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作品 - 20120905_939_6318p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ロミオとハムレット。

  田中宏輔



プロローグ


  コーラス登場

いにしえより栄えしヴェローナに、
モンタギューとキャピュレットという
互いに栄華を競う、二つの名家がありました。
ヴェローナの領主エスカラスは
己の地位の安泰を考えて、
両家の一人息子と一人娘を婚約させました。
ところが、その婚約披露パーティーの夜、
事もあろうに、モンタギューの息子ロミオは
デンマーク王子のハムレットに一目惚れ。
それでも、婚約者のジュリエットは
ロミオのことを諦めることができませんでした。
得てして、恋はままならぬもの。
観客の皆様も、我が身におかれて
とくと、ご覧なさいませ。



第一幕

  第一場 ヴェローナ。ヴェローナ領主エスカラス家邸宅内、エスカラス夫人の部屋。

  (エスカラス夫人、扇子をパタパタさせて、エスカラスの前に立っている。)

エスカラス夫人 今夜ですわね。

エスカラス あちらを立てれば、こちらが立たず、こちらを立てれば、あちらが立たず。モンタギューとキャピュレットの両家の板挟みとなって、これまでどれだけ神経をすり減らしたかわからん。しかし、それも今夜でおしまいじゃ。わしが取り持って、両家の一人息子と一人娘を結婚させてしまえば、万事はうまくゆく。今夜、キャピュレット家で催される婚約披露パーティーには、ヴェローナ中の有力者たちが招かれる。正念場じゃ。おまえもしっかり頼むぞ。

エスカラス夫人 ご存知ですわね、今夜のためにドレスを新調しましたの。

エスカラス (呆れたように)まあ、せいぜい着飾っておくれ。

エスカラス夫人 それにしても、あのパリスが、もう少ししっかりしてくれていたら、と思わずにはいられませんわ。

エスカラス 言うな、あの女たらしのことは。親戚でなければ、とうにこのヴェローナから追放しておるわ。いったい、何人の女の腹をはらませたことか。それにな、あのパリスがキャピュレット家の娘と結婚したとしても、わしの地位が安泰するというわけではないのじゃ。この街の半分には、モンタギュー家の息がかかっておる。もしも、わしがモンタギュー家よりもキャピュレット家の方に肩入れすることになってみろ、身内となったからには肩入れせんわけにはいくまいし、そうなれば、モンタギュー家から、どのような厭がらせを受けるかわからんぞ。反乱が起こるとまでは言わんが、わしの地位が不安定なものになることは目に見えておる。

エスカラス夫人 政治のことは、わたくしにはわかりませんわ。

エスカラス 身を飾ることのほかは、と言うべきじゃな。

エスカラス夫人 まっ。(と言って、動かしていた扇子を胸にあてて止める。)

エスカラス このイタリアでは、陰謀という名前の犬が歩き回っておる。その犬に咬みつかれんようにするには、己自身が犬になることじゃ。

  (扉をノックする音。エスカラスの返事を待って、召し使い登場。)

召し使い 手紙をお持ちいたしました。(エスカラスに手紙の束を渡す。)

エスカラス (その中から、一通を取り出して)これは、ハムレット殿宛のものじゃな。お持ち差し上げろ。(と言って、召し使いにその手紙を渡す。)

召し使い 承知いたしました。

  (召し使い退場。)

エスカラス夫人 そういえば、ハムレット様とオフィーリア様も、今夜のパーティーにご出席なさるのでしょう?

