私は歓喜した。私は恋愛がわからぬ。私は非リアである。詩を書き、文学を読んで暮らしてきた。私は硬派である。コーヒーはブラックしか飲まない。そんな私が女子から一粒のチョコをもらった。オリゴ糖入りで頭がすっきりするという。口に含んだら甘やかに溶けていった。頭がすっきりした後、私はうれしがっていて、あまつさえ女子のことがすきだ、と気づいた。私は深く恥じ入った。
どうもさいきん頭がすっきりしないので、件のチョコを購うためにampmに入った。似たパッケージが陳列されているなか、そのチョコは売られていない。それから、セブンイレブン。ポプラ。デイリーヤマザキ。二件目のセブンイレブン。サンクス。そして二件目のサンクス。どこにも売られていない。私は疲弊してきた。頭がどんどんすっきりしなくなってきた。ならば、と思って、イオンに行った。見当たらない。けばけばしい極彩色の製菓が虹の光線で私の目を刺す。担当者にたずねると、静かに首を横にふり、私はこの道に入って長いが、そんなものはきいたことがない、と言われた。実在しているのか?とすら言われた。実在しているのか?だと。頭がどんどん甘やかになって、すっきりしなくなってきた。
オリゴ糖入りのチョコはどこに売っているのか?女子にメールをしようとおもってiPhoneを取りだす。日付けが目に入る。2/14である。ヴァレンタイン……。頭が甘やかになり、くらくらしはじめ、私はなにかに恥じ入った。連絡先をスクロールするが、女子の名前が思いだせない。さ、し、し、し、女子、違う、し、す、せ、せ、せ、聖ヴァレンタイン、違う。iPhoneをしまう。頭が疲弊してきた。実在しているのか?だと。違う。チョコだ。私はサンクスに駆けこむ。虹色の製菓が笑いさざめていている。実在しているのか?違う。iPhoneを取り出す、さ、し、し、実在しているのか?違う。頭がもっと甘やかになる。甘やかになった頭のなかで製菓担当が首を横にふりつづける。セブンイレブン。ポプラ。聖ヴァレンタイン。メールだ。違う。実在しているのか。ポプラなんか実在しているのか。違う。iPhoneをしまう。そうだ、チョコだ。そうだ、メールだ。iPhoneを取りだす。さ、し、女子。違う。さ、し、す、す、す、すき。違う。さ、し、す、す、すき、すっきりしたい。違う。頭が。虹が溶けていった。違う。さ、し、す、せ、そ、そうだ。チョコだ。チョコが女子なのだ。製菓担当が首をよこにふる。違う。チョコの実在をたずねるのだ。そうなのか?私は首を横にふり、スクロールする。さ、三件目のサンクスに駆け込む。さ、し、し、し、女子。違う。さ、し、す、す、せ、せ、せ、セックス。違う。違う。違う。私は純粋だ。私は硬派だ。私は聖ヴァレンタインだ。違う。私はサンクスだ。違う!私はなにをしているのだ。わたしは、わたしは、わたし。わたし、し、す、す、せ、製菓。そうだ。製菓コーナーだ。さ、し、す、せ、せ、聖歌コーナーで、チョコたちが歌をうたっている。虹色の光線のなかでチョコたちが。虹の歌。そうだ。チョコ。あ、チョコ、チョコ、チョコ、あ。あ、あ、あ、実在し、し、し、ていた。うれしい!うれしい!チョコたちが歌をうたっている。実在していた。私は実在しながら虹色の歌をチョコたちと共にうたいはじめた。
オリゴ糖入りチョコを購い。その場でパッケージを破る。一粒、口に含む。甘やかに溶けて、だいぶ頭がすっきりした。レジ待ちの客が訝しげにこちらをみている。あ、違います、違うんです。私は硬派なんです。と私は言う。レジの担当者が、いいからはやく帰ってください。と私に言い放つ。私は深く恥じ入った。
ちなみに、その後、メールは一通もこない。連絡先も見当たらない。女子は聖歌コーナーで虹色の歌をうたっているのだろうか?そして私の頭のなかでは、聖ヴァレンタインが静かに首を横にふりつづけている。
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選出作品
作品 - 20130305_373_6747p
- [優] 走れ私 - コーリャ (2013-03)
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