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作品 - 20111206_172_5743p

  • [佳]  小詩集 - 中田満帆  (2011-12)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


小詩集

  中田満帆

放浪のはじめ(2005)

 孤独が夜更けてひとり歩きだした
 叱られていき場のない少年のように
 十五のころに帰ったように
 看板のなかの
 派手なべべを着た娘の
 その胸に手をあててみたり
 雨に溶けだした聖母像の肩や頬に
 顔をすり寄せてみたりして
 孤独にいっそう磨きをかける
 触れられるのはとまっているものだけ
 美しく見えるのはとまっているものだけだ
 動けないもののために美があり
 いき場のないもののために美があり
 触れさせる孤独がある 
 しかし触れたってなにもないのだけれど
 なにもないのことがなおさらに愛しく
 なにもないところに放浪ははじまる


海(2006)

 午前〇時も半ばを過ぎてヨット・ハーバーの周りには黒い潮風と引き揚げられた古ボートが眠っている 白くぼやりと浮かぶのは疲れきってなえた帆だ

 その白さに小指ほどの言葉を当てはめながら歩く ただ来てしまったから歩く なに一つ意向を持たず歩いていき 陰が歩行者を支え 時折突き崩しては数えきれない羞ぢらいへと胸をきつくよじらせてた

 あれはいったい誰だろうか 酒に酔ってふらつきながらも男は灯台の裏手にふかく沈んでいく ひとりでは帰れないのだ 夜風が足につつかかる

 たった今午前一時を過ぎ 港の前には黒い車が立ちどまった おそらくは朝を待って眠る また酒を呑んでしまったのだ 海のもっとも黒い部位 それはよく見える よく臭う いまのうちだ あそこへ飛び込めば心臓も止まるだろう


光りについての短詩篇(2007)

  *

  光が光りを失えば
  もう歩かなくとも済むだろう
  闇が闇を失えば
  しゃべらなくとも済むだろう

  光はいつも道を指し
  闇はことばを誘いだして
  孤りにしてしまう

  きょうまで光りから遁れ
  昏さからも遁れて来た
  けれどもうおもてに出てあの流れへ入る
  
  ほら、おまえのすぐそばを
  群れのたくさんが急ぐ
  ソーダ水を片手に青年がひとり立ってる
  だれからも遠く愛されない青年が
  壜を日にかざし光りを閉じ込めては
  一息に呑んでしまった

  声をかけようとしたけれど
  道の決まっているものはふりむかない
  ぼくもいかなくてはならないのだ
  おまえは石そっくりの陰部を砕き
  古いことばを捨てようとしてる


  *

 風が頬を撫ぜると 笛の子供らがいっせいに舌を出す ある正午ぼくは光りのない燈をもぎとりながら夜を待ってゐた 道を次第に町へ入る 高架路の足首 車たちの手術室 医者のための洋食屋 無人給油所の破れた管 そのなかに芽吹いたもの 六月の日のなかで不正は早くも凍死する 私鉄T駅からA警察署へ 知らないひとびとに挨拶をくれながら少年は取り残される おれはなにも知らないんだ 青と黄の世界しか ソーダ水を飲干してあなたは群れのなかへ消える ああ そろそろぼくもいかなくちゃ 藍色のテントハウスが空腹を告げる 国道を過ぎると目の前を大きな象! 臭気を放つステンレス製の和式便所 そのうらで休息する にせものの雷鳴を載せて長距離運輸トラックの走る ぼくが追求するのは不正ではない 色と輪郭の張り合わせ 百足の行進 異人が農夫を嘲り 笑って畑に唾をたれてる 病院通りの狭路 そこで連れ去れた少女たち ぼくはとうとう太陽に覆いをかけた

  *

 それらが内ちにとどまるよう
  願ってもみたけれど
   叶わないのだ
    水に溶けるのを見るのみで

  あなたは朽ちかけの壁に背を許し
  ゆうぐれを浴びてゐましたね
   腐った野苺と野犬の吼声のなかを
    ふたりだけで立ってゐた
 
  あなたは光と翳のゆくえを知りたい?
  ちょうど夕べが林のなかにあって
  赤いまなざしがこっちを向いたときだった
  あなたはかみ合わない視線で吐息して
  わたしはあなたの姉でも妹でもあるのよ
  つまりあなたの存在のひとつの紙片でもあるの
  そうささやいた

