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作品 - 20120208_321_5862p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


本体さがし

  谷垣

[I]
生まれたての墓地の生まれたての煙。どこに行くでもなくとどまるように見えた赤子は、黒ずみ、泣き喚き、うねるようにして男の鼻腔に入り浸る。
男の顔。反り返った皺がいくつもの山頂をつくり、その谷間を風が通り抜けていくと男の頭の中に赤子のむせび泣きが木霊した。
空はひどく青く。海は嘲るように真似た色を波間に流し込む。男が気付いた頃には黒く塗りたくられた手が小さく揺れていた。

[II]
空砲の先に見える、生の端、死の端。深淵というものの底が見えはじめる。
樹木の壁を見つめていると孤独が重く倒れかかり、ぬかるみ、赤茶けた地に沈んでいくと。何も見えなくなった。
そうして見つめていると、海ガメの歌が聞こえた(私が海で溺れたときに聞いたことがあるのだ)。
何を言っているのか、言葉も、言語も、分からないけれど、それでも海ガメは何事かを私に聴かせつづけた。空は青い。

[III]
この右手は私のもの。けれど左手は誰かのものになっている。残された右の手指もいずれ私のものではなくなるのだろう。
酔いどれの朝霞が中空を飛ぶ。ほんの少しのため息でそれらはすぐに散ってしまうけれども、誰もそうしようとはしない。
切り取られた輪郭が元通りになるのは、望まれない雄鶏が目覚めの音頭をとりはじめるまでの、もう少し先の話となる。

[IV]
青く澄んだ空へ発砲すると、私の胸は穴ぼこになった。

[V]
山頂から風が吹き下りる。その冷たさにざわめくアブラナ畑。
春の隙間を縫うように、白んだモンシロチョウは中空を飛ぶ。
おとなたちは、その足跡を追いながら、春の谷間をかけ抜けていく。

文学極道

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