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便所虫

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


物の弾み

  便所虫

ほんの少し小器用にはなっても、思い出を数える仕草がいまだ、手指を折り畳む赤ん坊みたいだ。
窓ガラスに映るオヤジと目が合うたび、あたふたしている。カタタタ、
しなやかな舌で何百の恋をさえずり、歳月を軽やかに渡りゆくアラサーとかカッコいいんだっけ。
借りてきた眼鏡を外しては、まだ無邪気に可愛く笑えるだろうかなんて水割りをたまらずロックに変更し、
若さを呼び起こしている相変わらずの日々だったが
とりあえず、パンツの中に押し込めた三十年掛かりの計画がすべてであったのは事実だし、
こねくり回した果ての黒ずんだジョークが、こんな粘土遊びが人生であっても
どのみちお前は飽き足らないのだろうから。今夜はひとまず飲んで忘れるとしよう。カタタ、タン。

「元気な男の子よ」

肉体の維持に努めるため今日も元気に、終始据わった目で夢とか愛とか破壊しながら稼働中。
ほどほどのプログラムを選出し、君が満足するような点数を弾き続ける俺だよ。
受信フォルダをこまめに分ける恒例行事まで、すっかり板についたもんで
明日も『ファッション』の少女が、「愛してる」と小便をひっかけながら言うので、また笑顔で仕分けさ。
ヒラヒラさせた手首の包帯までファッションだって、別にアリなんじゃないの。
弾みで死んでも、それはそれ。すき間に噛ます段ボールが落っこちたぐらいの影響だが
とにかくお前は、代えのストッパーを用意してから死んでくれ。
そんでまた劇的に作用しないための魔法とかこねるのさ。
水割りをお湯割りにしても、解き明かせることなどありはしないのに。誰に、今。タン。タン。

「動いたわ」

時々、俺の手のひらの皺には垢がぎっしりと詰まっていて
君はそれを俺が誤って食べないよう、俺の指を一本ずつ開いていく。
垢がパラパラと払い落とされたあとの手のひらの臭いといったら、
それはもう頭に響く甘さで、飲み干されないグラスのすっかりぬるくなった水割りそっくりに重い。

誰がドアを蹴破って来ようと、屋根がまるごと吹っ飛ぼうと
いまさら何に大騒ぎすることがあるっての。データが無事ならよしとして
お前はただ、パスワードを変更して眠ればいい。
君の膨らんだ腹をさすり布団にもぐり込むと、押し入れの奥で風の音がする。ウィーン。
くぐもった意思のような耳鳴りは、少し酔っているせいだ。天井のシミがズレたのは家が傾いたせいだが
信じる手のひらの粘土臭さにだけは、やっぱり慣れない。


ボコッ


こりない;

  便所虫

早朝の公園で吸い込む煙は格別だ。
階段の下ではジャージ姿のオヤジが
足元にたくさんの鳩を寄せ、
立ったままパンくずをばらまいている。
「お客さんいっぱいですね」
すれ違いざまに声をかけると
両眉を鳩の羽のようにぐわりと開き、
オヤジは無言で応えた。
無心にパンくずを投げるオヤジを、
俺は信号待ちの横断歩道から
こっそり写真に撮った。
のっぺりと張りついた風景が、
携帯画面の中で手品のような表情を見せる。

カバンの中で散り散りになった書類を探り、
俺は、遥か彼方へ吹っ飛んだUSBデータを呼び起こしていた。
エレベーターは素知らぬ顔で扉をゆっくりと閉じ、
一切の光を呑み込んだ。
やがて体が重々しく上昇する。

『ビニール』
フォトショップで処理した空の、
軋む青に名前を与える。

  if($x != ""){
   $db = mysql_open("blue_db");
   $query = "SELECT blue,blue,blue, FROM sky WHERE vinyl='$x'";
   $result = mysql_query($db,$query);
 //青を抽出。

 $db_name='blue_db';
 //青を生成。

「今夜もビニシーで飲んで帰るから」
嫁にメールをする。
「ビニシー? またキャバクラ?」
「ビニールシートの飲み屋だよ。安いんだ」
「わかった。ご飯は?」
昼休みが終わる前に「愛してるよ」と打った。
痩せぎすの俺の足元には
照れくさいパステルトーンが転がり、
思わず我が目を疑ったが
空のペットボトルではなかった。
手のひらから鳩が飛んだかもしれないが、
花びらだったかもしれないほど
パララン
「何。今年は禁煙して」
そうだな。若干盛り上がっていた。