エスカラス ご身分を隠されてな。それはもう、ぜひに、とのことじゃ。そう申されておられた。いつか、あらためて紹介しなければならんだろうがな。



  第二場 ヴェローナ。エスカラス家邸宅内、賓客用客室。

  (ハムレット、召し使いから手紙を受け取る。召し使い退場。)

ハムレット (差出人の名前を見る。)ホレイショウからか。何、何(封蝋を剥がし、手紙を読み上げる。)『こころよりご敬愛申し上げますハムレット王子殿下へ 殿下がエルシノア城を去られ、故郷であるデンマークを後にされてからもうひと月にもなりましょう。ヴェローナに着かれてすぐに、二人のともの者を帰されて、殿下の叔父上、現国王クローディアス陛下も、殿下の母君、ガートルード王妃様も、ずいぶんと、ご心配なさっておられるご様子です。また、ポローニアス殿も、殿下とごいっしょにデンマークを離れられたオフィーリア嬢のことを心配なさっておいでです。殿下が、亡き父君、先王ハムレット陛下を追想され、悲嘆の念にくれていらっしゃいますことは、先刻承知いたしております。ですが、――あえて、ですが、とご注進させていただきます――いつまでも悲しみの中に沈んでおられてはなりません。王位第一継承者たる王子殿下のなさることではありません。人民より愛され、臣下より慕われておられる殿下であります。オフィーリア嬢とごいっしょに、一刻も早く、デンマークに戻られますようお願い申し上げます。臣下一同、首を長くしてお待ち申し上げております。命ある限り殿下に忠誠を誓いしホレイショウより。』(手紙をテーブルの上に置き、オフィーリアの顔を見て、再び手紙に目を落とす。そして、独り言のように)亡霊のことについては、何も触れていなかったな。

オフィーリア (不安そうに、ハムレットの顔をのぞき込む。)亡霊ですって?

ハムレット あっ、いや、何でもない。それより、今夜のパーティーには、どのドレスを着ていくことにしたのかな?

オフィーリア (ドレスの話を持ち出されて、顔に微笑みが戻る。洋服箪笥の中から、藤色のドレスを選んで、ハムレットに見せる。)これを着て行くことにしましたわ。

ハムレット 紫の仮面に藤色のドレスか。それでは、そなたに合わせて、わたしは紺の服を着て行くことにしよう。

オフィーリア それは、ハムレット様の黒い仮面にも似合っておいでですわ。

ハムレット それにしても、そなたは、お父上のポローニアス殿のことが気にかからないのかい?

オフィーリア わたくしのことなど、心配なさるはずがありませんわ。むしろ、お父様は、わたくしと顔を合わせることがなくって喜んでいらっしゃるでしょう。

ハムレット そんなことを言うものじゃないよ。きっと、心配なさっておられるはずだ。

オフィーリア いいえ。お父様は、わたくしのことが大嫌いなのですわ。そして、わたくしは、その何層倍も、お父様のことが大、大、大嫌いですの。

  (ハムレット、沈痛な面持ちになる。)

オフィーリア (ドレスを置いて、ハムレットのそばに寄る。)ごめんなさい。ハムレット様の前で。ここでは、お父様のことを忘れようとなさって、ずっと陽気に振る舞っていらっしゃったのに……。

ハムレット (首を振りながら)いや、いいんだ。

オフィーリア ほんとうに、ごめんなさい。

ハムレット (さらに沈痛な面持ちになって)いいんだよ。いいんだ。

  (暗転、その刹那、「よくはない!」という野太い叫び声。)



  第三場 回想場面。デンマーク。エルシノア城、城壁の楼台。

  (舞台の隅。胸壁の書き割りを背景に、鎧兜を身に纏った亡霊の姿が浮かび上がる。)

亡霊 よくはないぞ! なぜ、わしの敵(かたき)を打たん?

  (ハムレットの上に、スポット・ライトがあたる。)

ハムレット 敵(かたき)を、ですって?

亡霊 そうじゃとも、ハムレット。昨夜も告げたはず、余は汝の父の霊である。余の妃を手に入れんがため、余の命を奪いし汝が叔父、クローディアスに復讐せよ。

ハムレット そのような話は信じられません。昨夜も、わたしはそう申し上げました。

亡霊 余の言葉を信ぜよ。余の話を最後まで聞け。汝が叔父、クローディアスは、余が庭で午睡をしておる間に、余の耳の中にヘボナの毒液を注ぎ込んだのじゃ。

ハムレット 父上は毒蛇に咬まれたと聞いております。

亡霊 嘘じゃ!

ハムレット 父上が睡っておられたパーゴラで、その毒蛇が見つかっております。

亡霊 罠じゃ!