 ぼくには姉も妹もいなかったのに
  兄や弟がいたかも知れないのに
   ただうなずいて
  夜が来るのを待ってゐた
   いったいなにがいいたいのだ
    少しいらだち
     少し笑み
      夜の深みを待ってゐた
   
  ゆうぐれが終わったころ
 互いの沈黙のなかで死のおとが鳴った
 満たされない景色のうえで
 あなたはぼくを通し
  あなた自身に語りかける

   どんな日没もどんな日の出も
   きみの孤独を反映したりはしないだろう
   か細い光りが胸のあたりに
   ただ刺さるだけ

      そこで光りは落ちた

  *

 閉じられた戸口にかげはふかく
 行と行のあいだを伝い
 ことばに沁みてゆく夜半 
 かれらはその室にあって
 ひどく怯えてゐた
 消えた明かりのもとをさ迷い
 書かれたあとの
 読まれたあとの景色を見つめてる
 まあ かわいらしい児!
 あのひとは手をまっすぐ展ばしたけれど
 そのために死んでしまった
 どうしたことだろう
 この夜つよいれもんの匂いが目を醒まさせた
 まるで詩人のようだと
 ひとりごちて窓をみたが
 写ってゐたのはだれかの幽霊
 ああ言葉を憶えてしまっては逃げ場などないのさ
 なにをどう書いたって
 だれかを愛し傷つけてしまう
 白いノートのうえに鼻を撫ぜる匂い
 それはまぐそのかも知れないし
 苺のかも知れない
 雨季のとかげの
 あるいはインクのかも知れない 
 ぼくは死を書いた
 笛の子供らがいっせいに舌を出す
 かれらが追求するのは不正ではない 
 色と輪郭の張り合わせ
 ぼくはあなたを通してぼく自身に語りかける
 光が光りを失えば
 もう歩かなくとも済むだろう
 闇が闇を失えば
 しゃべらなくとも済むだろう
 だからおまえよ 眼も足も手放せと
 ぼくは聞こえないふりをして少しいらだち
 少し笑んで朝を待ってゐた
 そこへ戸はひらかれて
 だれかの言葉が
 だれかを殺し終えて立ってゐる
 あのひとのようにぼくも手を展ばした


不在の梯子(2008)

 不在の梯子を揺さぶりつづける
 永く
 ただながく 
 うえにはだれもいないのに 
 だれもいないからこそ
 おくびようとさみしさを
 佇んでゆさぶるのだ

 呼ぶもののないところ
 ふり返るひとのいないとき
 恥ずかしい身のうちを青い天板に語る
 知つていることも持つているものもなく
 午后のなかでひとりのみの悪態をつくだけ
 死んでいつたやつらへ
 遠ざかつていつたひとたちへ
 毒を吐く

 もうぼくが愛するのは止まつているものだけだ
 朽ちかけの家並みに草むらの遊技場
 忘れられたままのいつぴきに悲しいまでの一台
 それらを打ち毀しながら愛し
 よりよい位置を探すのだ
 さわがしく気のふれた連中を遠ざけて

 しかしきようの夕ぐれどき
 ぼくはとうとう梯子を引き倒した
 草むらに葬つて花を散らしてやれば
 どこからかざまあみろと声がする
 そこでかぎりない悪態も疲れはてて
 椅子もない室のなかぼくはひとり眠つていた


    それでも明日になれば梯子はふたたび青い天板へかかつてあるだろうか



ふたたび去つていくものは(2008)

 少しづつひらかれるまなこを
 ふたたび去つていくものは
 手のひらへ
 あるいは風のなかへ落ち
 現れてくるのは青と黄の格子
 二月のかもめがゆつくりとかすめ
 あらたな軌道を知らす

 これが朝なのか夜なのかもわからず
 きゆうにかれが立ち上がると
 見知らぬひとびとが火種を口に含み
 ただ歩いていくのが目撃された
 うそをふりまきながらかれは高原地帯を過ぎ
 なにかを振り向いてだれかを繰り返す
 まぐその匂いを寒さに嗅ぎ
 冬の街へ少しづつ病や酒とともにでていくのだろう
   
