#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20121206_171_6531p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


星が見えない

  hahen

 下方から朱色に照らされる雲。知らなかった。太陽は、地上から随分と近いところを通る。閉じられた視界に焼きつく暗緑の幻影を見失わないように、ひとびとは太陽と併せて暮らし、眠る前にその緑色の淡い残像をからだの深い処に沈着させる。掻き抱くみたいにして寝返りを打つ。そのとき星たちは一体どうしている? 嘘みたいに遠い真空で。暁光さえ無い。

 じっさいにぶつからない風
 別の世界から降り注ぐ嘘
 たぶん、って言う為の呼吸
 屋根から滑落する人の幻
 飛躍した人間は星と呼ばれ
 本当の星は動けないまま

 /昼間に星が見えない/夜から星が奪われる/
 誰も明るい正午に星明りを思い出そうとしないので、天体には嘘が満ちている。星々の方に嘘はない。星から吹く風、今日は何だか、ほんとうにやってきそうな。

 真昼の陽射しが差し込む部屋は冬でも暑い。小刻みに窓が震える。風が、今日は強いみたい。オレンジ色のセーターの袖を肘まで捲ったら、部屋の温度が一度上がる。外気の温度は一度下がる。ひび割れに忍び込むような鋭い風が頭上をひっきりなしに飛び交っている。多分。

 小春日和。雪の匂いは未だ訪れない。星ってやつは気難しいもんだから、太陽とは仲が良くないし雪とも折り合いがつかないのさ、/一拍の呼吸/たぶん。他の光が我慢できないんだろう。そんな風にして人々の目線を釣り上げてきたから。

 投身自殺と明け方の青み
 蜃気楼でないためのBフラット
 世界から一切の音が消え、
 この場所から一切の色彩を
 手放すための、呼吸を一つ
 でもきっと、そこまでしても
 何一つとして、望んだように
 消えることはなく

 /望んでも消えない/望まなくても消える/
 唯一の無限線分に根ざす星たちの実存と葛藤を誰も見ようとはしない。「いつか」ということばに嫌気が差して死んでいったひとがいるとしたら、そのひとは本当に星になったことだろう。前触れなく遭遇した小春日和にセーターの袖を捲るひとを見つけて、見続けて、自分の方は見つからない。いつだって、見つからない。

 自らが輝いていると知っている星なんてありはしない。ひとびとに輝きを指摘された星、瞬きと瞬きとの間に五回星の明滅を数えた後、そこから一つの星が流れた。たぶん、それは同じ星。瞬きの後の世界が全く別の知らない世界でないのなら。肺胞に取り込まれた吸気には、星から降りた風が30ml、百五十分の一の真空はとても冷たい。誰にも指さされることなく流れた星の。それはすべての解釈を拒絶する痕跡。

 星から降りる風
 それは見える?
 色は誰かが決めてくれる
 デブリに汚れていたって
 星の息吹、人工の気配、
 煌めくおほしさま、
 どうしてそんなに輝くの?
 ひとびとが存在するから

誰かの心臓が二十億の、役割を終えてしまったから、誕生日が命日に上書きされた祖父母は少なくないから、夜、眠り、そして目覚めるたびに、自意識の存続と、記憶された暮らしの形跡とから、世界の様態が途切れていないことを知り、あなたは安堵するから、脳で発生した腫瘍に眠らされている彼が、尋常じゃないほどの大きな鼾をかきながら、夢らしきものを見ているのかどうか、知る人はいないから、十年付き合ったあいつが、トラックに撥ね飛ばされる前、リペアから返って来たストラトで最後に、掻き鳴らしたのがBフラットだったから、マールボロの匂いと一杯のウォッカを、一晩の睡眠に代用する彼女が、何故、眠らないのか少しだけわかる気がしたから、可愛い顔の同僚のあの子が、オフィスビルの屋上で大して見えない、星を見上げていたから、そうだろ、だから星は光る、それを星は一体望んだだろうか?

太陽がわたしの右上を通る。本当に動いているのかわからない速度で。星は一つも見えない。とうとうセーターを脱ぎ捨てた小春日和。星は一つも見えない。ハレーションとしての活動。埃っぽい。舞い上がる煙草の灰と細かい羽毛。いつになっても。青く濃すぎる空に星は一つも見えない。星だって死ぬ。流れ星。翠色の尾を引いて星は流れる。それは一瞬でひとびとを焼却できるほどの超高熱で燃えている。なのに涼やかに。優しげな速度でついと滑落する幻。嘘から生まれた輝き。熱くて冷たい宝石みたいな星風。誰にも記憶されないまま。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.