ハムレット 葬儀の際の、叔父上のあの悲しみの表情、あの涙は真であったと思います。

亡霊 偽りじゃ!

ハムレット 偽りであってもかまいません。

亡霊 何じゃと?

ハムレット よしんば、それが、嘘や偽りであってもよろしいと申し上げたのです。

亡霊 何と。

ハムレット いずれにせよ、父上の命はそう長くはなかったのですから。

亡霊 どういう意味じゃ?

ハムレット ここ、半年の間、梅毒の症状がすっかりひどくなられて、父上は狂われてしまわれたのです。

亡霊 そちは、余が狂っておったと申すのか?

ハムレット 狂っておられたとしか思えません。あれほど父上に忠誠を尽くした臣下たちを、つまらぬことで追放なさったり、処刑なさったりして。

亡霊 余はデンマークの王である。

ハムレット それゆえに恐ろしい。狂気が、王という一人の人間の中に棲まうとき、数多くの罪のない者が犠牲になるのです。

亡霊 どうしても、余のことを気狂い呼ばわりするつもりじゃな。

ハムレット 臣下の中で、ひそかに謀反の声を上げる者がおりました。

亡霊 クローディアスもそう申しておったが、余に刃向かう者などおらんわ。

ハムレット お調べになったのですか?

亡霊 調べるまでもない。そちはクローディアスに騙されておるのじゃ。

ハムレット 騙されてはおりません。反乱が計画されていたことは事実です。

亡霊 余がクローディアスに殺されたことも事実じゃ。

ハムレット それが事実であっても、わたしには叔父上に剣を向けることはできません。

亡霊 余のことを愛してはおらぬのか?

ハムレット 父上を愛する愛よりも、叔父上を愛する愛の方が強いのです。

亡霊 余の耳が聞いておるのは、そちの口から出た言葉か?

ハムレット 正直に申したまでのこと。さらに正直に申すれば、わたしは、父上のことなど、まったく愛してはおりませんでした。

亡霊 何じゃと?

ハムレット 父上は、ご自分がどれだけ自分勝手で傲慢な人間であるか、おわかりにはならないのですね。

亡霊 おお、この世の中には、親子の愛ほど強いものはないと思っておったのに……。

ハムレット いいえ、この世の中には、親子の憎しみほど強いものはないのです。父上の自分勝手で傲慢な振る舞いに、これまでどれだけ厭な思いをしてきたことでしょう。生前は、ただ父上のことが恐ろしくて、おっしゃるとおりにしてきたまでのこと。霊となられたいまは、父上のことなど、ちっとも恐ろしくはありません。なぜなら、わたしの手が父上の躯に触れられないのと同様に、父上もまた、わたしの躯に触れることができないからです。

亡霊 そちもまた、クローディアスの手にかかって死ぬがよい。

ハムレット 叔父上は、前にも増して、わたしに優しくしてくれています。母上もまた叔父上と再婚なさって、この上もなく幸せそうにしておられます。

亡霊 おお、わが息子、わが弟、わが妃よ。汝ら呪われてあれ! 地獄に墜ちるがよい。

  (鶏の鳴く声が聞こえる。一度、二度、三度。)

ハムレット 父上の方こそ、硫黄の炎が噴き出る場所に戻られるべき時でありましょう。

  (舞台の隅から立ち去る亡霊。城壁の書き割りが引っ込み、舞台が明るくなる。)

オフィーリア どうかなさったの?

  (ハムレット、その声に躯をビクンとさせる。)

ハムレット あ、いや、ただの立ちくらみだよ。(机に手をついて、椅子に腰掛ける。)

オフィーリア 夜まで、まだ時間がありますわ。それまでお休みになられてはいかが?