 いま閉じられたまなこを
 ふたたび去つていくもの
 あるいは風のなかへ落ち
 またしても都市へ密航を企てるもの
 青と黄の格子のまえでわたしは口笛を鳴らす
 なにもいわないで


荒野(2009)

 冬が到着
 したからみな乗車して
 いき余白さえ残されない
 ぼくは切符すらないのにただ
 生きているというだけで
 押しこめられていった
 隣人と隣人あるいは
 自分と隣人の吐く
 息のなかで
 たがいのからだを温くさせながら
 春への途中下車を待つばかり
 なにもできやしないのだ
 窓には轢きつぶされた
 荒涼天使たちがへば
 りついてはなれず
 景色はなくただ
 臭気だけがぼくの嗅覚をあたらしくしてやまない
 いつのまにやらポイントは切りかえられ
 一時停止をシグナルがくりだした
 そのときぼくは感じたのだ
 言語のうえに穴をうがち
 荒野を営む本物の
 気狂いの姿を
 しかし見知らぬ乗客たちは
 なにも感じないふりしてなまぬるい吐息に酔っている
 漢文も英文も仏文もかれら気狂いたちには道具であり
 遊具であり喰いもののようだ
 きがつくとぼくは天使ども
 を通勤者の口へねじこみ
 窓のそとへでていた
 狂人は意に介さず
 まるでぼくの到来を予感していたかのようだった
 冬ははじまったばかりだからぼくは裸体をむきだしにして
 日本語のうえに巣穴をうがちはじめている
 列車はもう見えない


一方通行(2009)

 おれはいろんなもの
 すがりついてきた
 青くただれたかかわりを
 むすびつけてはしがみつき
 はなそうとしない年月を過ぎた
 くらい路次を通ってきた酒や
 草の葉にふかれて運ばれる莨を
 犯罪小説のそのふるいおもてや
 あるはずのない甘い末路の夢におぼれた
 ながいあいだの空腹と放浪よ
 おまえはおれはただ下劣にしただけだ
 労働はいつだってうすのろなままで
 くびや逃亡にさらされている
 おれにはわかりあえるものが
 どの室にも戸棚にもみあたらない
 声はいつだって
 むこうから来るばかりで
 余白はいつも与えられることはない
 おれはとうに発話も発声も喪いかけている
 一方通行のおれの生活の窓と窓よ
 みずからの詩を起立させるにはとにかく
 孤立しきって手も唇ちも交わさないことだ
 ぬかるみを通っていけば言の葉は
 おのずとぶっついてくるだろう
 共有されるものはほかにまかせ
 窓をひらきそのなかへ去っていけばいい
 かぜのうえに片ひざをつき
 見えない狙撃手たちに
 身をあらわにする
 ひとのいうことを裏面で聞き
 ただからだを揺らしておけばいい
 病院のまえにあぶれものがふたり立つ
 からっぽのエレベータを眺めている
 いっぽうが口火をきった
 この三階に霊安室
 つまり死体おきばがある
 中年のみすぼらしい男だった
 そうですか。──でもどうして?
 青年がつまらなそうに答えて
 おれは冷めたふたつの背中を笑う
 はずれだよ、あんた
 霊安室は二階だ
 あんたの人生から六割をいただくよ
 しもつきの愁いがおれの上着をくすぐって
 そして冬を押し流していく
 見あげると空がその臀を降ろす
 なんという臭いのだろうか!
 まったく、
 はじまりの終わりだ
 すがることはたやすく
 はなれることはむずかしいが
 おれにはまた切りはなすものがある
 まったく終わりの始まりだぜ
 世界夫人のたくしあげられた黒いドレスよ
 それを脱がしてやれるのはおれだけだ


停留所(2009)

 精神病院をでて
 ながく勾配のある坂をくだる
 と小さく旧いバス停がある
 すすけてそのみすぼらしいなかに
 おれはなぜか不滅を見てとった
 むかいには養老苑、そこにはかって
 給油所が建つていた
 のを思いだしてみる

