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作品 - 20111201_043_5728p

  • [優]  窓。 - 田中宏輔  (2011-12)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


窓。

  田中宏輔




学校のトイレの窓ガラスは、むかしから割れていた。
洗面台の鏡の端っこに
生乾きの痰汁がへばりついている。
その鏡に、学校と隣り合わせに建っている整形美容外科医院の
きれいに磨き抜かれた窓ガラスが写っている。
トイレのごみ箱のなかには
いらなくなった鼻や乳房や骨が捨てられている。
妹は、小さなうなじに犬の毛を移植したい。
夜遅く帰ると
電車の窓の外に見える家々の窓たちは
奇跡に溢れていた。
宙に浮いて覗いてまわりたい。
幼い頃
真っ赤な薔薇の華を
妹の股の間に挟ませて眺めていたことがある。
動かすと、棘が引っかかって
裸のまま立たせた妹は
両の目を覆って泣きじゃくっていた。
整形美容外科医院の名前が印刷されている
茶封筒が滑り落ちた。
隣の車両からやってきた犬が女の靴をなめる。
犬が、わたしの膝元に擦り寄ってきた。
電車が停まった。
駅からそう遠くないところに家がある。
女と犬が、後ろからついてくる気配がする。
妹は、テレビをつけっぱなしで居眠りをしていた。
テーブルにうつ伏せて眠る妹のうなじは
蟹の甲羅のように硬かった。
テレビは、古い映画をやっている。
ついこの間、癌で死んだ俳優が
末期癌で苦しむ患者の役をしていた。
犬のうなじに触れる。
ときおり毛を軽く引っ張ってやる。
やめていた煙草に火をつける。
手紙に書かれていない理由が
ようやくわかったような気がした。
まだ愛していると思っていた。
まだ愛されていると思っていた。
女の唇の下には、大きなほくろがあった。
手術したいほくろだった。
妹の汚れた下着に指をからませると
骨瓶のなかに指を入れているような気がした。
妹が目を覚ました。
見舞いにきた奥さんは
いま不倫騒動で賑わしてる女優だった。
癌で死んだ俳優が
死に際の演技を披露している。
死ぬ演技はむずかしいよ。
前にNHKの番組で
俳優は笑いながら語っていた。
知らない犬は
妹にも、よくなついた。
犬は
わたしを襲う合図を待っている。
鞄のなかからビニール袋を取り出すと
ひそかに持ち帰った
女の鼻や乳房を投げ与えた。
ほんとうの死を迎えたとき
俳優はなにを考えていたのだろう。

文学極道

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