ハムレット そうしよう。



第二幕

  第一場 ヴェローナ。キャピュレット家邸宅内、大広間の舞踏会場。

  (二人の給士、招待された人たちにグラスを渡していく。)

エスカラス あらためて、ここで、モンタギュー家のロミオとキャピュレット家のジュリエットの二人を皆さんに紹介しましょう。(と言い、間に立って、二人の肩に手を置く。そして、ロミオの顔を見て)皆さんもご存知のように、彼はヴェローナでも評判の好青年であり、徳の高い、行いの正しい若者であります。(ジュリエットの顔を見る。)彼女もまた、聞きしに勝る美貌と、その品のあるしとやかな立ち居振る舞いによって、非常に高い人気を博しております。そこで、両家と縁のある、わたくし、ヴェローナの領主エスカラスが二人を引き合わせてみたのです。すると、案の定、二人は相手のことを気に入りました。そして、二人は幾度となく会ううちに、結婚の約束をするまでに至ったのです。今夜は、この二人が、皆さんを前にして誓いの言葉を申し述べます。聞いてやってください。皆さんの耳が証人となります。ではまず、将来の花婿となるロミオの口から誓いの言葉を聞かせてもらいましょう。

ロミオ ここにお集まりの皆さん、わたしは皆さんの前で誓います。わたしは、彼女、ジュリエットと結婚いたします。たとえ空に浮かぶ月が砕けても、わたしたちの愛は決して砕けません。砕けることなどないでしょう。

エスカラス (ジュリエットを見て)そなたの方は?

ジュリエット わたくしも誓います。たとえ太陽が二つに割れても、わたくしたちのこころは一つ、決して二つに割れることはありません。

エスカラス お聞きのとおりです。何とも羨ましい話ではありませんか。まだ恋人のいない若い人の耳には、ほんとうに羨ましい話でしょうな。わたくしのような年老いた者の耳にさえ、そうなのですから。今夜のこの婚約披露パーティーを仮面舞踏会にしたのは、まだ恋人のいない若者が、相手を見つけることができれば、という趣向からです。では、皆さん、存分に楽しんでください。この若い二人の婚約を祝って、そして、キャピュレット家とモンタギュー家の両家の繁栄と、このヴェローナのますますの発展を祈って乾杯しましょう。

  (一同、グラスを上げて乾杯する。楽士たち、演奏。一同、踊り始める。)

パリス (オフィーリアの前に立って)わたしと踊っていただけますか?

  (オフィーリア、傍らにいるハムレットの方を見る。ハムレット、うなずく。)

オフィーリア わたくしでよろしければ。

  (パリス、オフィーリアの手をとって舞台の中央に導く。そこで、二人、踊る。)

モンタギュー夫人 あそこで踊ってらっしゃるのは、確か、エスカラス様のご親戚の方じゃなかったかしら?

ジュリエット ええ、確かに、あの方はパリス様ですわ。

ロミオ いっしょに踊ってらっしゃるご婦人は、エスカラス様のところのお客様ですね。

モンタギュー夫人 お連れの方はどこに?

ジュリエット (窓の外を見つめているハムレットの方に顔を向けて)あそこに。

  (窓の外を亡霊が横切る。ハムレット、扉を開けて外に出る。)

ロミオ 様子を見てきましょう。気分が悪くなられたのかもしれない。

  (ロミオ、ハムレットの後を追って外に出る。暗転。)



  第二場 ヴェローナ。キャピュレット家邸宅内、中庭。

  (仮面を外したハムレットが後ろ向きに立っている。ロミオが背後から近づく。)

ロミオ ご気分でも悪くなられたのですか?

ハムレット (ロミオの声に驚いて)えっ。(と言って振り返る。)

ロミオ 驚かせてすいません。ご気分でも悪くなさったのかと思って声をかけました。

ハムレット ああ、いえ、大丈夫ですよ。

ロミオ でも、お顔の色が月のように真っ白ですよ。

ハムレット 亡くなった父のことを思い出してしまって(と言って、窓明かりを指差し)あそこから逃げ出してきました。

ロミオ そうでしたか……、できることなら、ぼくも逃げ出してしまいたい。

ハムレット どこからですか?

ロミオ ぼくの運命からです。ジュリエットとの婚約、ジュリエットとの結婚という、ぼく自身の運命からです。

ハムレット (笑って)悪い冗談です。

ロミオ 冗談ではありません。

ハムレット (真剣な表情になる。)あなたは、ジュリエット嬢のことを愛していないのですか?

