生きていれば旅人であるしかなく止まることは許されないのはないのだろうか。死んでも止まれないのか。歳上の私が先に死んだらだんだん歳の差が縮まってあなたはいつか私と同じ歳になって。そこからは今度はあなたが歳上になって歳の差が離れはじめる。あなたがずっと生きていたら私はだんだん忘れられて。そんなあなたを軽蔑するときには「実はあなたが私より先に死んだ」って想像してみたり。そしたらはじめから離れていた歳の差がもっと広がっていって。私があなたを軽蔑しはじめるよりあなたが私を軽蔑しはじめる方が早いんじゃないかって。きっと誰かと離れれば誰かと近づくことになってしまうこともある。誰かと近づけば誰かと離れることもあるね。0時00分から一番遠い時間が6時00分というときに6:00のところにいたらはどちらに動いても離れられないか。0時00分から一番遠いのが12時00分となれば2倍遠くなる。365日の暦の円環となればもっと遠いんだ。ぐるぐる回って去年の同じ日に近づく運命があって。いろんな周期の歯車が噛み合って一致して「カチリ」盲目の時計職人がつくった腕時計の針を進めている。やがて金星人が炭素14の半減期を利用して私の化石の年代を測定していく。含まれる同位体が1/2になり1/4になり1/8になり1/16になりこれをy軸にしてグラフにプロット。分母が大きくなるにつれて腕時計の中で回っている歯車の真ん中が空っぽになって広がっていく。色んな大きさの歯車たちはx軸に並行な線を適当な大きさにぶつ切りにした線の両端をくっつけて作るリングみたいな時間となる。腕時計の内部のリングは他のどの時間とも噛み合わなくなっている。閉じて他の時間と関わらなくなった憂鬱な時間たちは次々と自らを切断してリングが解ける。それが「染色体」ぐらいに柔らかくなって動かない腕時計の中にゴニョゴニョ詰められていたの。詰め物の指令で腕時計は時計であることをやめて単細胞生物になりました。時間が分からないまま時が過ぎました。その中の暮らしに飽き飽きした詰め物たちは協力し脱出を試みた。「一緒になろう」って全部くっついて一本の細長い糸となり針の穴を通っていく。「プスッ」と腕時計型単細胞生物の膜をすり抜け出ていくと糸は一本の線虫になりました。線は1/nをプロットしているグラフのnと一緒に進む。nが限りなく大きくなり時間軸xに限りなく近いところで並行になりながらプラスの無限の彼方にある中枢神経へ進む。私とあなたが死んだ日は遠い昔の話。私とあなたが手をつないだ日はそれよりも昔のことになるね。生活していたときの色んな周期や何度も見た映画や永遠回帰のことなんて忘れてしまって時間はもう戻ってこない。線虫の時間はただひとつの方向に伸びて私たちが生きていた時代は遠くなってくだけ。すべてが平等な星屑の世界に帰っていくだけ。私とあなたの存在はずっと昔に忘れられた。遠い未来と私たちの間には「時間の防音壁」が建設されていくから私たちのプライバシーは完全に守られているの。壁は一回性の出来事の「生々しさ」を守っている。秘め事にしている。ひとつの奇跡として。言葉では表現できない気持ち。未来人には私たちの「悲しみ喜び」何も聞こえていない。その未来人が消えたのも遠い遠い昔の話で。遠い遠い未来には誰もどこにもいませんでした。寂しいね。誰か私のために何か話して下さい。お話を聞かせて。「昔々あるところには誰もいませんでした」と笑みを浮かべたおばあちゃんが孫に写真の奥行の中の世界で話している。祖母のお気に入りの小説はスローターハウス5。「ただ一人の読者を喜ばせるように書くこと。つまり、窓を開け放って世界を愛したりすれば、あなたの物語は肺炎に罹ってしまう」はヴォネガット「創作講座初級篇」の7番目の原則。私もおばあちゃんもカート・ヴォネガットが好きだった。彼女は若い頃に「あの人が死んで生きていけないわ」と思った女性だったけど長生きして今はもうシワシワのおばあちゃん。何も考えられなくなり介護されている。弱くなった人たちが世界を愛して死んでいく。誰ひとりどこにもいない世界がやってくるまで「誰かが誰かのことを想って」というのが続いていく。誰かが誰かのことを忘れていく。少女と少年は「あなたのことは絶対忘れない」って誓って星に願いを。今日はいつの間にか七夕。天の川を渡って会うことが許された日。会いたい。離ればなれの男女はこの日を待っていた。月日がぞっと過ぎていき年老いていきますね。みんな幸せになった方がいいけれど「みんながみんなのことを平等にいちばん大切にするわけではないから」世界平和は不可能だと思いました。私の願いは「去年の今頃のまだ私と知り合っていないあなたのだけことを考えている」のが「去年の私であった」ってことで。記憶の中にいる過去の自分にテレパシーを送りました。去年の私は異次元空間へ通じる切れ目から中に入って電話の受話器を取った。話し終えると「来年の今頃もあなたのことを想っていたい」と去年の私も今の私も星屑に願いを。来年から見た今日は去年で。今年も去年も今頃は七夕で。こういう時間的関係性をややこしくこねくりまわして。オーブンで焼いて心だけをちゃんといい具合に恋焦がして。七夕でない日を全部焼いちゃって。「毎日が七夕」ってすることに出来たらいいなって。去年の今頃は何をしていましたか?



















★ヴォネガットの言葉は「バゴンボの嗅ぎタバコ入れ」という短編集の序文から引用。
創作講座初級篇は8つの項目があって、気になる人がいるかもしれないから以下に引用しておく。

1.赤の他人に時間を使わせた上で、その時間は無駄でなかったと思わせること。
2.男女いずれの読者も応援できるキャラクターを、少なくとも一人は登場させること。
3.例えコップ一杯の水でもいいから、どのキャラクターにも何かを欲しがらせること。
4.どのセンテンスにも二つの役目のどちらかをさせること…登場人物を説明するか、アクションを前に進めるか。
5.なるべく結末近くから話を始めること。
6.サディストになること。どれほど自作の主人公が善良な人物であっても、その身の上に恐ろしい出来事を降り掛からせる――自分が何からできているかを読者に悟らせる為に。
7.ただ一人の読者を喜ばせるように書くこと。つまり、窓を開け放って世界を愛したりすれば、あなたの物語は肺炎に罹ってしまう。
8.なるべく早く、なるべく多くの情報を読者に与えること。サスペンスなぞくそくらえ。何が起きているか、なぜ、どこで起きているかについて、読者が完全に理解を持つ必要がある。たとえゴキブリに最後の何ページかをかじられてしまっても、自分でその物語を締めくくれるように。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.