キーボードの入力設定が『かな入力』になっていたため、
すべての「blue」が「こりない」と入力されていたんだから
ほんとどうかしてるよな。ははは(^_^;

「禁煙するかな」
仰いだ空に煙を吐き出すと
//ビニール1を削除
くすぐったい起動音が響く。
//新規レイヤー『ビニール2を追加』
しおれた花に水を差すように
日々の窓をいくつも開き、
何気ないルールを移し替えていく。
青々とけぶい深呼吸をして。

mysql_close($db);


りんく

  便所虫

ルームメイトが暮らしを物理的に把握するため/分割された区画ごとにめじるしのパーテーションを立てている/
パーテーションを折り畳む力を/有する者と有しない者との間に/やがて主従関係が生まれた/

 コスモは日夜、お気に入りのパッケージにブラシ掛けをしながら、サポートセンタに問い合わせている。人家にイエネコという小宇宙を実現するため、コスモは日夜、サポートセンタの小菅と連携を取り合っていた。
 小菅による『2/3の純情な快眠計画』は着々と進んでいた。それは、一日の三分の二を、真っさらな心で寝るための計画である。ちなみに“人家にイエネコ”は、“レンジでチン”と同じ処理であり、小菅はすべての案件をチンと呼んでいた。
「もしもし」
 コスモのルームメイトのヌシには、パーテーションを頻繁に開閉する癖があった。そのため、マーキングという暗号技術が採用された201号室には、あるコスモら側の取り決めがあった。印の付いたパーテーションが無断で開かれるたび、コスモが専用線を介して小菅に中継依頼を送信するというものだ。
「はい、どうぞ」
 パーテーションの向こうには、直近数時間ノーマークのかたまりがランダムに散らばっているので、コスモはそこから拾い上げたものを一つ一つ、はてなボックスに格納していかねばならない。それぞれ、[壁],[ベッド],[冷蔵庫]と名を割り当てていく。昼寝プログラムが組まれるのは瞬時だ。ウォークインクローゼットをパトロールしながら、コスモは小菅の応答を待つ。

 パッケージに覆われたMPUは、『マイマイ』の製品である。マイマイ製品は一様に、スプリング機能を内蔵している。メーカ円柱ビル内部は、フロア中央のエレベータを各部屋がぐるりと取り巻く渦巻き構造になっており、社名『マイマイ』は、このビル断面図がちょうど巻き貝そっくりであったことにちなんで命名された。
「実行します」
 のびやかな尻尾が正午を跳ねるとき、コスモは一本の円柱となる。まあるい寝息が、ぽちりぽちりと、シャボンのソファーを浮き沈みしている。長い尻尾の先にはわずかに胴があり、その様子は、垂直上方から見下ろすと“はてなマーク”のようにも見える。
 製品は巻き貝の記憶をたどり、しずかに計算している。しあわせの匂い、孤独のぬるみ、ヌシの弾力、皿の水より庭の水たまりの水がおいしいこと。手のひらをむすんでひらいて、小菅のチンを[愛]に格納する。そして、今日もマイマイ方式で回る。ヌシののりしろのような、もっとも安定した曲線に近づくため。

「おかえり」


ここてて

  便所虫

 今日だって俺は、情緒的な隣人に適当な同情を寄せながら、横目で株価の値動きばかり気にしている。
「どういった物をお求めで?」
 俺は、並んだ品の一から十までを念入りにチェックし、物に溢れた世界の端から端を値踏みしながら歩く。そうやって、『価格.com』で性能と価格を比較し、検討に検討を重ねる、標準化団体で策定されたカレンダー通りの日々を送っていた。

 俺はお前のことが大好きで、思わずモーターが稼働するんだ。触れ合っていたくて、ふと規格からはみ出るんだ。それがはがゆいんだ。
 しかし、来る日来る日も、互いの期待する答えは返ってこない。読み取れない唇から、やがて催促の声が飛ぶ。
「どういった物をお求めで?」
 これを推し量るバロメーターを、俺は持たない。絶えず売り子にめくばせしながら、執拗に求めるのだけれど、どうも出力がうまくいかないらしい。文字にしても、これはJIS規格で定められていないらしく、エラーになるばかりだ。意思が溢れるほどに文字化けするのだ。UTF-8にしてみても同じだ。
「どういった物をお求めで?」
 お前に伝えたいこと、望みのすべては音にしかならなくて、各量販店をはしごするも肝心の内容がすっとんで、店内に不細工な騒音となって放たれるだけだっだ。