ロミオ 愛しておりません。今夜の婚約披露パーティーは、モンタギュー家とキャピュレット家の名誉と富が一つに合わさったことを、世に示すために催されたようなものなのです。

ハムレット ジュリエット嬢は、あなたのことをどう思っているのでしょうか?

ロミオ 愛してくれているようです。

ハムレット あなたも彼女のことを愛するようになるかもしれません。

ロミオ いいえ。おそらく、ぼくが彼女のことを愛することなどないでしょう。

ハムレット なぜですか?

ロミオ ぼくには、女性を愛することができないからです。異性に対して、性的な興味が、まったくないからです。

ハムレット 女性とは未経験ですか。

ロミオ 未経験です。

ハムレット 未経験であるということが、あなたを女性恐怖症にしているのではないでしょうか。しばしば、そういう若者がいます。経験さえすれば、それまでの女性恐怖症が、嘘のように消し飛んでしまいますよ。

ロミオ 確かに、ぼくは女性恐怖症かもしれません。でも、それとは関係ありません。ぼくは、同性である男性にしか、性的な興味が持てないのです。

ハムレット それもまた、あなたの思い過しであると考えられませんか?

  (ロミオ、突然、ハムレットに抱きつく。ハムレット、とっさのことに驚いて、
ロミオを抱き返してしまう。ジュリエット、扉を開けて、抱き合った二人を見る。)

ロミオ ぼくは臆病です。ぼくは、普段とても臆病なのです。ですが、いまは違います。いまは、勇気を出して、あなたに愛を告白することができます。

ハムレット (ロミオの躯を離して)わたしは、それにこたえることができません。

ロミオ さきほど、はじめてお顔を拝見したとき、ぼくは、ぼくの胸の中に、何か重たいものが吊り下がったような気がしました。そして、こうして、月の光の下であなたとお話しているうちに、それが恋であったということに気がついたのです。

ハムレット わたしは、あなたの恋にこたえることができません。わたしは、婚約者といっしょに、今夜、ここにやってきたのです。

ロミオ もしも、お一人でやってこられたとしたら?

ハムレット それでも、わたしは、あなたの恋にこたえることができません。なぜなら、わたしは同性愛者ではないからです。あなたを愛することはできません。

ロミオ でも、ぼくには、あなたの表情の一つ一つから、あなたが、ぼくに好意をもって、お話しくださっていることがわかります。

ハムレット あなたのように若くて美しい青年から真摯に愛を告白されれば、だれもが悪い気はしないでしょう。わたしが、あなたに好意をもって、何の不思議があるでしょう。しかし、だからと言って、わたしが、あなたの恋にこたえていると早合点してはなりません。

ロミオ (独り言のように、俯いて小さな声で)早合点、ですか……。

ハムレット そろそろ、戻りましょう。

ロミオ その前に、あなたのお名前をお教えください。

ハムレット そう言えば、まだ名乗っておりませんでしたね。ハムレットです。

ロミオ ハムレット様! (と言うやいなや、ハムレットの唇に接吻する。)

  (ハムレット、バランスを崩しかけて、思わずロミオの肩をもってしまう。二人のことをずっと見てきたジュリエット、扉の中に入る。ハムレット、ロミオの躯を押し離す。オフィーリア、ジュリエットとほとんど入れ違いに中から出てくる。)

ハムレット 戻りましょう。(と言って、オフィーリアの方を振り返る。)

  (オフィーリア、ハムレットとロミオの二人に微笑む。)



  第三場 ヴェローナ。キャピュレット家邸宅内、ジュリエットの部屋。

  (ジュリエット、母親のキャピュレット夫人の膝の上に顔を伏せて泣いている。)

キャピュレット なぜ、ロミオが身持ちが堅いと評判だったのか、よくわかった。

キャピュレット夫人 (娘の背中をさすりながら)あなた(と、夫に声をかける。)

キャピュレット よりにもよって、娘の婚約者が同性愛者だとは!