  あれはわが家のはす向かい
  に棲んでいたI氏が営んでいたんだ
  あのひととその家族はもう二十年近く
  まえに退いていまはどこにいるかわからない
  また逢いたいともおもわない

 引越しの朝
 玩具に本にレコードを頂いた
 おれの気に入りは子門真人のアナログ盤
 仮面ライダーはもちろん
 キカイダーゼロワンにイナズマン、
 ガッチャマンも収っていた
 あのどれもがおれの原初なるロック体験
 にちがいない──とても気にいっていたが
 同年のくそがきどもにたやすく
 毀されてしまつた

  人生などという大量消費
  されるだけの二文字は好かな
  いがそれはいつも救われない事実
  から出発しているよな?

 医者どもはそれを解せないで
 薬の正体すらあきらかにせず
 狂気のうちや段階をくそみそにする
 おれにはかれらと患者たちの見分けがつかない
 長椅子にかけておれは本を展く
 くだらないじぶんの複製品みたいなやつを

  いつになれば死は
  バスのかたちをして到着するのか
  ここには時刻表には記入できない
  黒い金曜日──の
  永遠の正午があるばかり


    ニーチェは殺され
    神はそこに放屁なされた
    そしておれはどうなる?
 

正午(2009)

  霜月も終わりを始めて
  死にそうなほど酒を呑みたくなったある日
  送られてきたレポート文におれは楽しみを見つけたよ
  きみは確かこう書いていたね

 〈空中を飛行する脳──それも人間のである──が目撃されている.先月末にイングランドはウェールズ地方にて当地の農夫Philip=Edinburghや売春婦Elizabeth Queen,大工Edward Heathらがまことに細なる証言を始めた.かれらは飲酒癖のあるものの、まったく正常と判断されている.われわれは一師団を組み,一路イングランドへ落下を試みたが,しかしここで事態は急変する.なんとここ日の本の国においても,羽をもった飛行する脳が目撃されたのである.英国調査をわたしはパート・タイムに任せ,現在国内を調査している.〉

  なんだ、これは?──おれは首をひねった
  ひねりすぎて首を痛めた
  きみは大学院で生物学及び
  生態学とやらを学びすぎて狂ったのか?
  答えは否だ
  おそらくきみの脳にも翼が生えてきてるのだ

 〈この飛行隊は通称flying brainと呼ばれ、さる十二月十三日(金曜日)大阪府西成区萩野茶屋にてその存在を現した。目撃者のひとりであるn.mという詩人によると,大きさはまさしく人間のそれで,両脇──脳に脇だって?──に天使か白鳥のような翼が生えていたという,そして眼をもっていなかったという.かれは細密なるペン画としてそれを再現してくれた(添付資料参照).fbは二羽おり,いっぽうは東へ,もういっぽうは北へ去っていったという.わたしは実地調査のために翌朝には〉

  うるさい
  うるさすぎる
  窓の向こうに郵便配達夫が赤いカブを蹴り上げている。
  うるさいし、あほうだし、まぬけだ。
  おれもかつて配達夫だったとき、同じことをした。
  どうやらガス欠を現実と認めたくないらしい。
  くそったれ、おぼえがあるぜ。
  やつはますます苛立ちをたかめ、蹴り上げる。
  そのときだった。
  ヘルメットがわずかにもちあがる。
  と思えば白い翼が両脇からあざやかな時代を伴ってひろがり、
  うかびあがっていく!
  一回転してヘルメットだけをやつにかえすと
  青空のなかへ融けるように消えていった
  やつは、配達員は気づくそぶりもない! 
  そらとぶのうみそだ!

