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作品 - 20120411_988_6010p

  • [佳]   - 便所虫  (2012-04)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  便所虫

 女子ソフトボール部顧問を務める六角は、中学校技術科の講師である。

 くたびれた袖でキュッキュと磨かれるボールが、スムースな回転で螺旋スロープを駆け、校舎中央円形コートへと伸びやかなアプローチを投げ渡す。ほころんだ蕾のポーズでひねり出す卓越した妙技。薄ら青みがかった未完の調べを称えながら、今、女子体操着前胸部の見事な球形のフォルムの先に、花壇を跳ねるブロンズ像とほどく――春。

 六角はリンゴを剥く。疼きを孕んだ眼球運動が、折り目正しく充血させた短刀の、嗄れたアンバーにしたたり落ちる。シュンと抜けた床で生徒達を飛散させ、自由電子の湿度が研ぐ几帳面な美を、しかるべく念写するスキャナの手つきでその眼前に展開。
 せん孔された中庭は押し黙ったままワニス臭い教室内を覗き込む。気孔のような口をぱっくりと開けた、木目の繊維パターンが机上でしゃりりと鳴く。次いで、舌なめずりの六角がフリーズ――六角の手にかけられた瞬間からリンゴ、リンゴ、それはもうただのリンゴではなく、どこが皮か実かの区別さえつかない“六角のリンゴ”と化し、六角の皺ばんだ手のひらでリズミカルな回転運動を続けるリンゴ、六角のリンゴ、それは、その原形を留めなくなるまで一定ポーズを貫く、貫いているだけのブロンズ像のように、所作に一寸の乱れなくリンゴ、リンゴ、リンゴをむいている六角の右手はレンチの動きで、リンゴに添えられた左手、左手は、グラウンド上に引かれたワッシャー型ラインのしなやかさで――フリーズ。すべてはただ、はなからそうあるかのごとく存在し、六角と共に美しく連動していた。

 六角が歩けば廊下はたちまち、第二次性徴期のよろめきのなか、欝屈したビリジアンで校舎を呑んだ。あわてた生徒達は皆そろって、真ん中の白線にぶら下がる形を呈す。ぐらりと塗り込められた物憂い香りの巨大フルーツ、そこへ直立姿勢の六角がぶっきらぼうに突き刺さる。

 鳥肌立つ非常階段を、とんがりメガネの宿直員が駆け上がる。焼けた炉からまろいボールを取り出すべく、あえかなセンサを震わせてまた。

 六角は、技術の授業で設計から製造までの“ものづくり”を、生徒達に工具を用いて教える中学校教員である。
 果皮の気だるげな春めきを、冷却ファンのかざぐるまが淡々と削る。六角は今日も歩く。吹きさらしの渡り廊下をさっくりと。果肉の抜け落ちた果実を如実にばらしながら。

文学極道

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