キャピュレット夫人 いっそ、婚約解消いたしましょう。

ジュリエット (顔を上げて)いやです。わたくしはロミオ様をお慕い申しております。

  (と言って、ふたたび顔を伏せて泣く。一際大きな声で。)

キャピュレット (夫人に向かって)婚約解消はだめだ。二人がいずれ結婚するということは、ヴェローナにいる者なら、知らない者はいないのだ。それに、婚約解消ということになれば、たとえロミオのことを公表したとしても皆が皆、それで納得するという保証はないのだ。わがキャピュレット家の支持者も多いが、モンタギュー家の支持者も多い。ジュリエットの方にこそ問題があるのだと、ありもしない理由を作る輩が出てくるに違いない。わが娘が、そのような侮辱を受けてよかろうものか! よかろうはずがあるまい。まして、これは、ジュリエット一人の問題ではない。わが キャピュレット家の名誉にも関わることなのだ。

キャピュレット夫人 (夫に向かって)では、結婚させるのですね。

ジュリエット (母親にすがりついて)お母様……。

キャピュレット 結婚させるにしても(と言って、ひと呼吸置く。)

キャピュレット夫人 (娘を抱き締めて)結婚させるにしても(と、夫の言葉を継ぐ。)

キャピュレット このままでよいのか、それともよくないのか、それが問題だ。



第三幕

  第一場 ヴェローナ。僧ロレンスの庵室。

  (早朝、ロレンスが薬草を薬棚に仕舞っているところ。扉をノックする音。)

ロレンス はい、はい、おりますですよ。(と言って、扉を開ける。)

ロレンス これは、これは、キャピュレット様。

キャピュレット ロレンス殿、今日はぜひお頼みしたいことがあってまいったのですが。

ロレンス はあ、――で、それは、いったいどのようなお頼みごとでございましょう。

キャピュレット 実は、家で飼っている子馬が死にかけておりましてな。

ロレンス (うなずいて)ええ。

キャピュレット 娘がそれを見て、とても悲しんでおるんですよ。

ロレンス そうでしょうな。お可哀相に。――で?

キャピュレット それでですな。親であるわたしには、娘が悲しんどる姿など見ちゃおれん、というわけですわ。(ロレンスの顔を覗き込む。)

ロレンス それは、ごもっともなお話です。お気持ち、お察し申し上げます。――で?

キャピュレット ――で、ですな。その子馬を薬で楽に死なしてやりたいと思いましてな。

ロレンス なるほど、なるほど。それで、ここに、やってこられたというわけですか。

キャピュレット そのとおりです、ロレンス殿。そういった薬を調合する資格のある者は、ここヴェローナでは、ロレンス殿、あなた、ただお一人ですからな。

ロレンス 公式には、ですよ。闇で作っておる者がおりますから。

キャピュレット しかし、ロレンス殿ほどに優秀な調合師はほかにはおらんでしょう。娘には、子馬が自然に死んだと思わせたいのですわ。薬殺したとわかれば、娘の悲しみが倍加するに違いない。餌をやってすぐに死ぬようなことがあっては疑われてしまう。そのようなことがないように薬を調合できるのは、あなたをおいてほかにはいない。作っていただけますかな?

ロレンス お作りするのは造作もないこと。ほかならぬキャピュレット様のことですから、すぐにでもお作りいたしましょう。キャピュレット様なら、安心してお渡しできます。ですが、これだけはお約束ください。その薬は、その死にかけた子馬にだけ使うということを。ほかの目的には絶対に使用しないでください。

キャピュレット お約束しましょう。ほかの目的には一切、使用しません。

ロレンス もう一つ、お約束ください。その子馬を薬殺した後、薬が入っていた壜は、直ちに、こちらに返しにきてください。壜の中に残った薬を、万一、だれかが誤って飲んだりするようなことがあるといけませんから。

キャピュレット お約束しましょう。事が済み次第、すぐに持ってまいりましょう。

ロレンス では、お昼過ぎにおいでください。

  (キャピュレット、うなずいて部屋を出てゆく。)



  第二場 ヴェローナ。キャピュレット家邸宅内、応接間。

  (キャピュレット夫妻、ハムレットとオフィーリアを自宅に招いて談笑している。)

キャピュレット夫人 (ハムレットとオフィーリアの二人に向かって)では、お二人も婚約なさったばかりなのですね?