 〈かれらはなにかの予調なのか.果たしてわたしはある男と知り合った.自分こそは幻視者と宣伝して恥ぢないドヤ街の老夫.──ここではa氏と呼ぼう.わたしはかれの部屋に入ることを許された."なにから話そうか",まずはあの脳の起源について〉

  答えはたやすかった。
  高度の欲望をもち、
  創造の可能性をもった人間が
  つよい抑圧に曝されつづけると、
  脳がある種の呼吸困難に陥り、
  翼を数ヶ月から数年かけて生やし、
  飛んでしまうというのだ。
  おれは正午をまえに中央公園に足を伸ばす。
  ちょうどパレードの演習のため、
  楽隊がどのベンチも占領し、
  それが揺るぎない正しさであると誇示していた。
  おれはそれとなくやつらを睨む。──そこへかれらがやってきた。
  かれらって? もちろん空飛ぶ脳だ。
  かれらはおれの右手からレポートを奪う。
  楽隊たちは幼稚な赤い衣装を大胆に濡らし、
  くそといばりのマーチを奏でる。
  すばらしい失禁の仕方だ。
  おれはやりたくないけどな。
  直立のままそれを聴き、fbたちを見つめる。
  そのなかにおれの脳を発見する。
  ああ、速く全世界がこの美しすぎる景色に眼を向けるべきだ。
  おれの正午はマーチを連れて羽を休めている。


自画像(2009)

 十一月
 猫がはるか
 地上に走つている
 暴きたてられてやまない
 ものが黒から到着と出発
 を同時刻に描きだす午后
 だつた──おれは救貧病院
 のあたまのうえに立ちながら
 みずからを曝すための自画像
 について見えない停車場
 から発想を待機していた
 それはあらゆる天語の
 ぷらすちつくに酔い痴れた──
 あるいは憧憬してやまないうすらばか
 どもを叩きのめして停まらない
 都市間鉄道の巨きくながいへび
 もうじき走り現れるころあいだろうな
 ふたつしかない手をおれは隠しにねじこみ
 哲とした自画像を創りはじめていた
 A4用紙に黒い言の葉の下絵
 を書きこみ、黒の岩彩でかげを光らせる
 そのうえに極彩色を暗い順ぐりにして輪郭を埋め
 接着液でその色々を保護してやる
 そのうえを油彩によつて立体にし
 細さ0.28の水性ボールペンで輪郭を確かにする
 あとはあらゆる穢れをこの都市から拾いあげ
 土に葉に知らないひとびとの死亡記事、
 虫の死に木の生をそしておれの手形
 などを正しくあやまつて額縁にする
 そのとき秋はまつたく
 そのものを保つて
 閉じられる
 これは絵画の
 かたちにみせた黒い
 金曜日の現代詩なのだ
 おれにふさわしいは
 決して印象派
 ではなく
 走りながら
 立ち止まる自画像
 そして古代のけものたち
 がひりだしたものの化石に
 天然の漆しで金箔を施した
 まつたくあたらしくなつかしい
 財宝にちがいない
 ねこは今るんぺんの
 ひざにのせられ
 刃を待つてい
 るところ


土曜日(2010)

 土曜日、
 それは灰がかった不発弾
 うずたかくされて長い年をおいたものごと
 借りた金
 くすねてきた黒い上着
 おれを仮虚にした女ども
 まやかしまみれの夢
 不滅へのあくがれ
 身をくるむ薄い外皮を滲るがままに
 する

 土曜日、
 あきらかな退廃を撰びだしたい
 ふみしだくかばねのような晩夏
 裏通りの犬たち
 なまえのついたかげ
 裸のままで走る公園の子供たち
 土埃を浴みている真昼のよっぱらい
 トイレットスターと呼ばれてる、
 色白の青年たち
 かれらが娘であったら
 よかったのに

 土曜日、
 救貧院のうえではためくものを見ながら
 あざやかな飛躍を描きたい
 つぎにゆくところも
 もはや
 もどってゆくところもないひとたちのなか
 歌ってやれる
 のはなにか
 そのときふいに砲声がぶちあがる
 それはもぐりのノミ屋からだ
 たてこもるやつらにおまわりども
 鉄壁をやぶって突っこむ
 しおれた花のように年寄りたち
 そこから偶然をとりあげて
 必然へ連れ戻していくのが
 土曜日

深夜(2011)

