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作品 - 20120703_651_6189p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


貼紙厳禁

  中田満帆



  古帽へかおを蔽して雨のうち抱かれながら歩む男が

  夏みせて犬のいっぴき垂れる尾のさきにとどまる蝶のかばねは

  閉じられれる像のまなこに光り見て群れと去りゆく真冬の伽藍

  マネキンの女の顔にあらわれてかれを過ぎ去るほほえみひとつ

  花、みどり、かぜのうちへとあらわれて吹き零されるような種子たち

  かぜ発てば翅をひらめて待つようにみせてひとりのさまよいがふるえて

  二十四時くろねこひとり訪れてけむりをみせて語る夜ある

  透きとおったあぶれものらの眠る椅子へしつらえられた銀のしきりが

  百万のレインコートが降りしきる二月の朝のぼくの恋歌

  ながれもの、青い路次へと歩むのち、ふと立ちどまる「立入禁止」

  くらがりが女をみせてくる真午、うなじのような排水管たち

  光る襞、少女のいくた過ぎ越してかげのうちへと帰る草木

  うつしよの通りを歩む群れむれにだれも知らないおれを追う鬼

  苦しいか?──だいじょぶですか?──問われては黙りこくるか、老木いっぽん

  待ちびとのないまま駅に立ちかれて飛ぶ夢をみる飛ばない男

  ふとみればおれのせなかにふれているはらのおおきな給水槽だよ

  呼ぶもののこえにむく顔またひとつたがいちがいを求めて歩む

  笑う門──知らないあいま通りすぎ福を知らないぼくの過古ども

  うごくもの、うごかないものにはさまれてきょうも飛べないみどりの男

  いちまいきりの黄葉の終わり見落として春を喪う少年の頃

  詩も歌も知らない子供いっぽつづつ奏でならすのは横断歩道

  おれの室にしつらえられた馬ひとり越える丘なく窓をやぶった!

  きみどりいろの天使のひとつ買いに来て堕天使とった婦人に注目!

  冬の死後墓守娘買うひとの両の眼を射る春のまなざし

  ひとつ去るもののうしろに熾き火発ち照らしだされる路のあまたが

  空腹の男の足に運ばれてつれされゆくかげの深部が

  棒つきのキャンディーいっこなめながら飛べる男をみない少女ら

  詩をひとつ書けばひとつを葬れる──たとえばきのう、きみの足音

  墓石の昏さを抱えねむるひと──ひとの姿を借りた墓石

  夢は納屋──燃えながら建ち夜の原、午の原にもおれを温め

  かりものの、かげのひとつをたずさえて踊りつづける広場の彫像

  月の熱、持たざるものら燃やしては窓のいくたを戸口へ降ろす

  もの乞いらみえない戸口へ唇ちつけて貧しさゆえのみずみずしい不在

  春に似た女のかいな掴むのはうごけないふりするマネキンの群れ

  さまよいのものらみあげる窓はみなひとでないものにこそふさわしい燈しがある

  永訣のひとつは午后の高架下陸ひく老夫いなくなってる

  さらば友、隠しのうちに残されたいっぽんきりのマッチを放つ

  忠誠をみせて待つ像──むきだしのみぎの乳房に滴るぶろんず

  肥桶をおきざりにして来る町に馬がひりだすような、さむけ

  あらぶれるもののふりして聴くジャズはからかわれてる、冷めた扉に

  空腹の長い午后にて牛脂嘗め、きずぐちのない傷みを癒す

  莨火にさえぎられてる街娼の落ちた手袋、眼には愛しく

  蹴りあげて砕けちらばる空壜のうえを浮かべる月のあまたは

  灰をみせ、塵をみせてる、浮遊物。光りをうけておれに降る朝

  さっきまで眠りうちにあるひとのかげのこもったベンチの仕切り

  伏してなお路次のあいまに夜ぴっておみ足ふたつふるえとまらず  

  旅びとをおもわせ足場解くのちに喪われてまたちまたのくうらん

  拾われて手帖の頁くればただかすみかすかなインキで──「絶つ」 

  中古るの斧にて真午、断つものの切りくちにうっすらと日暮れのぞく    

  鳩の死後飛び立つもののかげのみが地表を深く、ふかくうがって、──

  ひとりのみかぜにまぎれて撮るもののかげの甘さよ午后の反芻

  天使をみせて飛べる男の落ちてなおなにもなかったこちらがわには

  ふるびた靴抱える女、高架下ふるえるようにみせるまなざし

  すっぱりときれいな地獄ひとり抜け開け放ちたい天国の、古便所

  それはふかいまなざしをしてぼくをみているいっぴきの猫のようなひとのようなの

  秒針に口ごもりいる男らの、銃弾やがて鳥のはばたき

  ゆうぐれは烈しいまなこおもざしをふさぶるだれもいないぶらんこ
 
  見失われた子供のかげに匂いたつ蝶のかばねの青い悔しさ

  みどりいろ義眼の犬のねむるうちのびていくのか裏階段よ

  解かれるサーカステント夜のうち飛びたつために裾をひらめく

  水平線は黒い。飛び降りるためのしずまりを愉しむ子供たち去って

  馬かげにひとりの男たちており撫でてふと消ゆ草競馬かな

  眠りなき夜のほどろにたちながらあまねく願いくず入れに断ち

  立っていることのほかにやり場なく赤い雀のくちばしを待つ

  古帽へ花をゆわえて旅だてるひとりの男きょうもまだ見ず

  手をまるめ照準鏡に見たててはみえないままのかわらけを撃つ

  立春へ若白髪を透かしは晩年をみるたれゆれ草

  氷菓のごと握手して去り知るときのもろさを

  さむぞらに売られる時計とどまる針にしばしとどまる

  過古という国よたそがれ密航し少年のまま老いは来たりぬ

  いっぽんの花をくわえるときおれはおのれの深き茎の色識る

文学極道

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