ハムレット そうです。

キャピュレット わたしの娘とロミオの二人をごらんになって、どうお思いですかな?

ハムレット お似合いのカップルだと思います。お二人とも、花のようにお美しい。

  (キャピュレット夫人、オフィーリアの顔を見る。)

オフィーリア ええ、まさしくジュリエット様は白い百合、ロミオ様は赤い薔薇のようですわ。

キャピュレット (二人に微笑んで)そんなに褒められては、花に申し訳ない。

  (ハムレットとオフィーリアの二人、微笑み返す。)

キャピュレット あとで、娘にも聞かしてやりましょう。先ほども申しましたように、昨夜の疲れが出たのか、いまは部屋で休んでおりますが、そのようなお褒めの言葉を耳にすれば、すぐにでも元気になるでしょう。

ハムレット お大事になさってあげてください。

オフィーリア ご心配ですわね。

キャピュレット (うなずいて)せっかく、お二人におこしいただきながらに……、せめて 挨拶だけでもさせようと思ったのですが、眠っておりましたので。

ハムレット どうぞ、お気兼ねなく、お嬢さんを休ませてあげてください。

キャピュレット夫人 ところで、ハムレット様は、乗馬やフェンシングのほかに、何かご趣味はおありですの?

ハムレット 詩を書いています。

キャピュレット 詩を?

ハムレット ええ。

キャピュレット夫人 ぜひ、お聞かせいただきたいですわ。

ハムレット 拙いものですけれど、よろしかったら。

キャピュレット ぜひ。

ハムレット では、短めのものを、一つ。

  (ハムレット、深呼吸すると、眉間に皺をよせ、目をつむって詩を暗唱し始める。)

     死に
     たかる蟻たち
     夏の羽をもぎ取り
     脚を引きちぎってゆく
     死の解体者
     指の先で抓み上げても
     死を口にくわえて抗わぬ
     殉教者
     死とともに
     首を引き離し
     私は口に入れた
     死の苦味
     擂り潰された
     死の運搬者
     私
     の
     蟻

  (暗唱し終わると、耳を傾けていた三人が拍手する。)

キャピュレット すばらしいですな。

キャピュレット夫人 すばらしかったですわ。

ハムレット そうおっしゃっていただけて光栄です。

キャピュレット夫人 でも、とても怖い感じの詩でしたわね。いつも、そのような詩をお書きになってらっしゃるのかしら?

ハムレット (笑って)人を驚かすのが好きなんですよ。

オフィーリア いつも驚かされていますわ。

キャピュレット夫人 まあ。

キャピュレット 喉が渇かれたでしょう。何か飲み物を持ってこさせましょう。

  (と言って、用意してあった飲み物をもってくるよう、召し使いに言いつける。)

キャピュレット ヴェローナには、いつまでおられるおつもりですかな?

ハムレット まだ、しばらくいるつもりです。

キャピュレット夫人 ごゆっくりなさってください。ヴェローナはいいところですわ。

ハムレット (オフィーリアを見て)彼女の父親のことが心配ですが……。

キャピュレット (ハムレットの顔を見ながら)ハムレット殿は、お優しい方ですな。(と言って微笑み、オフィーリアの方を向く。)親が子を思う気持ちをよくお知りだ。

  (召し使い、銀盆の上に、飲み物を載せて登場。)

キャピュレット (銀盆の上を指差して)わたしと妻にはパープルの方を。ハムレット殿にはブルー、オフィーリア殿にはレッドの方を。

  (四人が飲み物を手にする。)

オフィーリア (ハムレットが手にもったグラスを見て)ブルーの色がとてもきれいね。

ハムレット (キャピュレットの方を向いて)グラスを取り換えてもよろしいですか?

