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作品 - 20120407_886_5995p

  • [佳]  蒸発 - ゼッケン  (2012-04)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


蒸発

  ゼッケン

おれと彼は
おれが身代金の引渡し場所に指定した地下駐車場で
まだ名前の知られていない団体に拉致された
おれは彼の3歳になる息子をさらった誘拐犯で
彼はおれの嫉妬の対象となった父親だった
おれは後ろ手に縛られ、布の袋をかぶらされると数人がかりで車の後部に押し込まれた
おれは男たちを彼の手下だと誤解し、移動の最中ずっと
彼の復讐を恐れて過ごしていた
硬い木の椅子に縛り付けられてから頭部の袋を外されたとき、隣の木の椅子に縛られた彼と目があった
彼はおれを見ていた
彼もおれの仲間にさらわれたのだと思っていたようだった
おれと彼はコンクリートの小部屋に監禁される
先生に導かれてきみが目の前の扉から入ってくる
きみはまだ幼い
今年の春から小学生になる
それから、きみはおれと彼のどちらを殺すかと問われる
きみは孤児で
生まれてすぐに病院に投函されていた
きみを引き取った孤児院を運営する団体の名前をおれは知らないが
その存在は予感していたものだった
孤児院で生活することになったきみは同時に兵士として育てられている
きみの傍に寄り添った先生が
きみに拳銃を握らせながら言った

どちらが悪い大人でしょう?

おれと彼は黙っていた
何を喋るべきかまだ見当がつかなかったからだ
悪い大人は
あなたたちの将来をあなたたちより先に
消費してしまう害虫です
だから、あなたたちが大人を選べることを
悪い大人たちに教えるのです
彼らを恐れさせ、従えるのです

きみの瞳がおれと彼の間を往復し始める
おれは覚えた安堵を表情に漏らすまいとこらえた
おれは勝利を確信している
おれはおれが誘拐した彼の息子の居場所をまだ彼に教えていなかったので
おれが死ねば彼の息子もどこかで衰弱死するしかない
彼が彼の息子を守るためには彼はおれをきみに撃たせてはならない
彼は彼自身をきみに撃たせなくてはならない
彼ならできるだろう、美しい父親なのだから

さあ、お手並み拝見といこうじゃないか

隣から女々しい嗚咽が聞こえ始め、彼が震える声で命乞いをする
お願いだよ、撃たないでくれよ、そうだそうだ、撃つなら隣の男にしてよ、そうしたら飴あげる
ひどい大根役者だ、彼にも役者の才能だけはないことを知っておれの気分は爽快だ
なぜ彼が若くして親切と経済的成功を両立させえたのかおれには理解できないだろうが
もう、いまはいいんだ
おれは彼を赦せる気がする、このまま
彼がぶざまに死ねば
きみの焦点が徐々に彼の眉間に合う回数が増えていくのをおれは数えていた
実験では
被験者が意志を決定したとする認識の時点より先に
意志というものの身体的な決定はなされているそうだ
たぶん、おれの口元がわずかに歪んで
笑いの存在を暗示したのもそのせいだろう
見逃さなかったきみの焦点がおれの眉間に固定された
彼は叫んだ
殺すな!
おれは吹き出した、いや、失敬、
どちらを? おれをだろうか? 彼の息子をだろうか?
おれは山奥の廃校になった小学校の名前を言った
アスベストの埃が降り積もりつづける教室の教卓の下で彼の息子は丸くなっているのだが
はたして、銃声で彼に聞き取れただろうか?
発射された銃弾がおれの眉間を通って、しかし、きみはまだ銃を撃つには小さく、
見上げるような角度で発射された銃弾は眉間から入って脳幹ではなく前頭部を抉るように抜けた
おれは思考を失ったがしばらく生きているだろう、失血死するまで2、3分だが
ピュウ、と頭のてっぺんから血の筋を噴いた
きみが本当は彼を撃ちたがっていたのは知っている
間違ったことをしたい、おれと同じように
なのにきみは正解を選んで
おれを撃った

あほう

気休めにもならない手向けの言葉とする

文学極道

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