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作品 - 20120405_818_5991p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ここてて

  便所虫

 今日だって俺は、情緒的な隣人に適当な同情を寄せながら、横目で株価の値動きばかり気にしている。
「どういった物をお求めで?」
 俺は、並んだ品の一から十までを念入りにチェックし、物に溢れた世界の端から端を値踏みしながら歩く。そうやって、『価格.com』で性能と価格を比較し、検討に検討を重ねる、標準化団体で策定されたカレンダー通りの日々を送っていた。

 俺はお前のことが大好きで、思わずモーターが稼働するんだ。触れ合っていたくて、ふと規格からはみ出るんだ。それがはがゆいんだ。
 しかし、来る日来る日も、互いの期待する答えは返ってこない。読み取れない唇から、やがて催促の声が飛ぶ。
「どういった物をお求めで?」
 これを推し量るバロメーターを、俺は持たない。絶えず売り子にめくばせしながら、執拗に求めるのだけれど、どうも出力がうまくいかないらしい。文字にしても、これはJIS規格で定められていないらしく、エラーになるばかりだ。意思が溢れるほどに文字化けするのだ。UTF-8にしてみても同じだ。
「どういった物をお求めで?」
 お前に伝えたいこと、望みのすべては音にしかならなくて、各量販店をはしごするも肝心の内容がすっとんで、店内に不細工な騒音となって放たれるだけだっだ。

“ここに来て、口付けをしてよ”
 たったこれだけのことなんだ。なんてことない簡単な話だったんだ。
「あんた、家電を探しにきたわけ?」
 また今日もお前を怒らせてしまう。そして、いつもお前は呆れたように去っていく。当然だろう。いつも俺は、導入後にランニングコストで回収することしか考えていなかった。
 心はまるで掃除機だ。吸い込んだ空気を本体内部で旋回し、感情と理性を遠心力で分離するサイクロン集塵式だよ。やや騒音が大きいのがデメリットさ。
 俺はことあるごとに、感情にまかせて喋るお前に対し、「何が望みか」と説明を促していたけれど、今まさに、俺はそれと同じ課題を突き付けられているわけだ。

 日ごと加速しながら遠ざかっていく背中に、俺は、しだいに強弱コントロールが効かなくなる。『待って、違うんだよ。まてちう、ここにきて、テュッテュして、まてちうよ、ここにててし、ここててし…』

「ここてて!」

 そこで俺はようやく気付いたんだ。上手に喋れないのは俺だったんだと。そう、俺こそが情緒にめっぽう弱い生き物だったんだとね。

文学極道

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