 亡霊は台所に現れる
 ぼくの双子のように
 冷たいれもんの色と香り
 だれもいなくなった室に立っている
 そこへ現れるぼくのかげはきっと
 なにも喋らないだろう
 穏やかな青い姿を見せて
 ときおり笑うのだ
 おそらく、
 ぼくらはまぼろしにすぎない
 小さな鼓動のなかをさ迷っているにすぎない
 古ぼけた電灯のもとにかたまって
 おたがいの目を合わす
 そのとき見えるのは
 たぶん緑の天使たち
 かれらはなにも示さない
 戯れているだけさ
 求めるようにそのうちへ入っていき、
 片方は右へ
 もう片方は左へ
 夜の神聖さに触れようとしては
 つまづく

即興

 とても日曜日らしいことに
 だれもが象がほしいというのでくれてやった
 なるたけおおきなのを裏庭に連れてきて
 かれの好きにさせておく
 でもひとびとといえば
 だれもがそれを自分用にしたがった
 隣家の老婦人はながい鼻を欲したし
 うえの階の女づれはどうしても左足がいるそうだ
 路次のルンペンは背中を毛布にしたいといいはり
 郵便屋の若い女は前足を一そろいで室に入れるとわめいた
 少年は耳をかたっぽうでもといい
 少女はしっぽが宝ものになると笑う
 運んできた男たちは笑わない
 配送車輛を箒にかけて
 なにも見ない
 そこにアパートの管理人がわってきた
 この裏庭にあるということはすべて
 あたしのものといった
 かの女はなんらかのやり口によって除かれた
 隣室の家族づれは象がわれわれの神とほたえる
 じきにしびれをきらした階下の学生どもが
 大工の老夫をつれてきた
 かれには本棚をつくってもらったことがあった
 老夫は墨でしるしをつけて切りはじめる
 しかし象はなんともしない
 とにかくけだるそうで声もあげない
 まっすぐにこちらを見てる
 でもなにもできなかった
 とにかくひとびとは象が欲しいのだから
 それのはかになにか理由はいらない
 室にもどって作業のおとだけを聞く
 きっとあと数時間で象はみんなものだ
 あくまでかつて象だったものが
 われわれをしあわせにする
 ほんものにはできない
 芸当だ
 わたしは電話をかける
 それでだれかにいう
 つぎは馬にしようとおもうんだ。どうかな?
 いいんじゃないか。でも──
 でも?
 首はおれにくれよな。娘が好きなんだ。
 さっそく檻を用意してくれな
 だれかはわからない
 でもこのようなことを話した
 おぼえてる
 それでいまわたしがその檻のなかにいるんだ
 わたしのどこが欲しい?

棒つきキャンディ(即興)

 冬のかぜによって
 ひとりの男が運ばれてた
 若くはないようだ
 そこらに溝のような皺をつくって運ばれる男
 それは新聞にも広告ビラにもよく似てる
 たずねびとたちの像にも似てた
 鋪道にかさかさとおとを発しながら
 食堂のまえをながれて
 駐輪場の手すりへひっかかる
 だれもかれを見ようとはないが
 その靴おとはいつもよりゆるい
 乾ききった手や上着や足がはばたきはじめてもかれはなにもいわない
 ふたたびあたらしいのがかれを運ぶ
 通りがけの女にかれは拾いあげられ
 新聞紙のように脇へ挟みこまれた
 でもそこをすりぬけて
 いよいよ飛ぼうとしてる
 隠しに手を突っ込んだままおれはかれを見てる
 でたったいま街燈にからまってしまった
 二本の足がしっかりと支柱を咬み
 からまったままかすかに口笛を吹く
 しかしそいつは音楽にはならない
 やがて背広のうしろがめくれあがって
 シャツが見えた
 手をひろげたまま支柱をのぼっていき
 そこへまたあたらしいかぜだ
 足をまっすぐにのばして
 かれはそこへ乗った
 羽ばたきはなかなかいいものだ
 立ちどまるおれを女の子が見つめる
 棒つきのキャンディをしゃぶり
 まるきりかれが見えてないようにしゃぶり
 つぎの楽しみが与えられるのをただ待ってる
 かれはもう飛びかたを憶えたみたいだった
 建物のうえを越えて
 港湾やポートアイランドのへんに飛ぶ
 そのさきはおそらく海だ
 キャンディーの女の子はさむさに肩を鳴らす
 おれも棒つきキャンディを買い
 包装をはがして
 口のなかへ突っ込む
 しゃぶりながらポールによじのぼってみた
 もうかぜはないらしい
 ひとびとがみる
 女の子も見る
 だれもなにもいわない
 上着をばたつかせ
 二時間が経った
 警官もなし
 夜はまもなくやってくる
 朝になったら飛べるだろうか
 ようやく警笛が聞えてきた
 するとやつが訪れた
 かぜだ
 どうやら             
 おれも飛べるらしい
 もちろんのこと、
 棒つきキャンディをもったまんまで 
                           