キャピュレット (困惑した面持ちで)え、ええ。もちろん結構ですとも。

  (交換される二つのグラス。キャピュレット、息を呑んで、オフィーリアの口元を見つめる。オフィーリア、ゆっくりとグラスを傾ける。暗転。)



第三場 ヴェローナ。エスカラス家邸宅内、賓客用客室。

  (ハムレット、ベッドの上に横になったオフィーリアの肩を揺さぶっている。)

ハムレット おお、オフィーリアよ、オフィーリアよ! なぜ、そなたは目を覚まさぬのか? なぜ、目を覚まさぬのか、オフィーリアよ!

  (ロミオ登場。その背後から、亡霊の姿が現われる。)

ロミオ ハムレット様、どうなさったのですか?

  (ハムレット、振り向く。)

ハムレット (驚いて叫ぶ。)出ていけ、亡霊よ!

ロミオ わたしです。ロミオです。

  (亡霊、ロミオの背後に隠れる。)

ハムレット おお、ロミオ殿。すまない。オフィーリアが、オフィーリアが目を覚まさないのです。目を覚まさないのですよ。息はあるのですが、かすかに、息は。

ロミオ 一体、何があったのですか?

ハムレット いいえ、何も、何もありません。キャピュレット殿のところから戻ると、急に眠くなったと言ってベッドに横たわったのです。しかし、しばらくして様子を見てみたら、躯が冷たくなっていて、目を覚まさないのですよ。

ロミオ (ベッドに近づきながら)それは大変だ。

  (ハムレットの目が、亡霊の姿を捉える。)

ハムレット おお、亡霊よ、亡霊よ! 立ち去れ、立ち去れ、立ち去るがいい。(と叫んで手を振り上げる。)

ロミオ (振り上げられたハムレットの手をもち)ハムレット様、落ち着いてください。どうか、落ち着いて、よくごらんになってください。(と言って、自分の背後を振り返る。)亡霊などおりません。(ハムレットの手を離す。)

ハムレット (亡霊を指差して)そなたには、その亡霊の姿が見えないのか?

ロミオ (ふたたび、振り返り見る。)見えませぬ。

ハムレット あれは幻ではない。あれは幻ではない。あれが幻なら、このベッドの上に横たわるオフィーリアの姿も幻だ。おお、そして、このわたしの姿も幻だ!

ロミオ しっかりなさってください、ハムレット様。

  (と言って、ロミオは手を伸ばしてハムレットの手を握ろうとするが、ハムレットは、その手を振り払う。)

亡霊 (皮肉っぽく)しっかりなさってください、ハムレット様? 余のことを気狂い呼ばわりしたおまえが、気が狂っておるのじゃ。

ハムレット わたしの気が狂っているというのか?

ロミオ (首を振って)そんなことは申しません。

  (亡霊の躯とロミオの躯を押し退けて、ジュリエット、登場。ハムレットの躯に体当たりする。ハムレットの白いシャツが鮮血に染まって赤くなる。)

ロミオ 何ということを。(と言って、ジュリエットの手からナイフを取り上げて、床の上に投げ捨てる。そして、ハムレットの躯を抱え起こす。)

ジュリエット わたしが愛しているのはロミオ様、ただお一人。ロミオ様も、ただわたくし一人を愛してくださらなければならないのよ。

ロミオ (凄じい形相で)尼寺へ行け! そなたの姿など、二度と目にしたくない。

ジュリエット ロミオ様!

ロミオ 尼寺の道へと急げ! 急がねば、わたしにも罪を犯させることになるだろう。その血に汚れた手を挙げて、神に許しを乞うがいい。もしも、神が、真に慈悲深きものなら、そなたを赦しもしよう。しかし、わたしは赦さない。赦すことなどできはしない。

  (ジュリエット、泣きながら走り去る。亡霊も立ち去る。ロミオ、ハムレットの躯を抱き締める。舞台の上、溶暗しながら、するすると幕が下りてゆく。)





参考文献
シェイクスピア「ハムレット」大山俊一訳
シェイクスピア「ロミオとジュリエット」大山俊子訳

文学極道

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