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作品 - 20130610_098_6917p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ターミナル

  漆華


終点に近いところでは
触れる体温と、繕っても解れる痛みと、
ルーティーンを保つことがすべてだ
あなたが消えて、彼女がいても、
もしくはその逆でも、何ら違いはないことを知っている
わたしも皆も知っている「ここ」の話
視覚以外のすべての点が
肺胞に収めた窒素からそれを読み取る

あのう、ね、そう、痛みのある夢ですよ

「ここ」では言葉は嚥下されても胃の中で溶けることなく、
未消化のままで便器に流されてゆく
無為ですか、そうですか
流された過去だけがあって、あなたはそれを忘れたと嘯くし
そうして濁った渦巻を網膜に焼き付けている彼女は
どの程度あなたと乖離しているか、
証明する術はゼロパーセントと言い切ることにしたのだという
だってあなたとくっついて混ざり合ったりなんてしなくていい
わたしは一人ぼっちの脳味噌を愛する、と

だからね、そう、幻を願う歪な現なんですよ

涙は灰汁の味がしているらしく
あなたはそれを不味いと言い、彼女はそれを食べている
味を忘れないようにというためらしく、
美味しいとか、そうでないとかは意味がない、としか
わたしは聞いたことがない
ただ、繰り返し、
涙は灰汁の味がする、というだけだ
剥がれたり、捨てられたり、
明日にはいないものの味がする、というだけだ

濁りを残らず掃き出すための
ぴかりと白い陶器のトイレットは新しく
冬でもひやりとはしないそれに座ると、あなたは
決まってふたりでどこかに行こう、と
とても真面目に囁く
植物園だったり、海だったり、毎度どことは違うけれど、
それは優しい誘いだった
柔らかい皮膜に包まれて、そのままやはり、流れる類の

酷い話ですよ、なにがって

と彼女はここでそっと目を閉じ、
なんで人は惜しむように出来てしまっているのかってことですよ
と睫毛をさすってごちた

あなたは別な世界の話に相槌を打っていたけれど
わたしは今日初めて、わかりますと答え、
ルーティーンに似た日々をこなしながら
誰もが恐る恐る予感しつつ
慰めるために動く身体の、数えきれない傷も
震えるこめかみのあたりで見えている、という様な事をいった

彼女は首だけでそれに頷き、
漸くしっかりしてきた親指でオレンジを剥く
痛みはじめる肉はどうしてこんなに、不道徳にも甘いのだろうか、と
あなたと同じものをわたしも食べ、
そして美味しい、と僅かばかり微笑む

文学極道

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