“ここに来て、口付けをしてよ”
 たったこれだけのことなんだ。なんてことない簡単な話だったんだ。
「あんた、家電を探しにきたわけ?」
 また今日もお前を怒らせてしまう。そして、いつもお前は呆れたように去っていく。当然だろう。いつも俺は、導入後にランニングコストで回収することしか考えていなかった。
 心はまるで掃除機だ。吸い込んだ空気を本体内部で旋回し、感情と理性を遠心力で分離するサイクロン集塵式だよ。やや騒音が大きいのがデメリットさ。
 俺はことあるごとに、感情にまかせて喋るお前に対し、「何が望みか」と説明を促していたけれど、今まさに、俺はそれと同じ課題を突き付けられているわけだ。

 日ごと加速しながら遠ざかっていく背中に、俺は、しだいに強弱コントロールが効かなくなる。『待って、違うんだよ。まてちう、ここにきて、テュッテュして、まてちうよ、ここにててし、ここててし…』

「ここてて!」

 そこで俺はようやく気付いたんだ。上手に喋れないのは俺だったんだと。そう、俺こそが情緒にめっぽう弱い生き物だったんだとね。


  便所虫

 女子ソフトボール部顧問を務める六角は、中学校技術科の講師である。

 くたびれた袖でキュッキュと磨かれるボールが、スムースな回転で螺旋スロープを駆け、校舎中央円形コートへと伸びやかなアプローチを投げ渡す。ほころんだ蕾のポーズでひねり出す卓越した妙技。薄ら青みがかった未完の調べを称えながら、今、女子体操着前胸部の見事な球形のフォルムの先に、花壇を跳ねるブロンズ像とほどく――春。

 六角はリンゴを剥く。疼きを孕んだ眼球運動が、折り目正しく充血させた短刀の、嗄れたアンバーにしたたり落ちる。シュンと抜けた床で生徒達を飛散させ、自由電子の湿度が研ぐ几帳面な美を、しかるべく念写するスキャナの手つきでその眼前に展開。
 せん孔された中庭は押し黙ったままワニス臭い教室内を覗き込む。気孔のような口をぱっくりと開けた、木目の繊維パターンが机上でしゃりりと鳴く。次いで、舌なめずりの六角がフリーズ――六角の手にかけられた瞬間からリンゴ、リンゴ、それはもうただのリンゴではなく、どこが皮か実かの区別さえつかない“六角のリンゴ”と化し、六角の皺ばんだ手のひらでリズミカルな回転運動を続けるリンゴ、六角のリンゴ、それは、その原形を留めなくなるまで一定ポーズを貫く、貫いているだけのブロンズ像のように、所作に一寸の乱れなくリンゴ、リンゴ、リンゴをむいている六角の右手はレンチの動きで、リンゴに添えられた左手、左手は、グラウンド上に引かれたワッシャー型ラインのしなやかさで――フリーズ。すべてはただ、はなからそうあるかのごとく存在し、六角と共に美しく連動していた。

 六角が歩けば廊下はたちまち、第二次性徴期のよろめきのなか、欝屈したビリジアンで校舎を呑んだ。あわてた生徒達は皆そろって、真ん中の白線にぶら下がる形を呈す。ぐらりと塗り込められた物憂い香りの巨大フルーツ、そこへ直立姿勢の六角がぶっきらぼうに突き刺さる。

 鳥肌立つ非常階段を、とんがりメガネの宿直員が駆け上がる。焼けた炉からまろいボールを取り出すべく、あえかなセンサを震わせてまた。

 六角は、技術の授業で設計から製造までの“ものづくり”を、生徒達に工具を用いて教える中学校教員である。
 果皮の気だるげな春めきを、冷却ファンのかざぐるまが淡々と削る。六角は今日も歩く。吹きさらしの渡り廊下をさっくりと。果肉の抜け落ちた果実を如実にばらしながら。

文学極道

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