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作品 - 20120511_715_6088p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


とある秋の日

  笹川

うちのお父さんが居ない。
しばし捜す。柿の木に登って渋柿をかじっていた。歯ぐきから血が滴っている。きっと歯
槽膿漏だ。
そして、冷蔵庫で冷やしていたユンケル黄帝液が空になっていた。
実りの秋だ。

お父さんはおれに向けて柿を投げる。暴力反対。稲穂がコンバインに吸い込まれていく。
紙おむつがキマッているね。おれは柿の木の幹を蹴った。渾身の一撃。クワガタが落ちて
きそうだ。

「おはよう」とお父さんが言った。

「ごくろうさん」とおれは言った。

長閑な田舎の朝。牛が鳴いている。お父さんの顔も涙にまみれていた。辛かったんだね。
もう、安心だよ。
孔雀石のように厳かな目で、おれは微笑する。今日は栗拾いに行こう。
お父さん、ごちそうするからね。


そんなおれの唯一の趣味は盆栽だ。20年物の赤松の鉢を所持し、珍重している。

深まる秋の夕暮れ、盆栽を見詰めながら、「うむ、あー、これに…… マツタケ、生えな
いかな……」と、くちばしった。

ついに、言葉に出てしまった。

おれの長年の夢であった。「町会議員になったわたくしが、盆栽からつみとったマツタケ
を炭火で焼く。うどんに入れよう、そうだ、マツタケうどんだ」

夢は、いつかはかなうもの。それまでは、素うどんで我慢しよう。
でも、天かすくらいならいいかな。うむ、良しとしよう。
盆栽に、マツタケが生えたら、日なたで干しておこう。

おれは甲高い声で、「ぴ〜ひょろろ〜、ぴ〜ひょろろ〜」とヒバリの鳴き真似をした。そ
んなこんなで、また一日は暮れていく。

文学極道

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