カプセルホテル神戸三宮(即興)

 ふれられるものはなにもない
 訪れるものにおもづらを曝すのみ
 光りのようなものを窓に見つけては
 そっと身を乗りだしてみる
 だがなにもない
 からからに乾いた汗
 すべてが黄ばんだままあって
 臭いと穢れだけがいつもあたらしい
 そんなことに充ちたりて
 ひまつぶしにシオランをめくってたら
 よびだしがかかる
 水を呑み
 階下へさがっていけば
 見も知らない男が立ってた
 殺し屋がやってきたのいかも知れないが
 あいにくコルト・ポケットがない
 かれは顔を喪ったようなかおで口を切った
 ちょっと話しできませんか?
 かれは詩誌とやらを見せびらかし
 だれだれと繋がっているとか
 知ってるとか欠点を見いだしたとかいう
 たわごととも飲みものをすすった
 おれの知らないなまえ
 おれの知らない確執
 おれの知らない詩人
 おれにはかかわりのないものごと
 かれ曰くおれは下品だった
 それは知ってる
 かれ曰く手帖はだめだという
 それも知ってる、だがどこもへぼだ
 かれ曰くこれからあたらしい場が生まれる
 それはどうだっていい
 だがそこになにを持ってくるのかをかれはいわない
 焼きうちでもしてかしてくれるのか
 それだって帰る家を喪うだけだ
 かれ曰くあんたのようなやつは黙るべきらしい
 まあしばらくそうしようかな
 かれ曰くあんたは詩に向いてない
 まったくその通りだ
 それでもかれはなまえを名乗らない
 大学名だけだ
 そこでなにが行われてるのかを知らない
 冊子をめくってみる
 どいつこいつも
 ふざけきった筆名
 観念のどぶ
 どうだっていいことにかれらがばかであっても
 おれがちがう類いのばかであるだけだった
 席を立ってホテルにもどる
 かれはミニコミへおれのことを書くといい
 そのまま二週間が経って
 なにもない
 こいつをおもいだしたあと
 オイル・サーディンを買ってきて
 手づかみのまま喰った
 なかなかいい


三匹の木登り猫

 冬だった
 三匹の
 のらねこと
 鳩ども
 が
 図書館まえで争ってるあいま
 おおくのひとが
 けむりを吐き
 遠い建築の
 おとを見てる

 涅槃はきっと植えこみのうち
 にあるだろう
 夜になればわかる
 そいつが温かいときには
 とくに

 おおくのことが手のうち
 はらわたのうち
 着古した外套のうちでくずれさる
 さしのべる手にはいつもくそをひりだしてしまう
 ばかがただひとりでいられるだろう納屋が欲しい
 またしても起こりもしないことを馳せ
 伏所とかいうのを探しまわる
 知らない男たちと
 知らない女たち

    それにしても、
   夢のしりぬぐいにはどれほどかかるものか
 なにかをつくりあげようとして
 そのためにおおく砕き
 おそれとうらみとふるえを育んだ
 すべてみずからの撰びとった札
 町へでてみれば星ですら質札はある
  
   葉巻をすましてから
   かの女のよこした手紙を読んでみた
   ふるい同級生はこうかいてた
   あなたにはもう書くことはできません
   どうかなにも書かないで
 
 本を返却し終えて
 おもてに戻る
 ねこはどれも木のうえで
 灯りにとまった鳩ども
 へちかよろうとする
 でもどうやってもとどきはしなかった
 かれらはなにもいわず
 順ぐりに木を降り
 管理小屋のしたにもぐりこみ
 それきり見えなくなった
 歩きだすよりほか
 はない

文学極道

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